La Parfumerie Tanu

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L'Elégant (2021)

2021年は、本来は昨年の秋からクリスマス時期の発売を想定して作られたものの、昨今のコロナ禍の影響を受け発売延期になった作品が、翌年の秋冬まで待たず、半年遅れ、つまり想定の季節とは逆になるものの、敢えてサマーフレグランス枠で発売に踏み切る作品がこれから出てくると思います。MDCI最新作のレレガンも、2020年秋に発売する予定だったのが、半年遅れて5月15日に世界発売となりました。
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左)レレガンのモデル、ピエール・セリズィアール 右)レメーのモデル、エミリー・セリズィアール(いずれも1795年作、ルーブル美術館収蔵)
レレガンは、ペインターズ&パフューマーズシリーズの第6作目にあたるメンズの新作で、調香はMDCI作品は初めてとなるイレーネ・ファルマチーディが手掛けています。題材のポートレイトは、昨年発売されたレディスのひとつ、レメーのテーマとなった新古典主義の巨匠、ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748-1825)の「エミリー・セリズィアールと息子の肖像(1795)」のエミリーさんのご主人を描かれた「ピエール・セリズィアールの肖像(1795)」で、収蔵先のルーブル美術館では、このセリズィアール夫妻の肖像画は夫婦並んで展示されているそうです。
肖像画の主であるピエールさんは当時38歳、奥様のエミリーさんは27歳。ふたりの肖像画を、ダヴィッドが描いた1795年は、画家にとって生涯のターニングポイントになった年でした。ピエールさんは、ダヴィッドにとって義弟、それも妻の妹(エミリーさん)のご主人という、近いとも遠いとも言い難い親族です。それが、義妹夫婦をこんなにも愛情込めて描いたわけはー 

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左「自画像(1794年、ルーブル美術館収蔵)」右「マルグリット=シャルロット・ダヴィッド夫人の肖像(1812年、ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(米)収蔵」

ともにジャック=ルイ・ダヴィッド画

離婚→投獄→元妻のサルベージで命拾いした激動の年に描いた、ダヴィッド46歳の自画像と、その18年後、妻48歳の肖像。めちゃくちゃ危機管理能力が高く、ガッツのある賢い奥さんのおかげでその後の人生、ひいては新古典主義の系譜が後世に伝わったと思うと、シャルロットさんこそ美術史の庇護者ではないかと思う。いかにも肝っ玉なご尊顔を見よ。ちなみにシャルロットさんはダヴィッドが77歳で逝去した翌年の1826年、62歳で後を追うようにこの世を去った。離婚はただの危機管理、結局は4人の子宝に恵まれたおしどり夫婦だった

フランス革命が起こる7年前の1782年、当時34歳だったダヴィッドは、ルイ16世お抱えの土建業者だったぺコール氏の長女で当時17歳だったシャルロットを見初め、倍ほど違う年の差ながら親も快諾の上結婚し、姑のコネでルーブル内にアトリエを構える程優遇されましたが、ロベスピエールへ熱烈に傾倒し、ルイ16世の処刑を支持するなど夫の政治的姿勢に恐怖を感じた妻シャルロットから三行半を渡されてしまい、1794年に離婚成立。その後ロベスピエールの逮捕により支持者だったダヴィッドも形勢悪化、遂には離婚した年の夏に自分も投獄されてしまいます。獄中の面会に来たのは、なんと別れた妻のシャルロット。彼女は、年末の釈放を待って、親の家督として継いだ、パリ近郊のサン=オウエンにある農園に元夫をかくまいます。元妻シャルロットと3歳下の妹・エミリーのぺコール姉妹の世話を受けながら潜伏、翌1795年には再逮捕されるも恩赦で再釈放、自分からぺコール姉妹の待つサン=オウエン農園に戻っていきます。最初は潜伏の為、次は自ら望んで戻っていった農園には、それまでの彼の人生にはない安堵と幸福に満ちていました。人生のやり直しに力を貸してくれた元妻シャルロットは勿論、ともに支えてくれた妹のエミリーと、彼女の拠り所である夫で法律家のピエール・セリズィアールに、家族の絆を描く事で心からの感謝を現したのが、再釈放された年の春から夏にかけて描かれた夫妻の肖像でした。2枚の肖像画を仕上げた1年後の11月、ダヴィッドはシャルロットと再婚。美術史稀に見るいい話ですね。

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レレガン EDP75ml
レレガン発売にあたり、MDCIオーナーのクロード・マーシャルさんに、幾つか質問をさせていただきました。
 
ー今回、レレガンはMDCIとしては初参加となる、イレーネ・ファルマチーディが調香を手掛けていますが、何故イレーネさんに白羽の矢が立ったのですか?
 
クロード 簡単な話だよ。イレーネが所属する香料会社、テクニコフローとは長年の付き合いがあってね、その縁でベルトラン・ドシュフュールにもラ・ベル・エレーヌ(2011)やシプレ・パラタン(2012)を、もっとさかのぼればジャンヌ=マリー・フォージェにはヴェープル・シシリエンヌ(2009)を作ってもらったんだ。
 
ーえ、それだけ?それでは、レレガンを作るにあたり、イレーネさんにはどのような指示をされたんですか?
 
クロード それも簡単な話だ。「肖像画を見てください」それだけだ。
 
ー「絵を見て」一発指示ですか!所属会社との付き合いがあったとはいえ、初めてMDCIと組むイレーネさんとしては、かなりのプレッシャーだったでしょうね。結果は香りの通り、大満足だったわけですが…では、クロードさんご自身が、レレガンの制作で一番力を入れた点は何だったんですか?
 
クロード 出来上がった香水がテーマとなる肖像画、肖像画のモデル、モデルが醸し出す雰囲気をきちんと表現できているだけでなく、何よりその香りを私自身が気に入る事だ。
 
ー直球ど真ん中なお答えをありがとうございます。確かに肖像画を香りに昇華するシリーズで、全然その絵に釣り合わない香りというのもおかしな話ですし、たとえよくできていても、クロードさんが気に入らないものは、もとよりボツですよね。ところで、LPTはMDCIをブログ開設より10年以上の長きにわたり紹介してきましたが、この間、社会は急速にジェンダーレス、ダイバーシティを強調するようになり、これまでの「男らしい」「女らしい」という表現が、下手をすると性差別として曲解される場面を散見します。香水の世界においても、香水史的にはもともと性差なく作られていたものが、19世紀後半から徐々に男性用、女性用と分岐していき、香りを男らしさ、女らしさの強調アイテム、または異性を引き付けるための道具のように使われて来たものの、21世紀に入り、人間の生命力として本来備わっている女性らしさ、男性らしさとセクシャル・ダイバーシティと混同して差別的だと非難する風潮について、2021年の現在も、ユニセックス系の作品を一切出さず、あくまで「メンズ」「レディス」と銘打って新作を発表するMDCIのクリエイターとして、どのように思われますか。
 
クロード 良い香りというものは、男女を問わず楽しめるものだ。ただ、私自身は古い人間だから、MDCIで言えばキュイール・キャバリエのようなパワフルで力強いレザーノートの香りを女性がつけるのは、どんなものだろう、と考える事はあるね。それと同じで、どんなにその香りが好きでも、自分ではローズ・ド・シワのようなバラの香りとか、チョウチョウサン(個人的には大好きな香りだよ)みたいな香りは、自分ではつけないね。
ただ、MDCIの作品でも、本当に男女問わず使いやすい香りは幾つもあって、例えばル・リバージュ・デ・シルトや、今回のレレガンは、ちょっとユニセックス的な香りになっていると思う。
とはいえ、MDCIにとっての「メンズ」「レディス」は、明確な線引きがあるわけでもないんだ。それよりも大事なのは、その香りがいい香りであるという事だ。安っぽくなく、よく作りこまれた香りで、美しいシャージュを描くもの、そしてきちんと持続し、すぐにその香りだとわかる個性。私は何より大切に考えている。

ーまさにギイ・ロベール師の名言「香水は、良い香りでなければならない」に尽きますね。クロードさんが一番大切に考えている作品作りの肝要は、ブランドのファンがMDCI作品を評価するときに必ず登場する言葉ですよね。今年、LPTは念願かなってMDCI作品を全点踏破できたのですが、メンズ作品は殆どジェントルマンにポラロイドをお願いしました。ジェントルマンは香水ブロガーではないため、AGTPのポラロイドは一般男性ユーザーの生の声なわけですが、持続性については「この会社の香水はどれも香り持ちが良いです」と幾度もポラロイドで写し取っていますし、香りについても、彼も「一貫して品格がある」と評価していました。

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クロードさんの言う通りレレガンは、肖像画のモデルこそ、18世紀末を代表するフランスの裕福な紳士ではありますが、香りとしては、ジェントルマンにポラロイドをお願いせずとも、私自身が毎日のように全身実装して楽しめるユニセックスな作風で、立ち上がりはかなりガツン、ピリッ!とブラックペッパーとサフランが香り、わっ、スパイシー!と気が引き締まりますが、クローブとシナモンが、おいしい温かさとなってどんどん出てきます。この「温かさ」が、秋冬向けながら今の季節にまとっても暑苦しくならず、むしろ冷房の効いた部屋でおなかの温まるものを食べた時、気持ちが緩む「あったかさ」に通じるものがあり、そこにレレガンの主軸である甘口のウッディノートがじんわり開いていくのですが、ウッディ要素がウードとサンダルウッド、つまり鎮静作用が二乗するサンダルウードで、そこにパウダリーなアイリスやハニーやトンカなどの甘み成分が重なって「甘心地よい…」安心感につながります。

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この、キリッとした立ち上がりから甘心地よくなるまでの時の流れが、ポートレイトの主であるピエール・セリズィアール氏の、当世流行の英国装束に身を包み、ポーズをとってダンディにキメながらも、視線の先にあるのが男の野心や栄光ではなく、きっと彼の家族なんだろうな、とわかる、威厳に満ちた、というよりは何となくあったかい、きっとレメー(2020)のポートレイトに登場する坊やが「パパー!」と急に飛び込んできても、おなかでふんわり受け止めて、そのおなかが、結構ぷっくり柔らかい…パパ、ぽんぽんぽよんだね…おおよしよし、よしよし…そんな中年に差し掛かった、優しいお父さんの雰囲気が伝わってきます。同じMDCIのスパイシーウッディ系統の作品でも、明らかにセシル・ザロキアンの手掛けた高揚感のあるレザント・ギャラントやフェット・ペルサンヌとは作風が違い、この心地よい安心感は、ベクトルは全く違いますが、調香師イレーネ・ファルマチーディがシルヴェーヌ・ドラクルトのムスクコレクションで手掛けた「心の包帯」、フロレンティーナに通じるものがあります。
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5月よりLPTとの提携が始まったMDCIは、70を過ぎたクロード・マーシャルさんが、奥様のカトリーヌさんと二人三脚、自宅に作業場を構え運営しています。日本へのLPT宛発送は、奥様が請求、梱包から郵便局の持ち込みまですべてこなし、連絡先のメールアドレスも二人で共有しているので、一つのスレッドでクロードさんが返事をくれたり、カトリーヌさんだったり、気づいたら3人で話していたり…と、ふんわりとマーシャル夫妻の時の流れに混ぜてくださっています。「君のような、ブランドを真摯に愛してくれるファンとそのお仲間がいるから、こんな年になっても、廃業できないんだよ…LPTとの提携は本当に楽しい。この年になると、大事なのはお金じゃないんだ。どれだけ楽しく仕事ができるか、それだけだ。だから、サメのように群がってくる大口客は、みんな断ってやるんだ。もう、手に余る仕事はしたくない。どんなに小さなコミュニティでも、楽しい方がいいからね」そう言いながら、LPT読者に直販してくださるフルボトルには、一般取扱店では決して貰えないノベルティがついてきたり、オフィシャルサンプルを用意していないMDCIが、LPT読者のためにセミオフィシャルサンプルの作成を許諾くださったりと、LPT読者も、ふんわりとクロードさんの世界に入れていただいて、私もただただファン冥利に尽き、ひれ伏す想いでMDCI作品を読者にお届けしています。
 
おまけクイズです!
MDCIは、2003年の創業より、積極的に若手女性調香師と作品を制作してきました。2021年5月現在で、下記MDCI作品を手掛けた女性調香師をお答えください(重鎮調香師も含まれます)。表記はカナ・アルファベットどちらでも構いません。
①Les Indes Galantes
②Un Coeur en Mai
③L’Aimee
④Invsion Barbare
⑤Peche Cardinal
🎁全問正解の方には、最新作レレガンを含むLPTおすすめのMDCIセミオフィシャルサンプル5本セットを先着10名様にプレゼントいたします。 
2021.6.12 10:40更新:上記プレゼントはご好評につき先着分が終了いたしました。更新時間以降は、レレガンを含むLPTお任せサンプル3本セットを抽選にて10名様にプレゼントいたします。ブログのコメント欄(応募コメントはブログ上では公開いたしませんので、ご安心ください)より、奮ってご応募ください!
〆切:2021年6月20日(日) 終了しました。沢山のご応募ありがとうございます。
※当選は景品の発送をもって発表に代えさせていただきます。
※当選者には、LPTより個別に連絡いたしますので、コメント時メールアドレスのご記入をお願いいたします。メールアドレスのご記入がないと、発送先の確認メールを送付できないので、残念ですが正解でも対象外とさせていただきます。(クイズ解答時にメールアドレスの記載を忘れた場合は、別途コメント欄にてご連絡いただければ大丈夫です👌)
【MDCIクイズ回答】
①Les Indes Galantes:セシル・ザロキアン
②Un Coeur en Mai:パトリシア・ド・ニコライ
③L’Aimee:ナタリー・フェストエア
④Invsion Barbare:ステファニー・バクーシュ
⑤Peche Cardinal:アマンディーヌ・マリー
 
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