La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Invasion Barbare (2005)

立ち上がり:これは甘くない!ウッド調の香りが出ていて最初から良い感じで朝の通勤が出来そう。今はコロナで時差通勤だが。
 
昼:落ち着いてきてますが弱くはならない。このメーカーのはどれも香り持ちが良いです。ジンジャーの香りも出てきました。
 
15時位:ここにきて上品な甘さが出てきた。ここでくるか!想定外だ
 
夕方:ムスク&ウッドの香りにこの時間でも包まれます。良い香水ですがこいつも自分がある程度背伸びしないといけない感じはします。
 
ポラロイドに映ったのは:歳とってから格好良くなった老年手前の中年。ロジャーウォーターズだな。
 
Tanu's Tip :
 
冬のMDCIジェントルマン最終日は、現在もMDCI一番人気の代表作、アンヴァジヨン・バルバールをご紹介します。
 
2003年、ピエール・ブルドン調香のアンブル・トプカピでデビューした香水ブランド、MDCIの第2作目となるアンヴァジヨン・バルバールが登場したのは、アンブル・トプカピから2年後の2005年。当時としてはまだ20代半ばの新人だった女性調香師、ステファニー・バクーシュに調香を依頼したのですが、調香師のネームバリューではなく、未知数の才能を見出し、見事にブランドを代表する作品を完成させたオーナー、クロード・マーシャル氏の先見性は高く、この作品と、翌年フランシス・クルジャンが手掛けたブランド初のレディス三部作(プロメッス・ド・ローブ、ローズ・ド・シワ、廃番のアンレヴマン・オ・セライ)により、稀代のブランドとしてルカ・トゥリンをはじめとする香りの目利きから絶賛され、現在に至ります。長らく香粧品業界に身を置き、ものの良し悪しを嫌という程見てきたクロード・マーシャル氏にとって、自分の世界観を香りに昇華できる力量があるなら、調香師に年齢や経験は不問、さきのピエール・ブルドンやパトリシア・ニコライ、フランシス・クルジャンやベルトラン・ドシュフュールなどマスター・パフューマーや売れっ子調香師だけでなく、当時の新人、特に女性調香師を積極的に採用してきた経緯があり、男尊女卑の強い業界でもある中、使用する香料の予算というものを取り払い、大企業から依頼される厳しい予算では存分に発揮できなかったかもしれない才能を、大きく開花する事が出来たのは、白羽の矢が立った作り手にとっても幸いだったと言えましょう。
 
2018年3月開催のエッセンチェに出展したMDCI、シプレ・パラタン処方変更疑惑をかけられ断固否定するクロード・マーシャル氏。Fragranticaの投稿スレにも実名日付入りで抗議してたっけ。結構激アツ。お元気なうちに一目お会いしたい、店主タヌ憧れの御仁

日本では、ラルチザン・パフュームのローズ・プリヴェ(2011、ベルトラン・ドシュフュール共同調香、廃番)以外登場したことのないステファニー・バクーシュは、私を含め馴染みのない方ではありますが、旧パリ第4大学(現ソルボンヌ大)にて化学を専攻後、2000年よりISIPCAにて調香を学び、フリーランスの調香師として活躍する一方、長らくラルチザン・パフュームの開発ディレクターとしてベルトラン・ドシュフュールと共に活躍、ラルチザンのプッチ買収に合わせ退社。2017年には調香会社、Sensabaを設立し現在に至るという、有名人的なスターパフューマーというよりは、しっかりとした基礎を持ち、裏方の実績をきちんと積んで独立した実力派調香師です。MDCIの名をあげた立役者でもあり、このようなスマッシュヒットからキャリアが始まったのは、リリック(2009、アムアージュ)をISIPCA在学中に放ったMDCI最多出場調香師、セシル・ザロキアンを彷彿とします。ちなみに大学時代、2年間アンデッドブランドのL.T.ピヴェでバイトをしていたそうで、万が一お話する事があったら、是非L.T.ピヴェについて伺いたいところです。

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アンヴァジヨン・バルバール EDP 75ml
香りとしては、ジェンダー表現で誉め言葉としてじわじわと使いづらくなってきている「いい男の香り」「男らしい香り」という表現がぴったりな、甘えのないハーバルなアロマティックフジェールで、いい男の香りがするんだから仕方ないじゃないか!!と、どこまでも走って行きたくなるような正装感の高い香りで、ロム・オー・ガントのようにスーツの似合うおじさんが、ウェブ会議ではパン1というカジュアルさを赦さないストイックさを感じます。加えてこれは女性がつけたら確実に彼氏や旦那の借り物になりますのでご注意を。フジェール系の基本骨格であるラベンダーはありますが、バニラやクマリンの甘さに頼らず、ムスクで整えているので、メンズ香特有の重い甘さが苦手な方には心地よいと思います。ゼラニウムの代わりにバイオレットリーフを、オークモスをパチュリに置き換え、ジンジャーでキリッとした辛みをあわせて清涼感を高めながらも軽くはならない匙加減は、ちょっと冗談の通じない、一本鉄の筋が通った信念すら感じます。その一方で、時折ふわっと立ち昇ってくる甘さが何とも言えず上品で、厳しい人が一瞬見せるあたたかい笑顔のように想定外で魅力的です。ラストには肌のごく近くにパチュリとムスクのほんのり甘くパウダリーなハーモニーを感じるので、接近戦でまた別の顔を見せてくれるお楽しみも待っています。
 

US+THEMツアーより。ベース引いて歌っているのが70代後半のロジャー・ウォータース。前米大統領がブタと称され木端微塵になる瞬間、何万という観客が留飲を下げる 視覚映像作品としても非常に見ごたえがあり、しばし外出がはばかられる昨今、ご自宅での憩いにもってこいです

フジェールというクラシックなジャンルの重力に引きずられない、独創的なネオクラシカルフジェールとでも呼びたいアンヴァジヨン・バルバールの香りでジェントルマンのポラロイドに映ったのは、なんと当コーナー2回目の登場、ロジャー・ウォータース。前回はアビルージュ・ロー(2011)で、トップは苦手だったけどラストは結構よかった、という理由から、若い頃はキモかったけど、いい年寄りに成長したという意味で映ったわけですが、今回はそういう意味ではなく、現在のロジャー・ウォータースの姿そのもの。70を過ぎてなお、戦禍に散った自身の父、社会の影に消えた名もなき人々、その影を落とした「悪」-金と権力を掌握した人間と社会-それを「ブタ」と称し糾弾する。ピンク・フロイドで築いた富を土台に、決して楽しいテーマではないのに、完全なるエンタテイメントショーに昇華し世界のスタジアムを延々めぐり、観衆を涙ながらに熱狂させるウォーターズは今年78歳。その透徹した熱意は、御年70となるクロード・マーシャル氏の姿にも通じるものがあります。…あれえ、なんかすごくいい話になってない?どっとはらい!

 

 MDCI全作品は、ロッテルダムの香水店、La Cour des Parfumsのとのコラボレーションにて、LPT directでサンプルをお試しいただけます。

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