眼を閉じて
深呼吸をして
ひろがりを感じる
黄金の光のあたたかさが
あなたの肌に触れる時
そこには境界も
限界もない
時間も空間もない
あるのは
あなたと「今」ただそれだけ
アルゼンチンで女性が初めて興したニッチフレグランスブランド、フラッサイの10作目となる新作、ドルミール・アルソルが世界発売となりました。ここ日本では、さる4月にオーナーのナタリア・オウテダさんが来日し、アルゼンチン大使館イベントや共催の光栄に預かったCabaret LPTでの女神降臨ぶりが記憶に新しい中での新作なので、楽しみにしていた方も多いと思います。今日は、ナタリアさんがキャバレーでご紹介する予定だった、アルゼンチンの風景とともに、ドルミール・アルソルのご紹介をしたいと思います。
ドルミール・アルソルは、ナタリアさんのディレクションによりエル・スールコレクション以来フラッサイ作品の半数を手がけるバディ調香師、イリナ・ブルラコヴァが前作ヴィクトリア(2022)と同じタイミングで手がけた作品で、2年待っての発売となりました。ピーチ・チュベローズ・ウードという主張の強い香料同士が三位一体となった、華やかな表情のヴィクトリアとは表裏・対をなす作品で、実在の人物が題材だった明解な前作とは違い、もっと抽象的な「感覚のリセット」がテーマです。冒頭の詩の通り、例えて言うならヨガやマインドフルネスのレッスンのように、身を任せるように時を止め、自分を解放し、想像の翼をひろげていくために作られた、非常に内的なアプローチの香りです。
ドルミール・アルソルという香水名は、アルゼンチンの作家、アドルフォ・ビオイ=カサーレスの同名小説「日向で眠れ(原題:Dormir Al Sol」の、タイトルが持つ語感と言葉の意味にインスパイアされたそうですが、小説の内容とは一切関係がないとのことです。
ドルミール・アルソルの主軸はミモザ。ヨーロッパにとってミモザは太陽を意味します。黄金色の花が一斉に咲き誇る2月の終わり、春の訪れを告げる「黄金と太陽の花」として、大木となるミモザの木陰ではふんわりと甘い香りが漂い、皆がもはや辛い冬ではない、ここから日に日に「命の源である太陽と過ごす時間」が増してゆく幸せをかみしめる象徴です。一方、日本で太陽といえば、天照大神。神の住まう高天原の主たる女神で、皇室ひいては日本人の始祖神として、伊勢神宮を始め国内の名だたる神社に祭られている最高神ですが、とにかくパワフルで割と拗らせ系の女神様であるのは、天岩戸の神話でもお馴染みです(ていうかギリシャ神話といい日本神話といい、神様といっても秩序としての神ではなく、まずい奴多すぎ)。現在の日本では、太陽は時に「お赦しください‼︎」と叫びたくなる存在で、特にこれからの時期、日向で眠ることは非常に危険なので、そこは感覚をリセットして、心地よいミモザの季節、早春の陽光に包まれるイメージを持てば、この香りの目指す温度と光量に近づけると思います。
香りとしては、マットなパウダリー感のあるウッディスパイシーフローラルで、第一印象は「大きな花瓶に投げ込んだ、手折った木枝と花の束、或いは窓の外に無数の花が咲き誇っているような部屋のどこか」。窓を開け放ち、風が流れてくる中うたた寝をして、自分が息をしているのかもわからない程、意識が花に埋もれていくような、覚醒から眠りに落ちる狭間の意識を覆う感覚、とでも言いましょうか。
鼻腔をくすぐるようなライムやマンダリンの爽やかさが立ち上がり、ほどなくミモザの花粉っぽくマットなパウダリー感に枝葉のグリーンが絡み合い、渋みのあるサフランとフォレストペッパー・ジャングルエッセンスがスパイシーなアクセントになっています。ドルミール・アルソルを朝全身につけ、日中を過ごしていると、樹に咲く花特有のリアルな青々しさをふわりと感じます。この空気が、ナルシスやヒヤシンス、チュベローズのように気を引く球根系の花とは意識への被さり方が違います。
フラッサイの中ではフローラル要素の強い香りですが、決して軽い香りではなく、いぶし銀のような渋い表情が見え隠れする上、主役を引き立てるガイヤックウッド、ベチバー、パチュリが、主役のミモザを深く引き立てる重い影の役割を演じていて、光だけでは光にあらずという匙加減がフラッサイらしいと思います。
ちなみにフォレストペッパーは胡椒の仲間ではなく、日本の山椒や中国の花椒と同じミカン科の仲間。そしてジャングルエッセンスは素材の香りそのものを再現するマン社の特許技術で、スパイスや果物などの食用植物だと、まるで口に入れて鼻から抜けるようなリアリティのある香料で、実際に食用としても使える革新的な抽出香料です。ブランデーのジャングルエッセンスも用いられていますが、体感的にリキュール度は低めで、近年流行のフーディ路線には転んでいません。さらにトップからラストに至るまで甘み成分がないので、甘さを感じるとしたら、自分の肌の甘さが引き出されているのかも知れません。人間は自分の体臭もしくはそれに似た血縁の体臭が一番寛げると聞いたことがあるので、ベースにバニラやムスクなどを持ってこずに肌の甘さを引き立てるのは、感覚のリセットを目指す香りとしては策士だと思います。また拡散が非常に控えめで細く長く持続するのも特色で、私とジェントルマンが2人でドルミール・アルソルをつけて1日過ごした時、自分では2人ともしっかりとスパイシーでパウダリーなフローラルウッディを楽しんでいるのに、互いが互いの香りを感じなかったという驚きの拡散力の低さは、まさに自分のために香る、内なる心を整えるためのパーソナルフレグランスだと思います。
日本で初めてお会いしたナタリアさんの話を少し。数日間一緒に過ごした印象は「好奇心旺盛で明るく自由な女の子と、刻々と奮闘する女戦士が同居している方」でした。
オウテダ家の三女としてブエノスアイレスに生まれたナタリアさんは13才の時、家族でニューヨークに移住したそうで、移住当時は英語が一言もわからず、中学への転入試験は英語がわからなくても答えられる数学を受け、アルゼンチンで成績優秀だったことから飛び級で転入できた程、子供の頃から才気活発な女の子だったそう。飾り気がなく親しみやすい印象の一方で頭の回転が非常に早く、的確な英語が浮かばない私が言葉に詰まる中、予測変換で察してくれて、途切れることなく色々な話をしてくれました。柔和な笑顔で割と激辛、香水業界で遭遇した噴飯話、アルゼンチン・アメリカ・イタリアと3拠点を事実上ワンオペで運営する苦労話、投資ファンドから買収の話があっても、自分のブランドでなくなるのは嫌だから全て断っている話、辛い思いをしている友達の話、そしてこれからの夢と希望を、秩父の街を歩きながら、夕陽に向かって叫んでいたナタリアさんー
特に、ナタリアさんの言葉の力、特に詩の力は物凄いものがあり、これ以上ないシンプルな単語で、縦横無尽な奥行きを言葉で表現できる人で、この言葉の力が、彼女のつくる香りの原動力になっているんだとわかりました。フラッサイ公式サイトの商品説明の幾つかは、フラッサイの世界観をみごとに表現する詩になっていて、キャバレーでも披露してくれましたが、香りと情景が溢れ出る言葉は「女性監督が撮る短編映画を見ているようだった(ハン1談)」と参加者を魅了していました。
ドルミール・アルソルをまとう時、冒頭の詩を反復しながら、心地よい陽光の下でまどろみ、意識を手放し香りとひとつになってください。
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