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MDCI #4 | Painters and Perfumers 1

チャプター3:ペインターズ&パフューマーズ

ペインターズ&パフューマーズシリーズは、近代フランス名画をもとに、調香師が自由に腕を振るうというコンセプトで、テーマとなる名画はいずれもルーブル美術館など世界的な美術館に常設展示されている作品で、現在も実物を見る事ができます。それまでのMDCI作品の多くは、戯曲やオペラ、小説が主題で、チョウチョウサン以外は香りの背景がみえづらかったのですが、このシリーズは肖像画がテーマなので、目で見てダイレクトコンタクトがしやすいですね。このシリーズには、フルプレゼンテーションやシルクロードボトルはなく、肖像画の箱付75mlボトル1形態になります。

ちなみに、取り上げた肖像画は、すべて著作権が切れたパブリック・ドメインの為、MDCIは所有主に許諾や使用料を払わないでよいそうで「いいところに気づいただろ?使い放題なんだよ」とクロードさんが自慢していました。肖像画は①絵そのものの美しさ②絵のテーマ③肖像画のモデル自身のパーソナリティ、に重きを置いて選んでいるそうです。ペインターズ&パフューマーズシリーズで、クロードさんの調香師への依頼事項は「絵を見てください」以上。これも、調香師の引き出しが大いに問われるリクエストです。

ペインターズ&パフューマーズシリーズ第一弾は、3作同時のメンズものでした。まずはムエット18番、ブリュ・サタンを紹介します。

18. Bleu Satin | Cécile Zarokian (2019)

トマス・ゲインズバラ「青衣の少年(The Blue Boy, 1770)」

肖像画ですが、18世紀イギリスの肖像画家、トマス・ゲインズバラの代表作で「青衣の少年(The Blue Boy、1770)」です。時代物っぽいですよね。18世紀後半ってこんな格好だったんだ…と思いきや、これ実は17世紀前半の装束で、150年以上前の服を着ているんですよ。要はコスプレです。今の日本に置き換えたら、幕末のリアル着物で撮影会、といったところですね。ちなみにコスプレの少年は、長い間、当時18歳だった金物商の息子(ジョナサン・バトール)だと言われていましたが、今から10年前、18世紀イギリス絵画が専門の歴史家が新説をとなえた、ゲインスバラの当時16歳の甥っ子説が有力になっています(ゲインスバラ・デュポン)。ブリュ・サタンは、それまでに4作手掛けたセシル・ザロキアンに再依頼して、MDCI路線としては主流のアロマティック・フジェール系ですが、さっきご紹介したタンジェの床屋に比べたら、相当ナチュラルで透明度の高い、フルーティ寄せのフジェールです。2010年代の終わりごろから、90年代に流行したアクア系、マリン系の再評価や現代的解釈が進み、割と瓜っぽい香料が戻ってきますが、ブリュ・サタンもキーノートがジャスミンとスイカです。でも90年代のあくどい人工的な瓜臭さではなく、本来のスイカの良さ、瑞々しくてカリウムたっぷり、おぞましい瓜の記憶を払拭する、セシルさんのスイカさばきに脱帽です。

ブリュ・サタン EDP 75ml
19. Cuir Cavalier | Nathalie Feisthauer (2019)

次はムエット19番をお願いします。キュイール・キャバリエです。ここでMDCIと初めてタッグを組む調香師で、LPTでは2021年に単独特集を行った、ナタリー・フェストエアの登場です。ナタリーさんはLPT頻出調香師で、近作ではピュアディスタンスの№12とパピリオとか、一連のスーレマント作品を作った方です。

テオドール・ジェリコー「突撃する近衛猟騎兵士官(Officer of the Chasseurs commanding a charge, 1812)」

肖像画ですが、19世紀前半に活躍したテオドール・ジェリコーの代表作「突撃する近衛猟騎兵士官(Officer of the Chasseurs commanding a charge, 1812)」で、ルーブル美術館の所蔵です。これが21歳の作品ですから、すごいですよね。破竹の勢いで評価されましたが、残念ながらこの絵を描いた10年後、落馬がきっかけで持病が悪化し、32歳で亡くなりました。辞世の言葉が「まだ、何もやっていない」ですから、無念のほどが伝わりますね。この絵も、よく見るとすごい勢いだけど割と粗いから、本人的にはもっと円熟した将来を描いていたのではと思います。

左)ナタリー・フェストエア。右)キュイール・キャバリエ EDP 75ml

キュイール・キャバリエの主軸はローズウードですが、前半にご紹介したキュイール・ガラマンテとうってかわって非常にすっきりとしたローズウードで、2010年代からレザー系、ウッディ系香水のノートで盛んに見かける土臭いシプリオール、材木系のアイリスが重なって、甘さ控えめで酸味勝ちなので、日本の夏にもいい気分で使えて、男女問わず楽しめる守備範囲の広い香りです。ただ、人によって出てくる香料が違うみたいで、私はこれ、とっても軽やかにすっきり楽しめるんですが、ジェントルマンがつけると重火器級のヘビーな香りになるそうで、どっちに転ぶかは運次第ですね。クロードさん的にはヘヴィ系の香りになるそうです。

20. L'Homme Aux Gants | Nathalie Feisthauer (2019)

それではムエット20番をお願いします。ロム・オ-・ガンツですね。
こちらの肖像画もルーブル美術館にあります。描いたのは、16世紀に活躍したヴェネツィア派肖像画家の巨匠ティツィアーノで、ユーロ前のイタリア・リラ紙幣の裏に印刷されるほど高名な画家です。この人が描いた肖像画でスペイン王フェリペ2世とイングランド女王メアリ1世のご成婚が決まったり、歴史も動かすいい仕事をしながら、生涯一度も食うに困らず名声もリアルタイムで手に入れましたが、88歳の時ペストで死去。人生何が起こるかわかりません。コロナを越えた私たちとしては笑い話ですみませんね。

ティツィアーノ「手袋を持つ男(L'Homme au gant, 1520-1522)」

この肖像画のモデルについては、ヴェネツィア在住の青年という以外何もわからないそうですが、髪型が私に似ていて親近感があります。私もひげ生やそうかな。でもちょっと手つきが変ですよね、明後日の方向を向いて、人差し指でバキューン。関節のあたりに指輪をしていて、日常生活不便そう。

調香は、キュイール・キャバリエと同じナタリー・フェストエアで、同じくウード感のあるアーシーなウッディオリエンタルです。AGTPでジェントルマンが「甘栗ウード」と評価していました。ただウード感はそれほどなく、むしろベースの甘々成分がたっぷり、トンカビーン、ベンゾイン、バニラ、バルサム、ああ甘い。でもパチュリとシダーウッドで寸止めが効いているから甘さ無限大で胃もたれする事はないです。ナタリーさん、粉物女王と呼びたい位粉使いがうまくて、ロム・オ-・ガンツも甘さの芯がパウダリーで心地よいです。

2019年のメンズ3作は、最初の2作が春夏向け、ロム・オー・ガンツが秋冬向けって感じで、メンズ縛りではありますが、いずれも時流に合わせてユニセックスで使える香調です。

ロム・オ-・ガンツ EDP 75ml
22. La Surprise | Cécile Zarokian (2020)

それでは、2020年に発売されたペインターズ&パフューマーズシリーズのレディスをご紹介します。ムエット、番号飛んで22番をご用意ください。

これはラ・スプリースで、調香は、前年ブリュ・サタンを手掛けたセシル・ザロキアンの登場です。

フラゴナール「恋の成り行き 第2幕(The Progress of Love, 1770-71)」

このシリーズ、基本的に肖像画なんですが、ラ・スプリースだけ男女の恋愛ストーリー物の4連作「恋の成り行き」から第2幕を採用しています。画家は18世紀後半に活躍したフラゴナールで、18世紀後半といえば、アンデッド。ウビガン、エルテピヴェ、リュバンがじわじわ出てくる時代です。という事は、ルイ15世とか16世の時代で、この絵の連作は、ルイ15世の公妾(こうしょう)で、ポンパドール夫人の後釜に入ったデュ・バリー夫人の依頼により、フラゴナールは屋敷に飾るロココ調の連作を納めますが、その1年後、デュバリー夫人が、屋敷の内装をロココから新古典主義にリフォームした際、家のインテリアに合わないからイラネー、と全作フラゴナールに返してきたんですよ。ひどい話です。ちゃんと前金でもらってたのかな?1点もののフルオーダーって返品OKなんですかね?公妾とは、王室公認のお妾さんですが、生まれた子供には王位継承権はないものの、政治的発言権が強かったので、フラゴナールは仕方なく返品を受け容れて、しかも家に置く場所がないから従弟の家に飾ってもらったそうです。でも返品した翌年の1774年にルイ15世が天然痘で崩御すると、返品のばちが当たったのかデュ・バリー夫人はみるみる失墜、それでも腹の虫がおさまらないフラゴナールは、続編で、主人公が大失恋して庭で呆然としている5枚目の絵を追加したんですよ、しかもタイトルが「棄てられて」。あんまりすこやかなうっぷん晴らしではありませんが、デュ・バリー夫人は1793年に絞首刑、フラゴナールもその10数年後に失意と貧困で亡くなりました。なんか、聞いてる方が胸糞悪いオチですね。

ラ・スプリース EDP 75ml

香りは、恋愛絵巻の第2幕ですので、これからハジけるぞ~!という勢いを感じる、トロピカルなフルーティ・フローラルで、いかにも「恋のせめぎあい」に相応しい躍動感ですね。最初はフルーティですが、じわじわパウダリーになって、ちょっと花粉っぽいマットな粉感が、シャマードのラストノートを彷彿します。ラストは清楚なフローラルに落ち着きます。このミドル以降の展開は、肌乗せしないと出てこないので、サンプルなどお持ちでない方は、是非今日肌に乗せてお帰り下さい。(続く)

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