北フランス、ディナールを拠点とするメゾンフレグランスの長老ブランド、ディヴィーヌから、トータルの新作メンズのロム・アカンプリ(2016)から5年ぶり、レディスとしてはスピリチュエル(2014)に続き実に7年ぶりの新作が届きました。と言っても、その間にブランドの代表作、ディヴィーヌ(1986)については、30周年にあたる2016年にはポワールのついた限定ボトルが登場、35周年を目前にした昨年には、EDPアンタンス版が登場するなど、停滞していたわけではなかったのですが、全くの新作となると、ブログ開始からずっと追いかけてきたブランドだけに、「新商品のお知らせ」というニュースレターが来た時は、小躍りするほど嬉しかったので、翌週にはもうボトルが自宅に届く勢いで手にしたのが、今回ご紹介するレスプリ・リーブルです。久しぶりなので、まずはディヴィーヌというブランドについて、もう一度おさらいしたいと思います。
ディヴィーヌは、これまで広告を打たず、顧客向けにニュースレター(メルマガ)も定期配信しないブランドで、数年前までは11月ごろになると「香りのお手紙」がはるばるディナールから届くのが秋のお楽しみでした。封を開ける前から立ち昇る芳香に、カードを取り出す頃には買う気満々になっているという、なんとも恐ろしい手紙だったのですが、時流にあわせ2018年で終了、代わりに過去の顧客にはニュースレターが配信されるようになり、2019年末からはインスタグラムも開設、公式サイトもSNS連動型にリニューアルしました。現在も広告は一切打たず、丁寧な公式サイトでの商品紹介、時折オーナーのイヴォン・ムシェル氏が活字や動画インタビューに答える、それだけで35年、ワンオーナーで続けてこれたのは、ムシェル氏の香水への情熱と、知足安分が両立しているからではないかと思います。ディナールのローカル香水店がオリジナル香水を発売したのがブランドの出発点で、取扱店の展開は、ニッチ系ブランドの拡販ステップとして欠かせない中東、中華圏、ロシア・バルカンなど旧ソ連地域には一切進出せず、自国にしっかり根を張り、フランス国内に7店舗あるディヴィーヌのチェーン店では、空きボトルを持参すると香水の詰め替えをしてくれる古き良き香水店のスタイルを守っています。ディヴィーヌが35年間、精力的に販路を拡大してこなかったのは、ホームベースであるディナールを出ずして公式サイトが早い段階から日本を含む世界発送対応を行い、世界中の「知る人ぞ知る」人にはちゃんとお届けできるすじ道を確立していた事、冒頭の「香りのお手紙」という古式ゆかしい握力で、一度掴んだ顧客は離さず魅了し得た事、そこに足りるを知ったのでしょう。
非常に賢明で、かつ強い信念と鋭い審美眼の持ち主である「イボじい」ことイヴォン・ムシェル氏は35年間、濃度違いなどを除いたレディス8作、ユニセックス1作、メンズ5作をすべてリシャール・イバヌ(ロベルテ)またはヤン・ヴァスニエ(ジボダン)のどちらかに処方を依頼しています。ムシェル氏が「世界最高の調香師」と絶賛してやまない彼らが、まだ駆け出しのころから作品を依頼しており、奇しくもリシャール・イバヌは1986年作のディヴィーヌで、ヤン・ヴァスニエは2002年作のロム・ド・クールで単独調香としてデビューを果たしています。今や二人とも所属会社の重鎮となり、メインストリーム・ニッチ系問わずその名を轟かせていますが、LPTの紹介作品の中では、ディヴィーヌ作品以外だとリシャール・イバヌはMDCIのキュイール・ガラマンテ等、最新作レスプリ・リーブルを手掛けたヤン・ヴァスニエはフラッサイのブロンディーヌ等を処方しています。
レスプリ・リーブルは、これまでのディヴィーヌ作品からしたら軽めのシトラスフローラルで、この香りの主役は最初から最後まで岩清水系アイリス一本勝負です。立ち上がりは、レモンスライスを浮かべたおいしい冷水を、勢いよく喉に流すかのように爽やかなシトラスが弾け、準主役級のフルーティなピオニーがアイリスの硬さを和らげ、マグノリアが少しだけパウダリーなコクを添えて、後は大きく展開せず、只淡々と、そのままの爽やかさで「アイリスとはこういう香り」と言わんばかりに香ります。眼下に広がるのは、レスプリ・リーブルの公式ヴィジュアルそのものの、青い空。それも、真っ白な綿菓子のような雲がふんわり浮かんだ、絵にかいたような夏の青空です。きちんと塗工した紙に印刷したような、真っ青な空と真っ白な雲を仰ぎ、さわやかな風が通り抜ける-「一服の清涼剤」という言葉は、この香りの為にあるのではないかと思うくらい屈託のないアイリスで、どこまでも濁りがありません。
これまで、私は数えきれない程のアイリス香水を試して来ましたが、ここまで明快で、かつ複雑に作り込まれていながら、その技の難しさを一切標榜しないシンプルなアイリスには出会ったことがなく、しいて言えば、近似値にエルメスのイリス(1999、オリビア・ジャコベッティ作)がありますが、レスプリ・リーブルには、イリスに感じる内気な湿り気を感じず、どこまでも晴れやかなのが大きな違いです。惜しむらくは、このご時世、マスク越しには弱含みに感じられ(それは香水のせいではないですが)持続も短いので、EDPですがオーレジェール的に夏のカンフル剤として(普段はこういう香水の付け方はあまりお勧めしませんが)、例えば朝出かける前に鎖骨や首筋など、体温が高く脈打つ場所にさっとスプレーし、短時間でワンラウンド終了、夕方どんな香りを重ねても大丈夫。またアイリスは体感温度を下げる香りなので、暑い日の外出、汗ばむ肌からふっとレスプリ・リーブルが香るたび、首筋に微風を感じることでしょう。レディス作品ですが、甘さが殆どないので、男性でも胸元にパシャパシャつけて楽しんでいただきたいと思います。ディヴィーヌ作品としては同じヤン・ヴァスニエ調香のロム・ド・クールもアイリスが主軸の抑えたウッディフローラルで、ちょうどレスプリ・リーブルのペアフレグランスとしてマッチし、雰囲気は似ているけれど、明るい彼女と穏やかな彼…といったカップルに感じます。
今年の夏は、かねてより好きなブランドが「胸のすく想い」を感じる、エネルギーを内包したフローラルの良作を次々に出してくれて、先日ご紹介したコンプリマン(ヴィオレ)然り、このレスプリ・リーブルもまた然り、そういう意味では「いい夏になったなあ」と、脳内で架空のバカンスを満喫している気分で、荒れ狂うここ東京から一歩も出ずに過ごしています。
今年の夏は、かねてより好きなブランドが「胸のすく想い」を感じる、エネルギーを内包したフローラルの良作を次々に出してくれて、先日ご紹介したコンプリマン(ヴィオレ)然り、このレスプリ・リーブルもまた然り、そういう意味では「いい夏になったなあ」と、脳内で架空のバカンスを満喫している気分で、荒れ狂うここ東京から一歩も出ずに過ごしています。