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MDCI #2 | early 2010s

チャプター22010年代の作品

2010年代のMDCI概略

2010年代に入ると、パリのジョヴォワ、ロンドンはハロッズのロジャ・ダブ・オートパフューマリー、LAのラッキーセントなど、ニッチブランドを牽引する有力店が一通りMDCIを扱うようになってました。LPTが大変お世話になったロッテルダムのリアンヌ・ティオ・パルファムも当然取り扱っていました。

私が実物を初めて見たのが2012年、ロジャ・ダブの店で、頭付ボトルが展示してあったんですが、その時の印象が①思ったより小さいなあ、と②みんな触るから手垢でほっぺや肩が黒光りして可哀想、でした。当時の私は、まだMDCIの本当の魅力に気づいておらず「頭がついてる物凄い高いブランド」位の認識で、半分ネタで本物を見た、という感じでした。

2010年代には、チャプター1でご紹介した(アンヴァジヨン・バルバールを作ったステファニー・バクーシュがラルチザンで働いていた縁か、もしくは)当時テクニコフロー所属だったジャンヌ=マリー・フォージエつながりか、同じテクニコ所属のベルトラン・ドシュフュールに依頼する事になります。はい、ここでド氏の登場です。ド氏はファンの多い調香師ですが、私とは相性がいまいちで「混ぜるな危険」的作品を多発する要注意人物と思っています。

ただ、そんなド氏も、MDCIに作る香りは何とも筋の通った、まともないい香りを出してくるから不思議です。やはり、ギィ・ロベール師が常々仰ってた通り、①調香師の腕②その腕を生かす企業や依頼主③その香りが評価される時代、この3つが揃わないと、良い香りは生まれない。特に②は、依頼主のセンスと予算も関わってくるので、ド氏は職人ですから、クロードさんのような調香師の処方の筆が乗るような頼み方をする依頼主だと、実力が120%出せるんじゃないでしょうか。そこで誕生したのが、ラ・ベル・エレーヌと、シプレ・パラタンです。

10. La Belle Helene | Bertrand Duchaufour (2011)
11. Chypre Palatin | Bertrand Duchaufour (2012)

ムエットの10番と11番をご用意ください。

まずは10番、レディスのラ・ベル・エレーヌをご紹介します。オペレッタの父、オッフェンバックの同名曲がテーマになっていて、私はクラシックやオペラに全く詳しくないので、調べてきただけですが、日本では「美しきエレーヌ」として知られるギリシャ神話のパロデイで、ざっくりいうと欲求不満の美人妻ヘレネがイケメン外国人パリスに浮気して、あれやこれやでパリスがヘレネを略奪して、旦那が怒ってイケメンの国と戦争になる、トロイア戦争の原因となったヘレネの話です。香りは、ド氏らしさが見え隠れする、キンモクセイとアイリスのまだらん坊みたいな香りです。酸っぱいアイリスがお好きな方にはお勧めです。これは甘さ控えめでアイリスが材木系なので、男性でも行けると思います。

左)ド氏 右)シプレ・パラタン EDP75ml フルプレゼンテーション

そして11番、メンズのシプレ・パラタンは、MDCIではぶっちぎりの人気作で、発売から11年経った今でも世界中のユーチューバーが紹介し続けています。パラタンとは、古代ローマの宮廷に仕える高官の事で、クロードさんからド氏への依頼が「①錦や重厚な毛織物をまとうように荘厳でいながら、②日常使いにも使いやすい、③親しみのある『宮廷のシプレ』をお願いします」だったそうですが、調香師の引出しを測るかのような「とんちリクエスト」に、ド氏が力の限り答えた会心の出来栄えです。全体像はグリーンフローラルシプレですが、主役は後半出てくるコクのある甘いトルーバルサムで、フルーティで酸っぱい元祖シプレの骨格に、バラやアイリスなど花香料をたっぷり乗せ、これだけ色々な要素を破綻なく束ねているのはお見事です。メンズものですが、これは全然ユニセックスでOKですね。

またシプレ・パラタンは、発売後数年で「処方変更疑惑」が登場した問題作でもあって、香水の三悪(Axes of evil perfume)①廃番②処方変更③大手買収のうち、水色が赤茶色から黄味よりの橙色に変わった時期があって、Fragranticaで結構叩かれたんですけど、「色素で赤っぽくしていたのを、色素を抜いて香料の色だけにした。IFRAにも抵触していないのに、断じて処方変更していません」と、クロードさんが実名で意見広告を出したんですよ。

今はその投稿、さすがに大人げなかったか削除されていますけど、運よくLPTブログに全文訳を載せてあります。事実無根の物言いに対しカンカンに怒っているのが激しい文体から伝わってくるので、是非帰ったらシプレ・パラタンのレビューを読んでください。ちなみに、あまりに色々言われてめんどくさくなったのか、最近のシプレ・パラタンは色素を入れ直し元の赤茶色に戻っています。(ボトル見せる)これ2021年ものですけど、赤いですよね。2018年、リアンヌさんのお店で観たものは確かに橙色でした。やれ色が変わった、すわ処方変更で炎上。ちいせえ話ですよね

12. Cuir Garamante | Richard Ibanez (2013)

それではムエット12番をお願いします。前半最後にご紹介するのは、キュイール・ガラマンテです。2013年発売で、調香は、天然香料で定評のある香料会社ロベルテ所属の重鎮、リシャール・イバヌで、この人はデビュー作が1986年のディヴィーヌなんですよ。それ以降何作もディヴィーヌで作っています。創業は1986年とMDCIよりだいぶ前ですが「簡易版MDCI」の印象があるパルファン・ディヴィーヌの創業者イヴォン・ムシェル、イボじいが「世界に名調香師は二人だけ」と言って譲らない一人がこのリシャール・イバヌ(もう一人はジボダンのヤン・ヴァスニエ)で、イボじいもまた先見の明があるクリエイターですね。

左)リシャール・イバヌ 右)キュイール・ガラマンテ EDP 75ml シンプルプレゼンテーション

サハラ砂漠に栄えた古代文明、ガラマント文明に由来する甘口のオリエンタルレザーで、この頃からMDCIも香料にウードが登場します。2013年の作品なので、巷はウード全盛をほどなく過ぎた頃で、MDCIにも時流の波が寄せてきて、ローズウードを主軸に、フランキンセンスやバニラ、乾いたレザー感が、砂漠の民のオアシスを表現しているのか、温かさと瑞々しさを両立していますね。これは今からの季節、オリエンタルスパイス系の香りが好きな女性にも絶対おすすめです。

 

次は引き続き2010年代の作品をご紹介します。

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