今年に入り、堰を切ったように海外香水ブランドのオーナーやクリエイターの来日が相次いでいます。梅雨時期から夏の高温多湿をキチンと説明した上での来日スケジュールなのか、来ていただいたこちらが恐縮する程のうだるような極暑にも負けず、梅雨明け間近、最高気温37℃の東京で、本年創業20周年となるニューヨークのブランド、ウルリッヒ・ラングの来日イベントにハン1さんと参加してきました。
普段、香水にもイベントにもほとんど興味を示さないハン1さんが自ら前のめりで抽選に応募、2枠とも当選という火の玉のような勢いかつイベント開始15分前入場で最前列のど真ん中、しかも私の隣は偶然一緒になったLPT読者というかぶりつき。イベント後、ウルリッヒ・ラング製品購入者のみ、ウルリッヒさんと写真撮影・ボトルにサインOKとの事で、ツーショット以外は店内および会場の風景は一切撮影していません(イベント前、新丸ビルから東京駅を望むハン1)。
会場となったNose Shop丸の内店には、おそらく30人近くの参加者がすし詰めで、この辺りにもコロナ明けの実感が伴いました。
イベントでは、司会者の質問にウルリッヒさんが通訳を介し答え、質問と合間にムエットが配布され作品の解説が入るベーシックなインタビュー形式で、幾つかの印象的なQ&Aとしては
-自身のブランドについてどう思うか。
ウルリッヒ 2002年に起業し、2003年に初めての作品、アンヴェールを発売して今年で20年になります。当時は、今では大メジャーとなったフレデリック・マルなどが出てきていた程度で、この20年でニッチという流れが正当な道のりで確立し、ウルリッヒ・ラングも成長しましたが、現在もインディペンデントであり、コンセプトから香りの制作、パッケージデザインまで一気通貫して行っていて、これからもこのスタンスで行こうと思っています。
-ウルリッヒ・ラングのボトルデザインには、どういう思いが込められているか。
ウルリッヒ このデザインを20年間使い続けていますが、まず香水というものは毎日使うものだから、女性の手にも男性の手にもしっくり馴染む、サイズや持ち心地ということと、スプレーのしやすさ、そしてミニマムなデザインが気に入っています。
-ウルリッヒ・ラングのメインコンセプトである、フォトグラフィーと香りの融合について、香りが先か、写真が先か、どのように制作しているのか。
ウルリッヒ 作品によってさまざまで、写真が先で調香師と香りづくりを行なったり、欲しい香りを作り、そのイメージを写真で可視化したり、プロセスが逆になります。例えばナイトスケープは、まず写真が気に入って、まったく違う角度からニューヨークを捉えている写真だと思って、その上で調香師にニューヨークの夜を実際に歩いてもらい、香りのイメージを掴んでもらいました。
-日本で一番人気のある、17ナンダン・ロードについて。
ウルリッヒ ある年の9月、制作スタッフと初めて上海に行きました。その時期の上海は、街中キンモクセイの香りで満ち溢れていて、私の生まれたドイツや暮らしているニューヨークにはキンモクセイは咲いていないから、その素敵な香りにすごく驚きました。それで、なんとかこのキンモクセイを香りに閉じ込めたい!!と思ったんです。あの上海のフルーティで、アプリコット様の香りそのままを香りにできたと自負しています。17ナンダン・ロードが完成した時、同行したスタッフが皆「上海の香りだ!」と感激した位です。写真については、もともと詩人として知っていた中国人作家、ソン・ユアンに依頼しました。思いっきりブレて流れているキンモクセイの葉と花で、香りのグリーン要素と香りの印象がよく捉えられていると思ったので、この写真を採用しました。
-他の香りについては。
ウルリッヒ アプスーは、ウルリッヒ・ラングのマイルストーンだと自信をもっています。グリーン系香水の進化形、非常にみずみずしい香りで、今の日本のような気候にもピッタリだと思います。20年間で7作制作し、そして今回サンクレストを作りましたが、最初の4作にはない、植物的なアプローチをアプスーで初めて取り入れる事が出来ました。アプスー前の4作と、アプスー後の作ではフェーズが異なっているといっても良いでしょう。2021年の作品、リーティーは、コロナ禍の最中で人と人との触れ合いが遮断された時期だったので、ギリシャ神話の忘却の河と呼ばれ、その水を飲むと何もかも忘れるというリーティーをテーマに、今起きている事をこの香りで何もかも忘れ、人肌を思い出すような心地よさのイメージで、二人の重なり合う肌を写真に選びました。
-最新作、サンクレストについて紹介してください。
ウルリッヒ ムエットを受け取った皆さんの顔が、どなたも笑顔でいっぱいだったので、すごく嬉しかったです(笑)サンクレストは、カリフォルニアで栽培されている桃の品種で、非常に大型でジューシーな品種なんですが、この桃を香りにしたいと思いました。また、私自身の好きな香り、ブラックカラントとレモンを足して、他作品との共通項も持ち合わせています。花が多数登場する日本の花札にもインスパイアされたのと、サンクレストの写真は日系フォトグラファーのウィル・マツモトに依頼したところ、やはり花札を思わせる赤が印象的な写真を撮ってくれて、サンクレストのヴィジュアルに採用しました。香りも桃の果実感、再現性に溢れていて、ウルリッヒ・ラングとしては初のフルーティ系になります。まだ発売されたばかりで、日本ではイベント先行発売となる出来立てほやほやの香りで、どう評価されるか未知数ですが、アプスーと同じくブランドのマイルストーンに育ってほしいと願っています。
-アンヴェール、アンヴェール2のモデルである、ロジャー・シュムレヴィッチについて教えてください。
ウルリッヒ 彼は調香師ではなく、若いのによくここまで素晴らしい作品を所蔵していると感服する程の審美眼を持ったベルギーのギャラリーオーナーです。ブランド初の作品、アンヴェールを制作する際、メンズ作品を作りたかったのですが、いかにもアメリカっぽい、マッチョな感じではなく、知的で繊細な青年像みたいな写真が欲しかったのですが、ロジャーが最適だと思いました。2作目、アンヴェール2でもロジャーが登場しますが、引きで撮ってウッディな雰囲気を重ねた写真を、ケイティ・グラナンに依頼しました。彼女はこんな静的な写真を撮る一方で、ジャスティン・ビーバーも撮っているんですよ(笑)処女作、2作目と連投で、これぞ「ウルリッヒ・ラング・メン」という感じですよね。
-これからのウルリッヒ・ラングについて。
ウルリッヒ 世界では、新しい技術が様々な分野で登場してきていて、シンプルで、ミニマルでユニークなものを手掛ける中にも、常に新しい技術を取り入れていきたいと思っています。
イベントの最後、質疑応答があり、せっかくなので一言ウルリッヒさんにお伝えしました。
LPT 質問ではないのですが、17ナンダン・ロードは上海のキンモクセイがテーマですが、キンモクセイといえば、確かに中国原産ではありますが、日本のキンモクセイも物凄く香りがよいので、是非また日本に来て、体感してください。
ウルリッヒ それはありがとう!その国の花の香りってありますよね、例えば私はドイツ出身ですが、ドイツで花の香りと言ったらリンデンで、街の香りだな~って思います。
LPT きっと中国のキンモクセイより、いい香りだと思います。あと、必ず9月下旬に来てください、時期がありますんで。
ウルリッヒ わかりました!!
Suncrest (2023) EDP
これまでEDT濃度で統一だったウルリッヒ・ラング作品としては、初のEDP濃度の作品となる最新作、サンクレスト。上記イベントで、すでにウルリッヒ・ラングさんご自身が語っているように、第一印象は「まったき桃、以上」。桃系香水は、ここ10年のフルーティ系香水の中でも突出して人気のテーマですが、前作のリーティーがどちらかというとアブストラクトな肌の香りだったので、流行ど真ん中のピーチ物、しかもどストライクなピーチを出してくるとは思いませんでした。肌乗せした部分が可食部と勘違いする程、しっかり歯ごたえを感じる黄桃(サンクレスト種は黄桃です)に、多少のカシス感が重なり、レモンで酸味を増幅させて、ジャスミンやスズランは全くのわき役。ベースは、フィルメニッヒの最先端技術でサトウキビの搾りかすから生まれたバイオテクノロジー香料で、サンダルウッド様の香りを演出するドリームウッド™にシダーウッド、アンブロキサンとの事ですが、こちらも木っ端、桃尻にどーんと座られ一歩も動けず、といった風情で体感せず。肝心の花札ですが、個人的にはパッケージは花札のイメージをよく掴んでいると思いますが(真っ赤なサンゴの奥に夜の富士山みたいのが映っている)、香りのイメージとしては、これなのか?感が強く、まあシンプルに桃好きな人はまず試してください、全身可食部に感じると思います。この桃感が、結構長く続くので、何個も何個も食べている錯覚に陥ります。つけた翌日の朝、肌の上からサンクレストはきれいさっぱり消えていて、果物だけに消化も良かったです。
2023.7.17追記)Ulrich Lang氏のカナ表記について:ドイツ語で、Langのgは語尾に母音が続かない場合、消音するので、本来は「ウルリッヒ・ラン」と表記するのが正しい事を失念し、日本における一般的なLangのカナ表記(映画監督のフリッツ・ラング、女優のジェシカ・ラングなど)に合わせて、この記事ではラングとしました。