La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Victoria (2022)

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フラッサイ第9作となるヴィクトリアは、フラッサイ作品としては初となる、実在の人物がテーマになっています。
モチーフになったのは、アルゼンチンの著名文芸家、ヴィクトリア・オカンポ(1890-1979)。日本ではあまり馴染みのない方ですが、20世紀アルゼンチン文化史上最も影響力のあった女性で、ブエノスアイレス出身のオーナー、ナタリア・オウテダと、前作エル・スール・コレクションを手掛けたラトビア出身、香港在住の調香師イリーナ・ブルラコヴァというふたりの女性クリエイターがタッグを組み、ヴィクトリア・オカンポに思いを馳せて作りました。

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ヴィクトリア・オカンポ夫人の肖像(1922) アンセルモ・ミゲル・ニエト画
アルゼンチン国立美術博物館所蔵 ヴィクトリア32歳時の肖像
1890年、ブエノスアイレスで貴族階級の家庭に6姉妹の長女として生まれたヴィクトリア・オカンポは、フランス人家庭教師から学び、16歳の時に1年間家族でパリへ遊学。ブエノスアイレス帰国後、1912年に結婚するも1920年には家庭内別居し、その頃から本格的に執筆・翻訳活動を開始、瞬く間にアルゼンチン文芸界の中心人物となりました。興味を持った文人とは精力的に文通し、ブエノスアイレスからはるばるヨーロッパまで足を運んで交流を重ね、ブエノスアイレスの居宅へも招待し、文人同士もつないでいきました。

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ヴィクトリア41歳、1931年には歴史的文芸誌「SUR(スール、スペイン語で南の意味)」を発刊。SURが文化史にもたらした貢献は計り知れず、ヴァージニア・ウルフ、サン・テグジュペリ、コクトー、カミュなど、この文芸誌によってラテンアメリカ世界に「上陸」したヨーロッパの先進作家や、オカンポの支援でラテンアメリカから世界へその名を知らしめた文豪は数多く、ホルヘ・ルイス・ボルヘス(アルゼンチン)、ビオイ・カサーレス、のちにラテンアメリカ初のノーベル文学賞を受賞し「ラテンアメリカの母」と称される詩人ガブリエラ・ミストラル(チリ)も、SURで世に出た一人です。
1936年には婦人組合を結成、女性解放運動やリベラリズムに傾倒。ペロン政権樹立後の1946年、エバ・ペロン(エビータ)が女性参政権を認めた際、ペロン政府に対し苛烈に意見したため、政府からの圧力により1953年投獄。その後も世界を牽引する女性にフォーカスし、80歳を過ぎても精力的に活動しました。1973年、居宅をユネスコに寄贈、1976年に女性初のアルゼンチン文学アカデミー会員となりましたが、晩年は税金すら払う余裕も無いほど経済的にも完全燃焼し、1979年、88歳で大往生しました。

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晩年のヴィクトリア・オカンポ。白ぶち眼鏡がトレードマークだった。
なんとなくスイスの巨星、故ヴェロ・カーンを彷彿する
自らの審美眼に叶ったものを世に伝えたいという情熱と、ノブリス・オブリージュが合致した好事例のようなヴィクトリア・オカンポ。保守的な時代の中、破天荒にも映るそのライフスタイルに反し、アルゼンチンでは「アルゼンチンの真髄」とまで称され、ブエノスアイレスでは、ユネスコに寄贈した居宅が博物館に、SUR出版社だった建物が文芸館となって一般公開されています。
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ヴィラ・オカンポ(左):ヴィクトリアの父、マヌエル・オカンポがブエノスアイレス郊外に建てた夏用別荘を、
両親の死後長女だったヴィクトリアが家督を継ぎ、1940年から居宅としていた。
現在はユネスコ所有、オカンポ文化センター
カサ・デ・ヴィクトリア・オカンポ(右):1929年、ヴィクトリアがル・コルビジェに触発され、地元の建築家
アレハンドロ・ブスティロに依頼した当時のアルゼンチンでは珍しいモダニズム建築。ブスティロは見た事もない
新様式で無理無理作らされた事でも有名。SUR出版社として使用していた。現在はオカンポ史料館
香りとしては、一言でいって「激しさと心地よさが完全両立したチュベローズ」。調香師イリーナ・ブルラコヴァが所属するマン社の革新的天然香料、ジャングルエッセンス™️*をふんだんに使用、主役はチュベローズとウードのダブルキャスト、準主役はピーチとライチの濃厚なフルーティフローラルです。チュベローズもウードも主張の激しい香料ですが、チュベローズの肉感的な華やかさと、ウードのアニマリックで神聖な深みが相反する事なく溶け合う中に、まるで口に頬張っているように美味しそうなピーチとライチが重なり、ピーチ+チュベローズ+ウードで新機軸「ピーチュベルード」が溢れるように香ります。つけた瞬間、プチグレンとリツェアクベバの苦みを持った爽やかさなバーストにみずみずしいライチとピーチがはじけ、すぐに後追いのチュベローズとウードが合流し、混然一体ととろけるように香ります。’ピーチュベルード’化した後は、あまり香りが変化せず、しっとりと肌から香気を放ち、激情型のチュベローズを鎮静型のウードがうまくいなして、二人でおいしくとれたてのライチとピーチを頬張っている図が長らく続きます。濃厚でいながらみずみずしさが重さを相殺しているので、通年お使いいただけます。
ヴィクトリア・オカンポの誕生日に合わせて、4月7日の発売日にナタリアさんとイリーナさんがインスタライブで対談を行いました。お二人はジボダンNY時代の同僚で、15年来の付き合いだそうですが、対談の中、イリーナさんが香料について「ナタリアからヴィクトリアのことを聞いて、真っ先にチュベローズが浮かんだの。そしてウード。主張の強い香料もの同士をぶつけ合ったハーモニーは、ヴィクトリアの個性に通じると思う。例えばチュベローズは、花自体は小さいけれど、遠くの花屋で売っていてもすぐにわかるほど、主張が強く、癖になる香りだが人によって好き好きが割れる。ウードは単なるウッディ要素ではなく、スピリチュアルな感覚も備えている一方で、変化が激しく使い方が難しい香料なの。フルーティな、アニマリックな表情と神聖な空気を兼ね備えていて、使い方によっては官能的にもなるわ。あと今回処方した香料の中では、ジャングルエッセンスのライチが特にすごいの。アジアに住んでるからその再現性の凄さがわかる。中国では6月-7月がライチの旬なんだけど、この香料、物凄くフレッシュでみずみずしくて、まさにあの旬のライチを食べている感覚に襲われるのよ」と話していて、なるほど合点がいきました。

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ヴィクトリア EDP 50ml
北米向け250本、欧州向け500本限定で2022年4月7日、ヴィクトリア132歳の誕生日に発売
クールな文壇家ではなく、子供の頃から突沸する知的好奇心に突き上げられながら一生を駆け抜けたアルゼンチン女性-気に入ったものにはなんでものめり込む猪突猛進型で、基本はダイレクトコンタクト。本人も書く事で解き放たれ、会いたい人には世界中どこでも会いにいき、そこで知り合った人々を結びつけ、新たな化学反応を起こす猛烈な触媒でもあったヴィクトリア・オカンポの激しい匙加減が、ナタリアさんのディレクションとイリーナさんの大胆な調香で、破綻なく見事に香りへと昇華しています。過去作の空気感ともシームレスにつながっている実にフラッサイらしい作品で、特にティアンディの果実感がお好きな方は、私と同じようにきっとヴィクトリアも心地よくお使いいただけると思います。
 
*Jungle Essence™:液状の二酸化炭素・超臨界CO2を有機溶媒の代替として使用し、環境負荷の低い専用器で抽出した、食用フレーバーにも調香にも使える、マン社独自開発の天然香料。
原料そのものから抽出したピュア・ジャングルエッセンスと、超臨界CO2と共溶媒を併用して抽出するナチュラル・ネオ・ジャングルエッセンスの2系統がある。まるでその果実やスパイスを食べた瞬間、鼻腔を貫く香気や美味しさが 「素材そのもののアロマが」弾けるように香る、画期的な抽出法。アンフラルージュの再来と言われる花香料版ジャングルエッセンス、E-pure Jungle Essence ™もある。
 
今回ご紹介した最新作ヴィクトリアを含むフラッサイのセミオフィシャルサンプルは、LPT読者向け会員制コミュニティストア、agent LPTでお試しいただけます。
 

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