La Parfumerie Tanu

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Return of Enlèvement au Sérail (2006/2023)

本年創業20周年を迎えるメゾンフレグランス界の重鎮、パルファムMDCI。2003年より24作を順調に輩出してきましたが、1作だけ廃番になっていたアンレヴマン・オ・セライ(2006)が、本年約8年ぶりに復刻しました。

アンレヴマン・オ・セライ EDP 75ml シンプルプレゼンテーション版。ボトルはこの他にシルクロードボトル100ml、フルプレゼンテーションボトル75mlがある。中身は同じ

アンレヴマン・オ・セライの復刻は、オーナーのクロード・マーシャルさんだけでなく、処方した調香師フランシス・クルジャンの悲願でもあったそうで、2014年のIFRA規制改定で使用できなくなった香料に代わるものをクルジャン自身が何年もかけて探し、漸く2023年初頭に再処方が確定。クロードさんの喜びようは「何といっても今年一番の大ニュースはアンレヴマン・オ・セライ(ES)の復刻だよ。フランシスは寸分たがわず、完璧に再処方できたんだからね。彼は何年もかかって、超高品質の香料を遂に手に入れることが出来て、かのルカ・トゥリンが5つ星をつけたESと同じクオリティに到達したんだからね…」と、別件でメールしたのに、お返事の後半は復刻の話ばかりで、いかに積年の思いを晴らせたか、喜びが伝わってきました。

クルジャンと言えば、今やディオールの専属調香師にまで昇りつめ、21世紀に最も成功した調香師の一人ですが、なぜ20年近く前に手掛けたMDCI作品の復刻に、そこまで執念を燃やしてきたのか。現在54歳の彼は、1994年に25歳で調香師デビューし、早くも翌1995年にはゴルチェのル・マルが大ヒット、その後もエリザベス・アーデンのグリーンティー(1999)など、メインストリームのメガヒットを牽引して来た方で、自身のブランドで現在はLVMH傘下のメゾン・フランシス・クルジャン(MFK)を2009年に立ち上げるまで高砂香料の社員だったわけで、当時まだメゾンフレグランスというカテゴリーが確立していなかった時代、自分が本当に作りたい作品を、採算度外視で自由に作らせてもらえたのは、パルファムMDCIで2006年に手掛けた通称「クルジャン3部作」が初めてだったからではないかと憶します(同年、ジュリエット・ハズ・ア・ガンで2作手がけているが、作品のクオリティ的に論外のため対象外)。

クルジャン3部作後も、そしてMFKローンチ後も、クルジャンのキャリアは現在に至るまで、ほぼほぼ予算と納期の厳しいメインストリームが中心なのを見ると、キャリア前半で何の制限もなく、自由闊達にパレットと遊び、ディレクターの期待に応える事の出来た作品が、IFRAの都合で処方変更を余儀なくされ「香りが変わってしまうなら、作り続ける意味はない」とブランドの硬い意志でバッサリ廃番になったアンレヴマン・オ・セライを、何としても蘇らせたい本気度は、4月に届いた新生ESのボトルからひと吹きで伝わってきました。

リニューアル版は、かなりのスタミナとクラシック感がありありと躍る、フルボディのフルーティシプレで、改めて香ると、ミツコ(1919)、クセジュ(1925)、ファム(1944)と、明らかに戦前フルーティシプレ名香の系譜につながり、70年代後半から80年代前半に登場した、イザティス(1984)、ラニュイ(1985)など、女体感溢れるミステリアスなフローラルウッディシプレにも支流を持つ、一服の絵巻物のように100年の歴史を感じます。荒々しくぎゅっと握り潰したベルガモットのバーストで始まり、ムラムラなイランイランに濃密なジャスミンやチュベローズがジューシーなマンダリンに絡まりながら、熟れ切ったピーチのように展開していきます。肌表面に少し乾いた渋みを感じたり、その奥にキュートなローズブーケが顔を出したり、単なるクラシックなピーチシプレに終わらない喧噪もあり、布でいったら光を受けて美しくドレープが輝く、とても滑らかでずっしり重いベルベットを彷彿します。21世紀の香りですので、往年のクラシック香水のように序破急ははっきりとつきませんが、1日の終わりにシャワーを浴びると、いきなりチュベローズのリフレインノートがどっと香り、エンドロール後のドッキリ映像みたいなおまけ付で、最後まで楽しい「後宮からの逃走」になっています。

オリジナル版と比較して、唯一の違いは、そこはかとなくおならの香りがしない事。あれえ、お腹の具合が良くなったのかな?あの肌表面にびっしりいたインドール香ふくよかな「おならジャスミン」が、IFRAに引っかかって今回新香料に入れ替わったたのか、それとも私の経験値が上がって、もはやジャスミンの美しさとおなら香は身土不二状態に楽しめているのか…試しに、下記レビューを書いた9年後の2020年に入手したオリジナル版(11mlミニボトル)とリニューアル版を左右につけ比べてみましたが、体感は正直「ほぼ同じ」。リニューアル版の方が、新鮮な分持続も長く、香りの表情も若干明快ですが、これほどの僅差なら、普通のブランドだったらリニューアルとは言わないと思います。

 創業20年にして、一人も欠ける事なく24名のメンツが揃ったMDCI。集合写真の上に丸枠で肖像画が入らずにすんで、よかったねアンレヴマン・オ・セライ!今年一番のおめでたい話になって、私も嬉しいです。

 

Parfum MDCI 公式サイト 

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