La Parfumerie Tanu

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MDCI #1 | before and after the establishment, 1993 - 2009

チャプター1:創業から2000年代の作品

まずは1番ムエットをご用意ください。番号が前後する場面がありますが、年代順に採番しています。

    1. Ambre Topkapi | Pierre Bourdon (2003)

アンブル・トプカピです。ジオッサンの香りですね、アロマティックフジェールにダージリンティーが重なった、超オーセンティックなメンズ香です。ブランドの幕開けに相応しい丁寧仕立ての間違いのないおっさん香、ジェントルマンコーナーでご紹介して、高評価でした。 

ピエール・ブルドン、アンブル・トプカピ EDP 75ml シンプルプレゼンテーション

クロードさんは、MDCIを創業する前は、当時ヴァンクリーフ&アーペルも所有していた香水や化粧品の大手ライセンス会社に勤めていて、勤務地の都合でマイアミに住んでいたそうです。似合わないですね!ですが、1993-4年ごろ、巨大産業化している化粧品業界に嫌気がさして、往年の名香を生み出した影の立役者である調香師に創作の優先権を持たせた作品をこの世に出そうと、会社を辞めてマイアミからフランスに戻ってきます。クロードさんが40代の頃ですね。
それで、まず最初に手掛けたのが、香水自体ではなく、カラカラ帝のバストがついたボトル。デザインに何年もかかり、零号機は全身クリスタル、初号機はリモージュ焼きのカラカラ帝をクロードさんが自宅で手作りしました。縁あってピエール・ブルドンに依頼する事ができたんですが、香りのイメージは「このボトル」以上。あと、誕生した時にはまだ香りの名前はなくコード番号で整理していて、アンブル・トプカピという名前は後付けです。普通名前とか香りのストーリーが先に決まってて、そこから調香師に作ってもらう事が多いですが、この当時のMDCI作品は順序が逆で「オスマン帝国のトプカプ宮殿から名付けた香り」というコンセプトも後付けというのは意外でした。

次に番号とんでムエット③、④、⑤をご用意ください。 
メンズが1作出来たので、次は女性ものを、とクロードさんは女性のバストも自作します。「クロードさんの好みの女性」だそうで、特定のモデルはないみたいです。バストが出来たところで、次に頼む調香師を探すんですが、2004年か5年ごろ、たまたま週刊誌にフランシス・クルジャンの記事が載っていて、特別な顧客に対しオーダーメイドもやってると語っていたそうです。当時まだ高砂香料の社員で、かつメゾン・フランシス・クルジャン(2009)創業前の話です。「これだ!」と思い、クロードさんはすぐ週刊誌に載っていた連絡先に電話をしたら、出たのはクルジャン本人。すぐに会いに行って「このボトルにあう香りをお願いします」って、女性ボトルを渡してきたんですが、この時1点お願い事項で「ロシャスのファムみたいな感じで」とリクエストしたそうです。

フランシス・クルジャン(当時)とローズ・ド・シワ EDP 75ml シンプルプレゼンテーション
    3. Enlèvement au Sérail | Francis Kurkdjian (2006)
    4. Promesse de l’Aube | Francis Kurkdjian (2006)
    5. Rose de Siwa | Francis Kurkdjian (2006)

クルジャンは、サンプルを3つ作ってきたんですが、まず採用したのが3番のアンレブマン・オ・セライで、残りの二つも商品化する事になり、4番のプロメッスドローブと、5番のローズドシワになりました。3作とも女性のバストだけでクルジャンがイメージした香りというのは、このバスト、中々妄想を掻き立てるパワーがありますよね!やるじゃん、クルジャン!

アンレブマン・オ・セライは、後半詳しく説明しますが、確かにアンレブマン・オ・セライとプロメッスドローブはどちらもクラシックなフルーティシプレを現代的に解釈した作品で、同じ依頼の一連だったと言われたら納得の、姉妹感がありますね。ローズドシワは、エジプトの古代文明が栄えたシワのオアシスに咲くバラで、色でいったら濃いローズピンク、クルジャンの代表作、アラローズは淡いピンクのバラなので、同じバラでも全然ベクトルが違います。結構このクルジャンという人、自分のブランドより、依頼先でいい仕事している気がするんですよね、予算の問題かな?

この3作もすべて名前は後付けですが、プロメッスドローブは、フランスの作
家、ロマン・ガリーの自伝で1960年代ベストセラーになった「夜明けの約束」からとっています。この作品、2回映画化されていて、リメイク版が一昨年日本でも「母との約束、250通の手紙」という邦題で公開されました(写真上)。ロマン・ガリー役がピエール・ニネ、お母さん役がシャルロット・ゲンズブールです。
このお母さんが、一言でいうと猛母。孟母もびっくりのモーレツなお母さんで、息子に外交官になれ、作家になれ、賞をとれ、って毎日たきつけるんですが、なるんですよ、全部。それも戦時中、出征して現地で小説書いてデビューして、勿論戦地にもお母さんからバンバン手紙が届くんですが、何故かデビューしたのに完全スルーされて、でも手紙はどんどん来る。それで、戦地から家に帰ると、お母さん、3年前に亡くなってたんです。お母さん、病気になって、先が長くないと思って、手紙を書きだめして友達に預けて、出してもらっていたんですよ。お母さんは、息子のデビューを知らずに亡くなっていたんですね。ロマン・ガリーはその後も母との約束を果たすべく、外交官になって、ゴンクール賞も史上初の2度受賞と全部叶えたんですが、最後は拳銃自殺でこの世を去りました。何とも激しい親子です。
香りはここまで激しくないですけど。私が初めて買ったMDCIのフルボトルがこのプロメッスドローブで、クロードさんに「大胆な選択だね!」と言われて、??と思っていたんですが、こういう伏線があったわけですね。

    2. Invasion Barbare | Stephanie Bakouche (2005)

さて、まだ名前はないけれど、とりあえず香水が4作できたので、クロードさんは自作のクリスタルボトルを香水瓶のコレクター向け見本市で売りに出したんですが、それに詰める香りとして香水も持っていったところ、一人の若い女性が行ったり来たりして「私に作品を作らせてください」というので、うちは大手でもないし、デビューしたいなら他を当たったら?と断ったんですが、どうしてもというので、サンプルを送ってもらったら、これが物凄い出来が良かったので、即採用する事になりました。そうして誕生したのが、ムエット2番のアンヴァジヨン・バルバール、調香師は当時まだ学生だったステファニー・バクーシュです。逆指名とはいえ、クロードさん、大変な青田買いをしました。未来予知に近いですね。

ステファニー・バクーシュ(2005:25歳、2023:43歳)、アンヴァジヨン・バルバール EDP 75ml シンプルプレゼンテーション

当時、25歳くらいの写真と、近影です。貫禄着きましたね!彼女はアンヴァジヨン・バルバールがデビュー作となりましたが、それ以降はラルチザン・パフュムールで2015年までベルトラン・ドシュフュールの裏方として働いて、その後独立、2017年からセンサバというラボを主宰しています。クラシック香水好きな学者肌の方で、2013年からはオズモテークの職員としてレクチャーも多数行っています。
アンヴァジヨン・バルバールは、これまた甘えのない、ハーバルでストイックなアロマティックフジェール。名前もすごくて「蛮族の侵略」です。「いい男の香り」「男らしい香り」という表現がぴったり。これは絶対女人禁制です。フジェール系の後口が甘くて苦手な方にも、バニラやクマリンの代わりにムスクで甘さを、オークモスの代わりにパチュリをベースにして、ジンジャーでアクセントをつけている、当時としてはかなり斬新な香りだったので、仲間内では賛否両論だったそうですが、大きなバクチに勝った証に、発売から15年以上経った今でもMDCIメンズのベストセラーだそうです。

5作揃ったところで一旦リブランディングして、すべての作品にきちんと名前を付けて2007年に出直したところ、ルカ・トゥリンの目に留まり大絶賛。翌年2008年に発行された「香水ガイド」では、5作中3作が5つ星を取る(Invasion Barbare、Enlevement au Serail, Promesse de l’Aube)という異例の高評価で、一気に注目を浴びる事になります。そして話題の渦中に登場した新作が、ペシェ・カーディナルです。

    6. Peche Cardinal | Amandine Clerc-Marie (2008)

ムエット6番をお願いします。ペシェとはフランス語で桃と罪の二つの意味があって、カーディナルは枢機卿。ゆえに「枢機卿の桃」というよりは「枢機卿の罪」イケナイ枢機卿ってところですかね、何とも背徳的ですね。ピーチとチュベローズとココナッツで、華やかな肉色寄りのサーモンピンクです。調香師は、同じ年にクロエを手掛けた、当時ロベルテに所属していたアマンディーヌ・クレール=マリーで、ペシェ・カーディナルとクロエで一気にブレイクした方です。ところで、これからどんどんご紹介しますが、MDCIのレディスはフルーティシプレの宝庫なんですよね。大半がピーチシプレです。似た系統が続くのは、クロードさんの中で女性の理想形がピーチシプレで完成しているんだと思います。要は、このバストの女性がモデルなので、大幅にぶれる事がないんですよね。マルク・シャガールとか、ポール・デルボーの描く女性が、何十年も全部同じなのと似ています。

アマンディーヌ=クレール・マリー、ペシェ・カーディナル EDP 75ml シンプルプレゼンテーション

2009年には、一気にレディス物を3作発売します。まずはムエット7番と8番をお願いします。この頃になると香水業界でも一目置かれる存在となったクロードさんに、当時オズモテークの初代会長だった、ジャン・ケルレオ師から、その後次の会長を襲名する調香師、パトリシア・ド・ニコライを紹介されます。ニコライ女史はご存じゲランの末裔で、50年前のゲランが女性にも門戸が開かれていたら、世襲していたであろう実力の持ち主ですが、1980年代、30代で早々に独立してニコライを立ち上げた方です。ニコライ女史は2作、ラ・リバージュ・デ・シルトとアン・クール・アン・メをてがけます。

    7. La Rivage des Syrtes | Patricia de Nicolai (2009)

ムエット7番、ラ・リバージュ・デ・シルトは、ゴンクール賞受賞拒否で有名になったジュリアン・グラックの代表作から採っていて、日本でも「シルトの岸辺」という翻訳が今も岩波文庫から出ています。話は、海を挟んでこっちは西洋、あっちはムスリム、みたいな架空の国が、ゆるい戦争状態にある対岸に駐屯した偉い人が、気の迷いであっち側の岸に渡ってしまい、いっきに状況が崩壊する様子を延々書いたシュールな長編で、香りも結構混沌としたパイナップルとチュベローズ、いやあ作家ものって感じです。MDCIの中で最も難解なレディス作品だと思います、12年前にブログを書いた時、当時の私は文章にできなくて玉砕した数少ない香りです。今回改めてつけると、目の座った穏やかさに身をゆだねる事ができました。

    8. Un Coeur en Mai | Patricia de Nicolai (2009)

一方ムエット8番のアンクールアンメは「5月の心」という意味で、その名の通り「5月の心だなあ…」と納得してしまうガルバナムがローズとミモザを束ねるグリーンフローラルで、源流にゲランのシャマード、アニックグタールのウールエクスキースの系統ですが、甘いメロンがとろみになって、これ、ミドル以降馴染んでくるとしみじみ、えええ~香りなんですよ。花束爆弾のシャマードと比べたら大分おっとり、もっと言えばもたり感は、ニコライ女史独特の匙加減で、極上の生地で丁寧な仕立てなんだけど、型紙がしっかりしすぎてちょっと野暮ったいオーダーメイドのワンピースみたいな雰囲気は、ご自身のブランド作品全体にも通じるものがあります。
この作品、オードパルファムにしては持続が短いのを気にしたクロードさんとニコライ女史が、だったら処方はそのまま、賦香率を上げて香りの持続を伸ばそうとしたら、一部IFRAの規制濃度を越えてしまう香料が出てきたので、ニコライ女史は一旦処方を全部ばらして作り直し、結果新旧比べても全然違和感がないのに、2倍以上香り持ちがよくなった神業のリニューアル版が2014年に出ました。手間暇かけて原価も上がる、でもいい物にしたいからやらずにはいられない。クロードさんとパトリシアさん、どっちもめちゃくちゃ頑固職人系です。

パトリシア・ド・ニコライ、アン・クール・アン・メ EDP 75ml シンプルプレゼンテーション

続いてムエット9番をお願いします、2009年はヴェープル・シシリエンヌも登場します。名前は、13世紀のシチリアでフランス人が虐殺された実話を題材にしたヴェルディのオペラ「シチリアの晩鐘」から採っています。調香は、当時テクニコフローに所属していたジャンヌ=マリー・フォージエに依頼しました。この方はご自身の作品というより、後続の指導がメインのベテランで、作品にお名前が出てくるものが少ないですが、フラパンの立ち上げ時にまとめて4作手掛けています。悲劇が題材ですが、香りは結構明るいフルーティシプレで、MDCIのピーチシプレ系では明るく快活な方です。シチリアの光と影を表現した、と昔の公式サイトに書かれていましたが、シチリアのはじけるオレンジのまぶしさで、あんまり影はありませんね。

ジャンヌ=マリー・フォージエ、ヴェープル・シシリエンヌ EDP 75ml シンプルプレゼンテーション

次は続いてチャプター2、2010年代の作品をご紹介します。

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