前作レレガン(2021)から約1年半ぶりに、MDCIとしては24作目、2019年からスタートしたペインターズ&パフューマーズシリーズとしては7作目にあたる新作、ラ・ラヴィサントが昨秋発売されました。待望のレディス新作でもあり、LPTとしてもいち早くご紹介したかったのですが、入手が出遅れ(2022.12月)、さっそく試香を開始してはいたのですが、2月上旬まではピュアディスタンス関係で身動きが取れなかったため、だいぶお待たせしてしまいました。
お詫びと言ってはなんですが、今回はMDCIオーナー、クロード・マーシャルさんに、ペインターズ&パフューマーズシリーズの「肖像画」について、お話を伺ってきました!なぜこの絵がテーマに?の基本的な疑問から、クロードさんの絵画における指向性が良くわかる、貴重なインタビューです。
ー前回、レレガンのレビュー時に、パフューマー(調香師)と作品コンセプトについて伺ったところ、あまりにあっさりした回答だったので、今回はペインター(画家)と肖像画についてお伺いします。ペインターズ&パフューマーズシリーズに登場する肖像画は、18世紀半ばから19世紀初頭に勃興した、フランス新古典主義の巨匠による傑作が多いですが、これはクロードさんご自身が新古典主義に傾倒されていらっしゃるからなのですか?
クロード いや、自分が好きな18世紀から19世紀の絵画というよりは、いかに希少性の高い、レアな絵画であるかに念頭を置いて選んでいるんだ。例えば、ルーブル美術館に行くだろ?あそこが収蔵している99%の絵画は「アウト」なんだよ。
ーええっ、日本でも有名な芸術の至宝・ルーブル美術館で、ほぼほぼアウトなんですか⁈
クロード ほとんどが大なり小なり宗教画でねえ。幾つか凄く美しい肖像画はあるにはあるんだけど、コンセプトに合うかというとそうでもないんだ。例えば私は早熟な天才画家、フランス・ハルス(フェルメールを筆頭とする17世紀オランダ黄金時代の画家)が大好きで、彼は多くのオランダの歴史的人物を卓越した画力で生き生きと描いているけれど、ちょっとロマンティックとか詩的な感じじゃないんだよね。
ー確かに。ハルスの肖像画は、いい意味で生命感に溢れていますが、ニヤニヤしたおやじとかブサいおばちゃんが多いですもんね、流石にそれはMDCIのイメージではないような…クロードさんご自身が好きなだけじゃ、うまいだけじゃ、ダメなんですね…
クロード もうひとつ例を挙げると、ディエゴ・ベラスケス(バロック期に活躍した、17世紀スペインを代表する巨匠)が描いた「ファン・デ・パレーハの肖像(1650年頃。ベラスケスと師弟関係にあったムーア人奴隷を描いた)」だ。美しくてパワフルな肖像画だから、力強いウードレザーの香りにもってこいなヴィジュアルに思えなくもないけど、キャラクターがねえ、なんかクリーンじゃないんだよね…
ーき、厳しい!確かに格好はバロックですけど、首から上はソウルトレインですよね。
クロード その中で、フランソワ・ブーシェ(18世紀に活躍したロココ時代を代表するフランス画家)の「ポンパドール夫人の肖像(1756)」は、素晴らしくバロックで完璧なロココ感に溢れているんだ。それが、いかに大衆受けしなくてもだ。
ーえっ、ロココって大衆ウケしない?ポンパドール夫人って、日本じゃパン屋の名前にまでなってる有名人ですよ?
クロード そんなわけで、絵そのものの美しさ、絵のテーマ、そして肖像画のモデル自身のパーソナリティに重きを置いて選んでいるんだ。ロムオーガンツがいい例だよ。18ー19世紀に描かれた英国男性の肖像画には、大いにインスピレーションを掻き立てられるものが幾つかあるけど、最優先に作品化したいというほどでもないね。あと印象派ーモネの素敵な風景画とか、そういうのね。その辺りもインスピレーションのもとにはなり得るんだけど、大体チョコレートの缶とか大衆向け食品パッケージに使われちゃってるんだよね。
ー(笑)クロードさん、やっぱり厳しい!でもそれだけの厳しい眼で選び抜いた肖像画が、マスター・パフューマーの手で香りに昇華しているわけですから、ペインターズ&パフューマーズシリーズを含め、MDCI作品が美しくないわけがないですね。貴重なお話をありがとうございました。
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今回ご紹介するラ・ラヴィサントは、フランスの文学・政治サロンの花形女性を、18−19世紀に活躍したフランス新古典主義の画家、フランソワ・ジェラール(1770−1837)が描いた「レカミエ夫人の肖像(1805)」をテーマに、レレガンを手がけたイレーネ・ファルマチーディも所属する香料会社・テクニコフローの大御所、ベルトラン・ドシュフュールに依頼した作品です。ド氏はMDCIで他にシプレ・パラタンとラ・ベル・エレーヌを手掛けており、シプレ・パラタンはMDCIのオールタイムベストセラーでもあります。
画家:ラ・ラヴィサントの題材となった肖像画を描いたフランソワ・ジェラール(1770−1837)は、レレガンやレメーの絵を描いたダヴィッドの弟子で、師弟ともどもレカミエ夫人のプライムタイムな肖像画を残しています。ジェラール自身は、師匠や他のペインターズシリーズに登場する画家と違い、生まれた時から裕福で、若い時からガンガン成功してシュバリエ勲章をもらい、自分も沢山後続の画家を育てた、人生言う事なし、偉すぎて特記事項なしみたいな生涯なので割愛します。
肝心の香りとしては、まさにMDCIの女性ものと言ったらこのトーン!と膝を叩いて踊り出しそうなくらい、明るくて瑞々しいフルーティフローラルで、立ち上がりの瞬間、鼻腔に炸裂するパッションフルーツやグアバっぽいトロピカルフルーツ風の美味しさは、日本人にとって秋の味覚・和梨のシャキッとした硬めの果実感にスターフルーツ、キャビアレモン*にザクロの重ね技で、お口の中が涎でいっぱいになりながら、徐々に金木犀やインドール控えめでジューシィなジャスミンの軽やか要素と、ハニーサックルやマシュマロ、バニラといったまったり甘口成分を、主役を張ると恐怖の90年代香になるオゾンノートが絶妙な匙加減の乳化剤となって軽やかに重ねあい、ベースのサンダルウッドとムスクで「辛抱たまらん白い柔肌」へと落ち着いていきます。サロンで珍しい東方南方の果物を囲みながら、露出気味なギリシャ風のドレス、ヘマティオンから覗くしっとりとした白い肌、きっと声は甘く、そして千夜一夜物語のように飽きない言葉をつむぎ、決して誰かの胸に落ちることはない、手に入らない柔らかな微笑みを、ド氏は完璧に香りで描き切っています。近似値としては、故ジャンパトゥのシラデザンド(2006)で、ラヴィサントも確かに2000年代のフルーティフローラルの系譜に連なる香りですが、シラデザンドからバナナのコックリとした甘さを差し引き、ジャスミンとオスマンサスにオゾンノートを重ね、薄くはないのに重くない、羽二重的な軽やかさを出しているのが2020年代の作品と言えましょう。
ド氏といえば多産家で有名ですが、個人的な感想としては、彼の作品にはどこか香料がだんだら模様に顔を出したり、渾然一体とハーモナイズしない「混ぜるな危険」感が漂い、ミドルからラストにかけて甘さがだれて崩れる作品も多く、苦手意識が拭えない作り手のひとりですが、不思議とMDCIで手がけた作品はまとまりがよく、ラ・ラヴィサントも徹頭徹尾破綻した部分がまるでない、そこが、冒頭のクロードさんのインタビューの通り、求める美の照準がものすごく狭い「クロード・マーシャル」という標的のど真ん中を射当てるほどの希少な絵画を、香りに昇華しています。なんだド氏、やればできるじゃん!やっぱり調香の変な手癖も、クリエイターの指示でどうにでも引っ込むんだなあ!と感服しました。特に立ち上がりの和梨の香りがシャキシャキと、ミドルの金木犀とともにニッポンの秋炸裂で、日本人には堪らないと思います。朝つけると、ジューシィなフルーティ感を保ちながら、クリーミィかつ軽やか、それでいて奥行きもあり、温かくぽんわりとした心地よい雲に包まれているような体感が夜まで続き、MDCIの中でも明瞭で親しみやすい作品です。とても女性的でキュートな香りなので、男性の日常使いには少々不向きかもしれませんが、屈強な殿方が1日の終わり、床に入る前、レカミエ夫人に添い寝していただくのも乙な使い方といえますね。
*キュウリ様の果皮中にキャビアみたいな粒々が入っている、オーストラリア原産の柑橘類。