La Parfumerie Tanu

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- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Touching down in Asia : Natural Perfume Masterclass by Hiram Green

Because they are based in Gouda, the Netherlands

外国人観光客の増加に比例して、香水ブランド関係者も訪日ラッシュのここ日本。特に秋は国内最大の香水イベント・伊勢丹サロンドパルファンがあるため、今年も沢山のクリエイターが来日しましたが、21世紀宅香系ナチュラル・パフューマリーを代表するブランド、ハイラム・グリーンもその一人。たまたま自分が行った事のある、ゴーダチーズで有名なオランダの古都・ハウダ*にラボを構えているから、というだけで興味が湧いて、イベントに行ってみたかったのですが、サロパでは60分で5ブランドの紹介で、招聘側が適当にいじって終了、みたいな図が見て取れたので、どうしたものかと思っていた所、サロパ終了後の10月22日、輸入代理店であるノーズショップが「Natural Perfume Masterclass」という、ハイラム・グリーン単独で90分のマスタークラスを開催する事を、ブランドのニュースレターで知りました。フェスでしか見れないと思っていたお目当ての来日アーティストが、フェスのチケット買うか迷ってる最中に後日都内で単独公演決定‼︎くらいの嬉しさで、ハン1さんと参加してきました。

Touching down in Asia

今回の初来日はアジアツアーの一環で、ハイラムさんはまず台湾のインディ・ニッチ香水店、Hours & Oursで2時間半に及ぶマスタークラスを行い、その後東京へ移動。サロパで連日(10/16-21)合同販売ブースで接客した後、10/22に東京で90分のマスタークラス、翌日には帰国し10/25から公式オンラインストアでの発送再開という超ハードスケジュール。このブログが公開される頃にはオランダに向け空の上だと思います。

*Goudaと書いてハウダと読む。バナー写真は昔中世の病院だったハウダ博物館の壁像で、オランダ王国を象徴するダッチライオン2柱。股間に注目

設営中のマスタークラス会場(ハン1撮影)。一番のりを狙ったハン1さんが、開場前で中に入れず
長らく外で待っていたら、通路に椅子を出してくれたそう。ノーズさん超ダンクウェル

写真左、ブルーのシャツがハイラムさん。今回唯一の本人写真です
Natural Perfume Masterclass by Hiram Green

「初めて日本に来ました。まあ、次はないかと思うけど(笑)」といきなり不穏なハイラムさんの前振りから始まったマスタークラスの流れは、大まかに以下抄録の通り。

chapter 1 : 天然香料からフォーカスした香水の歴史

「僕は、人前で話すのが苦手で、だからハウダのラボにこもって日々一人で香水を作っています。今日のマスタークラスは、元々は取扱店向けの導入教育として行う物です。それでは…昔々、香水は王や女王しか使う事が許されなかった稀少なもので、産業革命が起きて市井の人々が商業製品として市場で買う事ができるようになってからも、原料の産地が南方だったり輸入に頼らざるを得なかったので、やはり高級品には違いなかった。その後合成香料が開発されて、より簡単に、安価に香水を製造する事ができるようになった。今では香水の構成として全体の80-90%が合成香料となった。合成だから悪い香りという訳ではない。天然香料は、香水が誕生した頃のクオリティと今とでは全く違うし、かつての天然香料で作られた香水を完璧に再現する事は不可能だ。そして地球温暖化の影響で、天然香料の原料となる植物の生産高が年々減少し、その結果抽出した香料の価格が高騰している。例えばジャスミンのアブソリュートは、昨年僕が仕入れた時は1kg4,000ユーロ(≒65万円)だったのが、今年は1kg8,000ユーロ(≒130万)と倍になった」

chapter 2 : 香り分子から天然香料、そして作品へ昇華する試香の旅

マスタークラスでは、まず最初に香料に含まれる香り分子をムエットで試香し、次にその分子が含まれる天然香料、最後にその天然香料を主軸に編まれたハイラム・グリーンの作品を試す…という流れでした。今回は最新作トゥリストと前作フィルトゥルになる過程と、ブランド処女作でベストセラーでもあるムーンブルームと、チュベローズの天然香料をハイラムさんの解説で試香しました。

* = 香り分子、**=天然香料(オイル:水蒸気蒸留、アブソリュート:溶剤抽出、レジノイド:樹脂抽出)、***=作品

- From molecule to perfume 1 : Tryst

  1. リナロール*:フレッシュでフローラルな香り。
  2. 酢酸リナリル*:リナロールがもっとシャープに、グリーンが増した香り。
  3. ラベンダーオイル**:香りの構成分子としてリナロールを40%、酢酸リナリルを42%含む。だからリナロールと酢酸リナリルのムエットを合わせて匂うと、ラベンダーっぽく感じるでしょう?日本はあまりラベンダーは馴染みはないかな?え、北海道で育てているんだね。
  4. プチグレンオイル**:オレンジの葉から取れる香料。リナロールが15%、酢酸リナリルが75%含まれている。ラベンダーと同じ香り分子でも、含有率の違いでこれだけ香りが変わるんだよ。
  5. ネロリ**:オレンジの花から取れる香料。オレンジは、花も葉も茎もみな香料が取れる、香水には欠かせない植物なんだ。
  6. オレンジフラワー・アブソリュート**:さっきのネロリは水蒸気蒸留で取れる、爽やかでフローラルな香りだけど、オレンジフラワー・アブソリュートは溶剤で取る香料で、ぐっとアニマリックでセクシーな感じだね。同じ原料でも抽出方法でこんなにも違うんだ。
  7. ベンゾイン・レジノイド**:ブランドを立ち上げる時、天然香料100%で香水を作るなんて不可能だ、ってみんなに言われた。でも僕は限界を突破したんだ。ベースに樹脂系香料を用いる事で、ぐっと持続がよくなるんだ。これはベンゾイン、深い甘さがあるね。
  8. トゥリスト***:僕の最新作です。英語で逢引を意味する言葉で、シークレット・ロマンス、誰にも教えたくない胸アツな秘密、みたいなニュアンスかな。ラベンダー、プチグレン、ネロリ、オレンジフラワーがキーノートになっている。だから、香り分子としてリナロールも酢酸リナリルもたっぷり入っている…という事になるね。

- From molecule to perfume 2 : Philtre & Moon Bloom

  1. 酢酸ベンジル*:どんな香りに感じる?もちろん花っぽいよね。
  2. ジャスミン・アブソリュート**:ジャスミンには、酢酸ベンジルが50%入っているんだ。だから雰囲気がかなり似ているね。先ほどのオレンジは、花を水蒸気蒸留でもアブソリュート(溶剤抽出)でも花から香料が取れるけど、ジャスミンはアブソリュートだけなんだ。ジャスミンを水蒸気蒸留すると、香りがバラバラになって、とても香料としては使えないんだ。
  3. イランイランオイル**:イランイランは結構安価な香料なんだ。
  4. オイゲノール*:どんな香りを彷彿する?…砂漠の香り?潮の香り??そんなところから取れた香りに感じるか…住んでいる所と育った環境で、ずいぶん印象が変わるものだよね。
  5. クローブバッドオイル**:クローブの構成成分は、実にオイゲノールが98%なんだ。ほぼオイゲノールだね。オイゲノールをヨーロッパの人に試してもらうと「歯医者の匂い」「病院っぽい」って言うんだよ!でもクローブだと、もっと柔らかく、優しい香りだよね。
  6. カーネーション・アブソリュート**:オイゲノールが含まれる花の香り。カーネーションは、僕の大好きな香料のひとつで、通常は調合香料を用いるんだけど、どうしても自分の作品には天然香料を使いたかった。でもとても生産量が少なくて、世界的香料会社、IFFの傘下企業であるLMR naturalsが唯一生産しているんだけど、それでも年間たった10kgしか取れなくて、そのうち8kgは自社研究用に使用して、残りの2kgを販売用にしているんだけど、そのうちの1kgを僕が作品の為に買ったんだ。だから、僕がいかに貴重な香料を使っているか、分かってもらえると思う。
  7. ラブダナム・レジノイド**:ラブダナムも僕の大好きな香料で、本当にいい香り。ベースノートに用いて、持続をグンと伸ばしてくれるんだ。
  8. フィルトゥル***:ジャスミン、イランイラン、クローブバッド、カーネーション、ラブダナムがキーノートで、僕の作った媚薬の香りです。だから、香り分子として酢酸ベンジルとオイゲノールもがつんと含まれている、という事になるね。
  9. チュベローズ・アブソリュート**:チュベローズは、普通調合香料を使うが、チュベローズから抽出する天然香料は1kg18,000ユーロ(≒290万)もするんだ。だから…わかるよね…来年もしハイラム・グリーンの香水が値上がりしたら…(会場どよめき)
    …それは僕のせいではなく地球温暖化のせいなんだ!(笑)
  10. ムーンブルーム***:チュベローズ・アブソリュートを使用した、僕の処女作でブランドのベストセラーでもある香り。

    マスタークラスで使用したムエットと、会場配布のムエットホルダー+事前ダウンロードの資料。今まで参加した事のあるクリエイター来日イベントとしては、香料に関する参加者の基礎知識が求められる若干専門性の高いものだったが、ハイラム・グリーンのファンなら納得だったはず
chapter 3 : ハイラムさんに質問

―(参加者から)なぜ調香師になったのですか?

ハイラム 単なる偶然だよ(笑)僕はトロントの大学でファインアートを学んだんだけど、正直トロントっていい街だけど面白みに欠けるんだ。それで僕はアーティストになりたくてロンドンに渡ったんだけど、いきなりアーティストで食べれるわけでもないから、まず生きるために職に就いたのが、香水店の販売員だった。その後、香水店をオープンしたんだけど、売るより自分で作る事にどんどん興味が出てきて、でも周りに教えてくれる人が居ないから、独学で調香を学んだ。今でも勉強中だよ。

すでに90分を過ぎており、時間が押していたので、これだけは聞いておきたいと思い、質問しました。

LPT なぜオランダの小さい街、ハウダで活動しているんですか?

すると、今まで淡々と話していたハイラムさんが、急にもじもじし始めて、指に紐をはめたり外したり、元々血圧高そうな赤ら顔がますます紅潮、トークもなんだか照れ臭そうに、うにゃうにゃになってきて…

ハイラム そ、それは、僕のパートナーがオランダ人で…(照モジ)、彼と一緒にロンドンからオランダに移住したんだ…(モジ照)。ロンドンには15年、オランダには14年住んでいる。そう、ハウダはゴーダチーズで有名な、のんびりした小さい街です(でかいチーズの形態模写をする)。でも、大都市のロッテルダムにも、(行政の)首都ハーグにも電車で15分位で行ける便利なところで、オランダ自体コンパクトで住み心地がとてもいいんだ。あと、実は今ハウダには住んでいなくて、ラボはまだあるけど、ちょうどアムステルダム近郊の小さな街に引っ越したんだ。だから、今は一時的に自宅からラボ迄1時間半通勤しながら活動しているんだけど、いずれは自宅のそばにラボを構えたいね。

 

この後、一斉にハイラムさんの撮影会になったので、これにて失礼する事に。最後に、まだハイラム・グリーンのハの字も知らなかった頃に行ったハウダ博物館で撮ったダッチライオンのクッション写真で作ったLPT e-store(現LPT direct)他、LPTマグネット詰合せをハイラムさんにプレゼントして、会場を後にしました。

次はないかも…なんて仰らず、また来てムフフ照モジ話を聞かせてください、ハイラムさん!

 

 

 

 

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