La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Journey to El Sur : Frassaï

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2013年、ブエノスアイレスに誕生したアルゼンチン初の女性オーナーによるニッチブランド、フラッサイ。普段内外の香水レビューを殆ど読まない私にとって、信頼のおける香水店からのおすすめは唯一無二の出会いの場で、フラッサイもロッテルダムの香水店、La Cour des Parfums店主、リアンヌ・ティオさんが去年の今頃「今うちの店にあるブランドで、日本の皆さんに一番おすすめなのはフラッサイよ。間違いないわ」と力強く語っていた事を懐かしく思い出します。その審美眼に狂いはなく、LPTというちいさなちいさな香水コミュニティの中ではありますが、フラッサイは2020年、最も話題になったブランドと言って過言ではありません。繊細ながら奥に秘めた熱い情熱を感じる作風は、アニック・グタールの再来とも思えました。
 
2017年に初出3作(ティアン・ディ、ブロンディーヌ、ヴェラノ・ポルテーニョ)、2018年にア・フエゴ・レントとティセンドゥの発売、キャンドルのラインナップ追加と、堅実な歩を進める中、これまではオーナーのナタリア・オウテダさんご出身のジボダン所属調香師に依頼していましたが、今回ご紹介するエル・スール・コレクションは、ナタリアさんが本年4月に掲載したインタビューで語っていた、マン社所属調香師とのコラボレーションとなります。担当したのはラトビア出身の女性調香師、イリーナ・ブルラコヴァで、ジボダンに9年所属後マンに移籍、現在は香港在住でニューヨークやアジアのクライアント向けの活動をしている方ですが、①ジボダン出身で②ニューヨークでの勤務経験がある③女性調香師、という事で、ナタリアさんとは接点が多かったのかもしれません。

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エル・スール・コレクション 左より Rosa Sacra, El Descanso, Cuir Pampas 各EDP, 50ml
英語で’The South'(南)を指すスペイン語(アルゼンチンの公用語)、エル・スール。同名のスペイン映画(1983)を思い出す方も多いでしょう。エル・スール・コレクションは、ナタリアさんの出身地、アルゼンチンの広大な大自然をテーマにした作品で、アルゼンチン北西部のユンガス地方から、アルゼンチンの東西に拡がる草原地帯パンパ、そしてアルゼンチンの誇りであるガウチョ-「南米の武士道」ともいえる、19世紀に消滅したスペインと先住民の混血種族の生き様に思いを馳せたシリーズです。単品で使用するのは勿論、3作のレイヤリングも可能な香調で、ジャングルに咲くローズ、南米の聖樹パロサント、ブラン(小麦ふすま)、オンブ葉、ガウチョの生業だったレザーなど、アルゼンチン原産の植物から採れる香料をふんだんに使用したシリーズです。3作には共通の、生木のようなシダーウッドとホックリとした穀物っぽい香りが共存する’エル・スール’ノートがあり、そこにローズとパロサントが乗ればロサ・サクラに、小麦とサンダルウッドが乗るとエル・デスカンソに、レザーとベチバーが乗るとキュイール・パンパになる…これがエル・スールのあらすじです。全作とも着色料や保存料は無添加、天然香料中心のヴィーガン素材使用、昨今の世界的な香粧品トレンド、クリーン・コスメティックスを意識して作られています。
 
日本に生まれ、日本に育った私にとって、フラッサイと出会うまで全く縁のなかったアルゼンチンの、それも大自然がテーマの作品を紹介するというのは、その世界観を机上の空論でしか理解ができないという大前提で書かせていただくため、誤解や認識の甘さがあるのは否めないのですが、逆に言えば日本に置き換えても「東北の大自然、早池峰山に拡がるアカエゾマツと高山植物、山岳信仰がテーマです」という香りのシリーズを、日本人でもよくわからない秘境レベルのコンセプトを、日本に縁のない南米の方が紹介するのと同じくらい無謀な話なので、一番いいのは「情報に翻弄されず、無心で実装し鼻と心でジャッジする」これに尽きると思います。馴染みのない香料が多数使用されているため、可視化するのにかなり時間を要しましたが、このレビューが、その一助となれば幸いです。
 

Rosa Sacra (2020)
香調:フローラルシプレ
ヘッドノート:ピンクペッパーコーン、ブラックカラント
ハートノート:ローズドメ、ターキッシュローズ
バックノート:パロサント、ホワイトキャロブ
主な香料:ピンクペッパーコーン、ブラックカラント、ローズドメ、ターキッシュローズ、ローズゼラニウム、スペアミント、ライチ、カモミール、ベルガモット、マンダリン、野生ラズベリーエッセンス、シダーウッド、ジャスミン・グランディフローラム、ハイチ産ベチバー、オレンジフラワー、オークモス、ベンゾイン、アンブレット、パチュリ(以上すべて天然香料使用)
 
「聖なるバラ」を意味するスペイン語、ロサ・サクラ。アルゼンチンのジャングルに咲くローズがテーマですが、使っているのはローズドメとターキッシュローズなのはご愛敬、たぶんバラは咲いてはいても香料用途じゃないんでしょうね。立ち上がりに感じるのはどこか渋く埃っぽい酸味で、ローズよりもブラックカラントやラズベリーなど青み系ベリーの香りが一歩前に出てくる感じです。そして本当の主役は、焚きしめると立ち昇る香しい煙で良き精霊を呼び、悪しき精霊を祓うと言われる南米の聖樹、パロサント(香料として用いているのではなく、他の香料の調合で表現)。じわじわと乾いたシダーウッドとパロサントがホックリしたエル・スールノートと重なり、最後まで酸味が併走して肌に馴染んでいきます。バラの香りを期待すると、ちょっと違うと思いますが「パロサントの器に生られた」という述語をつけるとピッタリなウッディローズです。

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ロサ・サクラ EDP 50ml

El Descanso(2020)
香調:ウッディオリエンタル
ヘッドノート:アンブレット、ガルバナム
ハートノート:ブラン・アブソリュート、オンブリーフ
バックノート:シダーウッド、サンダルウッド
主な香料:ブラン、シダーウッド、ガルバナム、レモン、アイリス、ミモザ、ローズゼラニウム、バニラ、サンダルウッド、トンカビーン、アンブレット(以上すべて天然香料使用)
 
「残り物」を意味するスペイン語、エル・デスカンソ。残り物の香り?アルゼンチンの特産といえば小麦。生産量こそ中国やインドにはかないませんが、輸出量では堂々世界第7位(2017年9月、農林水産省調べ)。その95%が、アルゼンチンの国土に拡がる草原地帯、パンパで生産されています。小麦を精製した後に残るブラン(小麦ふすま)は、ビタミンやミネラル等栄養価が高く食物繊維も豊富で、シリアルの一種、オールブランやブランパンを召し上がったことのある方はわかると思いますが、独特の乾いた酸味があります。アルゼンチンの人々にとって、ブランは自身の血肉となっていくかけがえのない糧で、その香りは郷愁すら呼ぶのでしょう。エル・デスカンソは、エル・スール・コレクションの中核となる香りで、立ち上がりはガルバナムやゼラニウムの青々とした爽快感がはじけ、徐々にウッディノートが主張してきます。ホクホクした穀物系の香りを感じたら、それが主軸のブラン。寄り添うシダーウッドの生木感に背筋が伸びるような爽快感を感じ、ラストは穏やかなアイリスやサンダルウッドに控えめなバニラやトンカビーンが溶け込み甘さが出てきます。実装試香中、最もジェントルマンに評価が高かったのがエル・デスカンソのラストノートで、何度も接近して深呼吸をしていました。
 

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エル・デスカンソ EDP 50ml

Cuir Pampas(2020)
香調:シトラスレザーシプレ
ヘッドノート:ブラックペッパー、グリーンマテ
ハートノート:スキンレザー、スモークドベチバー
バックノート:シダーウッド、ラブダナム、ヘイ
主な香料:ブルボン産ベチバー、イタリア産レモン、アルゼンチン産マテ、ブラックペッパーCo2、シダーウッド、ヘイ、ラブダナム、パチュリ、エレミ、フランキンセンス、バニラ、タイム、アニス、オレンジフラワー、ジャスミン・サンバック、ゼラニウム、ラズベリー、カレー(以上すべて天然香料使用)
 
アルゼンチンの肥沃な草原地帯、パンパ。中学生の頃、地理の時間で習ったきり、実に40年ぶりに聞いた名前です。パンパには、ガウチョ-スペインの南米征服により、先住民との混血化が進んだ、牛追いや馬追いを生業とする人々-が、19世紀にヨーロッパ人がアルゼンチンへ大量入植し消滅していくまで存在し、アルゼンチン人は社会階層としてのガウチョが消滅した現在も、自らを誇りをもってガウチョと呼び、その情が厚く勇敢な心根を、武士道に擬える事もあります。牛や馬の皮をなめしマテ茶を飲む遊牧民(ノマド)のガウチョと、彼らが暮らしたパンパへのオマージュが、キュイール・パンパです。軽やかなグリーンマテにベチバーとレザーが主張する、すっきりしたレザーシプレで、その軽やかさは明るい黄金色の水色そのものです。レモンが効いていてベチバーとレザーをしっかり淡麗辛口に牽引するところは、さながらレザーホルダーのついたアンクルノワールのよう。個人的には、キュール・パンパが一番難しくなく、親しみを感じました。
 

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キュイール・パンパ EDP 50ml

 

フラッサイ製品は、La Cour des Parfumsでご注文いただけます。またLPT directでは同店とのコラボレーションサービス、La Cour des Parfums par LPTでサンプルをお試しいただけます。


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