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MDCI #3 | mid 2010s

後編は、MDCIで一番多く作品を手掛ける事になる調香師が登場します。
はい、セシル・ザロキアンさんです。LPTでは、ピュアディスタンスのシェイドゥナとルビコナを作った人として有名ですが、当時まだ新進気鋭枠にいたセシルさん、この方も学生時代に、共作ですがアムアージュのエピック・ウーマンでデビューして話題になりました。今まだ30代後半かな?若くしてオリエンタルの女王の異名をとる程、オリエンタル系に強い方でラボラトリオ・オルファディヴォのカシノワールとか、とても良いオリエンタルをあちこちのブランドで出しています。基本のオリエンタル系って、例えばシャリマーですが、トップはきれいなベルガモットでシトラスのバーストですよね?セシルさんはこのシトラス遣いもとても上手で、この匙加減がのちのMDCI作品にも活きてきます。

セシル・ザロキアン。ニシャネのアニやナンシェ、近作ではイレクティマスなどで日本でも知名度右肩上がりでファンも多い
13. Nuit Andalouse | Cécile Zarokian (2013)

それでは、ムエット13番と14番をお願いします。
まずは先ほどご紹介したキュイール・ガラマンテと同時発売だったムエット13番、ニュイ・アンダルースです。初セシルはオリエンタル系ではなく、ガーデニアです。
テーマは「アンダルシアの夜」。スペインのアンダルシア地方といえば、かつてイスラム教の支配下にあり、中世のレコンキスタでキリスト教を取り戻した後もアラベスク文化が色濃く残る地域です。建物のタイルとか綺麗ですよね!その「夜」なので、なんともしっとり、エキゾチック…でゴリゴリのオリエンタルになるかと思いきや、やっぱりここでもピーチシプレが主軸でトロピカル感があって、日本の和クチナシとは全くの別物です。なんか、日本のクチナシってヨーロッパだと育たないって聞いたので、普通調香師さんが作るガーデニアって、どうしてもチュベローズ寄りのトロピカルむんむん系になっちゃいますよね。伝統的な中東の香りで、オレンジとサンダルウッドを合わせたアル=アンダルースも引き立て役に入っています。

ニュイ・アンダルース EDP 75ml シンプルプレゼンテーション
14. Cio Cio San | Cécile Zarokian (2015)

ここで新作発表が2年空いて、次はムエット14番、2015年に登場したチョウチョウサンです。題材は、説明不要なプッチーニの蝶々夫人です。海外公演だと、蝶々さんの衣装の解釈がフリーダムでビックリですが、それよりも題材が、身を持ち崩してアメリカ軍人の現地妻になったサムライの娘が、何年もひたむきな愛で待ち続けて、戻ってきた時にはアメリカ人の妻と一緒、一粒種を託し自決という、白人至上主義の耐え忍ぶアジア現地妻もので、確かに明治半ば、赴任した軍人の現地妻になった日本人女性がいたそうですけど、その方たちが蝶々夫人について「こっちは仕事でやってんだ、外人帰ったらそれまでだろ、日本女をなめんなよ」的に啖呵切ってるのを読んだことがあるし、プッチーニ自体も日本に来たことがあるわけでなく、イタリアの日本大使夫人に根掘り葉掘り聞いて元ネタの戯曲に妄想特急で曲を付けたので、若干曲調に中華も混入しています。この辺は、セシル作のチョウチョウサンも同じで、キーノートがゆず、まあこれは日本っぽいけど、ライチとウーロン茶。舞台が長崎なので、バテレンも志那人もいただろうけどね…。

ちなみに、①プッチーニ、②クロードさん、③セシルさんのうち、日本に来たことがあるのはセシルさんだけです。セシルさん優勝。箱根に家族旅行したそうです。この酸味勝ちでキラッキラのフルーティフローラルはMDCI作でも唯一無二で、日本ではお茶系香水としても大人気ですね。クロードさんもとても気に入っていて「自分ではつけないけど、大好きだよ!」だそうです。つけないんだね(笑)
このシトラス遣いのうまさは、のちのジャックファットのグリーンウォーター復刻でも活きていて、復刻の徹底指導を行ったのが先ほどパトリシア・ド・ニコライをクロードさんに紹介したジャン・ケルレオ師なので、世界狭すぎですよね。

チョウチョウサン EDP 75ml シンプルプレゼンテーション
15. Les Indes Galantes | Cécile Zarokian (2015), 
16. Fêtes Persanes | Cécile Zarokian (2016)

続けてセシル作品をどんどん行きます。ムエット15番と16番をお願いします。どちらも、18世紀に描かれたオペラ=バレの代表作「優雅なインドの国々」という4部作の恋愛ものを題材にしています。超人気作だそうで、インドといっても、現在のインドではなく、18世紀当時のフランス人になじみのない、ヨーロッパ以外の諸国全般を指すようで、日本人が日本人以外を「外人」というのと同じざっくり感です。当時は乗り物は船と馬車程度で、大航海時代がやっと終わった時代ですから、ほとんどの人が自分の国から出た事ないわけで、ごく一部の冒険家が見てきた「トルコ人は狂暴で、アメリカ人は野蛮人」みたいな情報しかないので、そんな未知の人々も恋愛するんだ~、で「すごインド」「超インド」でバカ受けなのもわかります。

ムエット15番のレザントギャラントは「優雅なインドの国々」全体を、ムエット16番のフェット・ペルサンヌは優雅なインドの国々第3部「花々、ペルシャの祭り」をテーマにしています。このふたつは、題材が同じだけに、実質姉妹みたいなもので、香りもよく似ていますが、同じメーカーのカレーで、15番のレザントギャラントの方が甘口、16番のフェット・ペルサンヌが辛口、という感じです。レザントギャラントはバニラメガ盛り、クローブ。シナモン、オレンジ、もうクリスマスかよ!というぐらい、ヨーロッパ人的には美味しい香料過積載。クローブやシナモンはお香の香料としても多用されて、ちょっとお線香で松栄堂の堀川にも雰囲気が似ていて、和の雰囲気もあったりします。会社につけていっても結構褒められた香りで、インドは意外に遠い国ではなかったです。そのレザント・ギャラントのバニラを引っ込めて、骨太なウッディに置き換えて、カルダモンやブラックペッパーみたいな辛味スパイスを激盛りしたらフェット・ペルサンヌになるという感じです。きっと、セシルさんのサンプルで、2個捨てがたくて、どっちも商品化したんでしょうね!

17. La Barbier de Tanger | Anne-Sophie Behaghel (2016)

はい、それでは最後、17番ムエットをお願いします。
ラ・バルビエ・ド・タンジェはフェット・ペルサンヌと同じ2016年に発売されました。クロードさんはエジプト生まれで、お父様が1948年から56年まで、エジプトに住むフランス人子女のためのリセで先生をしていて、赴任中、沢山エキゾチックなものを収集してフランスに持ち帰ったそうです。エジプトで過ごした子供時代の思い出が色濃く残っているクロードさん、三つ子の魂百までの好事例ですね。MDCI作品でも2013年から16年の間にエキゾチックものが続いていますね。ちなみに、クロードさんのMDCI以外で好きな香りは、お母さまが愛用していた夜間飛行だそうです。素敵ですね!レディスのシプレ好きはそこにもルーツがあるのかもしれません。

このタンジェは、地図で言うとこんな感じで、エジプトからそう遠くないモロッコの街で、ポルトガルと海を挟んだお向かいに位置し、歴史的にもヨーロッパとムスリムの間で取った取られたを繰り返した地域なので、ヨーロッパとアラブの文化が相当混じりあっています。バルビエドタンジェは「タンジェの床屋」という意味で、クロードさんの個人的な、子供時代の思い出を瓶に詰めたのだそうです。

この作品で、新しい調香師の登場です。先日サロパで初来日して話題になった女性調香チーム、フレアの名前の難しいほう、阿佐ヶ谷姉妹だったらお姉さんのほう(雰囲気)のアンヌ=ソフィー・ベアゲルが手掛けています。ちなみに名前の簡単な方はアメリ・ブルジョワさんです。フレアはここ7-8年の日本に仕掛けて流行っているニッチブランドを多く手掛けているので、二人の名前は割とよく耳にしていると思います。

左)アンヌ=ソフィー・ベアゲル。右)調香チーム、フレア。右はアメリ・ブルジョワ、体感的に6:4でアメリさんの方が名前を多く目にする気がする

MDCIのメンズは男らしいフジェール系が豊富ですが、これはMDCI史上最強のジオッサン系で、激しいアロマティック・フジェールです。床屋系といえば、ペンハリガンのハマンブーケやキャロンのプールアンノムが有名ですが、そのふたつは同じ床屋でもラストが甘々パウダリーで「ああいい風呂入った系」の寛ぎがありますが、バルビエドタンジェは寛ぎ感ゼロ。がっつり深剃りして、バキバキに仕上がった昔のおっさんという感じで、アンブルトプカピを手掛けたピエール・ブルどんが30年前に作ったクールウォーターを彷彿するギラギラ感があります。よっっぽどカッコイイ人じゃないと、変に時代遅れ感が出そう。
agent LPTの個人輸入代行サービスでもフルボトルが一度も売れた事がないので、海外での評価が気になるところです。

ラ・バルビエ・ド・タンジェ EDP 75ml シンプルプレゼンテーション

タンジェの床屋で、MDCIはこれまでのシリーズを終了し、3年後の2019年、新シリーズのペインターズ&パフューマーズで戻ってきます。

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