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MDCI #5 | Painters and Perfumers 2, the revival of Enlèvement au Sérail

ペインターズ&パフューマーズシリーズ続き

続いて、ムエット21番と23番をご用意ください。この2作は、ご夫婦の肖像画になります。2枚とも18世紀後半から19世紀前半に活躍した新古典主義の巨匠、ジャック=ルイ・ダヴィッドが描いています。この2枚、ルーブル美術館では同じ場所に夫婦並んで飾られています。先に肖像画の説明をします。

奥様の方は「エミリー・セリズィアールと息子の肖像」、ご主人は「ピエール・セリズィアールの肖像」でいずれも同年1795年に描かれています。合わせて画家とその奥様の肖像画もご覧ください。ダヴィッドの自画像と、奥さんのシャルロットさんです。

左)ジャック=ルイ・ダヴィッド「エミリー・セリズィアールと息子の肖像」 
右)同「ピエール・セリズィアールの肖像」(いずれも1795年作)
左)ジャック=ルイ・ダヴィッド自画像 右)シャルロット・ダヴィッドの肖像

画家のダヴィッドが、何故この2枚を同じ年に描いたかというと、ダヴィッドの奥さんはエミリーさんのお姉さんで、画家と奥さん、奥さんの妹とそのご主人という関係なんですが、奥さんのシャルロットさんは、ダヴィッドがフランス革命後、ロベスピエールに傾倒して、政治的にまずい方向へ進んでいくのに危機感を感じて、1794年に離婚して親の農園に疎開してしまいます。
案の定ダヴィッドはロベスピエールの支持者として逮捕、投獄されてしまうんですが、獄中の面会に現れたのはなんと元妻のシャルロットさん。ダヴィッドが年末に釈放されると農園に潜伏、その時一緒に身の回りの世話をしてくれたのが、シャルロットさんの妹のエミリーさんとご主人のピエールさんでした。翌年の1795年、再逮捕されるんですが、恩赦ですぐに釈放され、その時は自分から元妻の農園に戻りました。元妻、義理の妹夫婦が人生の立て直しに力を貸してくれた御礼に、家族の絆として描いたのが、この妹夫婦の肖像画というわけです。
この2作を仕上げた翌年、ダヴィッドはシャルロットさんと再婚。離婚はただの危機管理だったんですよ。すごい肝っ玉。二人はダヴィッドが77歳で亡くなるまで生涯一緒にすごし、シャルロットさんもダヴィッドが亡くなった半年後、後を追うように62歳で亡くなります。LPT美術史上、まれにみるいい話ですね!

21. L’Aimée | Nathalie Feisthauer (2020)

それでは香りの紹介をします。まず奥様の方、ムエット21番のレメーです。調香師は、前年メンズ2作を手掛けたナタリー・フェストエアです。今、こういう昭和の身持ちの良いお母さんみたいな香りを2020年代に出してくるのがMDCIの気が抜けないところで、平たく言うとオロナインフローラル、香水史的に言えば戦前、ウビガンのケルクフルール(1912)から戦後、ゲランのシャンダローム(1962)へ一気に流れていくような時代背景を持つクラシックなフローラルがルーツですが、現代的なのは香りの抜け感で、しっかり骨格があるのにふんわり雲のように香るんですよ。これが20世紀の香りなら、確実に不透明感が残るはずです。絵の通り優しくて柔らかい、最初から最後まで一貫して上品で、レメーの香りというより自分の香りになってくれて、完成度が非常に高いと思います。泣けてくるほどいい香りです。

レメー EDP 75ml
23. L'Elégant | Irene Farmachidi (2021)

ご主人の方、ムエット23番のレレガンは、MDCIでは初めてイレーネ・ファルマチーディが手掛けます。この方はテクニコフロー所属の調香師で、過去作に携わったジャンヌ=マリー・フォージエやベルトラン・ドシュフュールとの縁でテクニコフロー社に依頼がしやすくなったそうです。イレーネさんはシルヴェーヌ・ドラクルトと心の包帯、フロレンティーナを作った方で、そしてなんと2022年10月よりシャネルに転職、シャネル専属調香師として大出世をしました。シャネルはそんなに新作を頻発しないんで、どの辺で彼女の作品が出てくるのか、またはオリヴィエ・ポルジュとの共作になるのか、今から楽しみです。

左)イレーネ・ファルマチーディ 右)レレガン EDP 75ml

香りは、さすが「絵を見てください」しかリクエストがないだけに、中年に差し掛かった身持ちのよさそうな、優しい紳士を、今風のあたたかい香りで表現したらこうなった、という感じで、一言で言えば「安心感」。同じオリエンタルスパイシーウッデイ系でも、レレガンの主軸は鎮静作用が二倍になるウードとサンダルウッド、つまりサンダルウードなので、セシルさんが作ったインド2作の高揚感とは違う、温かく包み込むような安心感があります。

24. La Ravissante | Bertrand Duchaufour (2022)

それでは、ムエット24番をご用意ください。ペインターズ&パフューマーズシリーズとしては最新作のレ・ラヴィサントをご紹介します。

フランソワ・ジェラール「レカミエ夫人の肖像
(Portrait de Juliette Récamier, née Bernard, 1801) 」

画家は、先ほどレメーとレレガンで登場したダヴィッドの弟子で、フランソワ・ジェラールです。この画家の生涯は別段面白くないので割愛しますが、とにかく今回のモデルは「世界で最も美しい女性」と言われ、18世紀末から19世紀前半に社交界のミューズとなったジュリエット・レカミエ、通称レカミエ夫人です。まず、この人の母親がまずくて、自分の浮気相手の財産相続目当てに、実の娘のジュリエットが15歳の時、当時45歳近かった浮気相手のレカミエ氏と結婚させました。超絶美人で、頭もいいレカミエ夫人に、文人や政治家や王侯貴族迄がブンブン群がってきては、次々お断りしていくうちに、彼女が20代後半でマジ恋に至ったプロイセン王子と愛のある結婚をしようと、レカミエ氏に離婚してくれと頼むも決裂、泣く泣く王子に自分の美人画を贈ってお別れ、美人はつらいよ的半生でしたが、晩年は一文無しになって、修道院のお世話になるんですが、そこでも文化人が集まり、政治家シャトーブリアンと40代で結ばれて、シャトーブリアンが亡くなった翌年に本人も72歳で亡くなりました。前半は美しすぎて色々大変だったけど、老後は穏やかで良かったです。

調香は、シプレ・パラタン以来10年ぶりにベルトラン・ドシュフュールが戻ってきました。前半でも話しましたが、ド氏がMDCIで作る香りはどれも出来が良くて、破綻してないんですよね。クロードさんって、美の照準が物凄く狭くて、ルーブル美術館の所蔵品のほとんどがクズだと言い張る御方ですよ、その「クロード・マーシャル」という標的のど真ん中に刺さった絵画を、香りに昇華できる腕があるんだから、なんだド氏、やればできるじゃん!調香師の変な手癖も、クリエイターの指示でどうにでも引っ込むんだなって、強く思いました。このラ・ラヴィサントも、これぞMDCI節!と唸りたくなる、明るくおいしいフルーティフローラルで、和梨やキンモクセイ、トロピカルフルーツにザクロ、めちゃくちゃジューシーなんですよ、口の中がよだれでいっぱいになる気分です。そこにマシュマロとバニラ、ハニーサックルでまったりと甘くまとめて、これ結構真冬、自分の体温だけが温かいって時に、コートの襟もとから上がってくるラヴィサントは最高ですよ。今日結構寒いから、これも肌乗せしていってください。

ラ・ラヴィサント EDP 75ml

それでは、最後の香りをご紹介します。前半で、後ほど紹介するとお伝えした、アンレヴマン・オ・セライです。今一度、ムエット3番をご用意ください。

3. Enlèvement au Sérail | Francis Kurkdjian (2006/2023)

クロードさんが「ロシャスのファムの現代的解釈をお願いします」と、女性物バストに添えたリクエストで、フランシス・クルジャンが3作サンプルを制作し、最もイメージに合っていたのがこのアンレヴマン・オ・セライでした。名前は後付けですが、モーツァルトの5大オペラのひとつ「後宮からの逃走」から採っています。簡単に言うと、婚約者がトルコ人に誘拐されて、奪還するまでの、ハラハラドキドキ大どんでん返しのお話です。

アンレヴマン・オ・セライは、かなりのスタミナとクラシック感があるフルボディのフルーティシプレで、クロードさんの希望は1944年のファムでしたが、ファムをさかのぼる1919年のミツコ、1925年、ジャン・パトウのクセジュと、明らかに戦前のフルーティシプレの系譜につながり、そこから戦後、80年代前半、サンローランのイザティス(1984)、パコラバンヌのラニュイ(1985)など、女性の滑らかな体を彷彿するミステリアスなフローラルウッディシプレへも流れていく、一服の絵巻物を見ているかのような、100年の香水史を感じます。

MDCIのピーチは完熟より一歩先を行くものが多く、アンレブマンセライも熟れ切っています。渋みもあるので、可愛いピーチシプレではなくて、メインはジャスミン。このジャスミンが、そこはかとなくおならの香りがするくらい、インドールがわいてる感じで生々しかったんですよ。よっぽど過積載なんだろうな…と思っていたら、発売から8年たった2014年、IFRAの規制に引っかかったんですね。それで、代替香料に置き換えてみたんですが、どうにも納得のいく変更ができなかったので、オリジナルの劣化版を継続するより、潔く廃番にしてしまったんですよ。

ブランド初のレディス物が、外圧で廃番というのは、クロードさんは勿論ですが、スターとはいえ所詮企業所属の調香師として、自分が本当に作りたいものを、採算度外視で自由に作らせてもらったクルジャンにとっても相当悔しかったんでしょう。ここから、クルジャン不屈の復刻劇が始まります。クルジャンは、2014年のIFRA規制改定で使用できなくなった香料の代替品を探しては再処方を何年も、何年も繰り返し、遂に今年の頭に再処方が確定しました。その時のクロードさんは「寸分たがわず、完璧に再処方してくれた。フランシスは何年もかかって、超高品質の香料を手に入れる事が出来て、かのルカ・トゥリンが5つ星を付けたアンレヴマン・オ・セライと同じクオリティに到達したんだ」と、それはそれは、他の話ができないくらいすごいお喜びでした。

確かに、普通、一旦廃番になった、よそのブランドの香りを、調香師自らが執念を燃やして完璧に再処方するなんて話、他に聞いたことがないです。クルジャンだって、既にディオールの専属調香師まで昇りつめたわけで、キャリア的には特段注力すべき事でもないと思うんですが「男には譲れない瞬間がある」を令和の時代に拝ませていただきました。

アンレヴマン・オ・セライ EDP 75ml シンプルプレゼンテーション

それで、復刻版とオリジナル版の違いは、私の体感では復刻版は「そこはかとなくおならの香りがしないんですよ。おならの元がIFRAに引っかかったのかな?それとも、経験値が上がって、インドールはもはや異臭ではなくなったのか、いずれにせよ、ほぼ同じ。「ほぼ」はいらないくらい。この程度の差なら、普通のブランドだったらリニューアルとは言わないと思います。

香りの紹介は以上になります。
アンレブマンセライの復刻で、MDCIは創業から20年の間に発表したすべての作品を欠けることなく揃いました。そして、20周年をこのような形で、日本でお祝いする事が出来て、ファンの末席にいる私としては、これ以上光栄なことはありません。ご参加の皆様、ご視聴の皆様、本日は長らくお付き合いいただきまして、御礼申し上げます。
これにてCabaret LPT vol.14「MDCI20年祭」を終了させていただきます。ありがとうございました。

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