ピュアディスタンス第12作目の新作・№12が、9月12日世界発売、9月28日国内発売となりました。ピュアディスタンスは、この№12新発売にあわせ、日本上陸を果たしました。ピュアディスタンス直轄の日本サイトを運営するピュアディスタンスジャパンが、国内における正規代理店となります。
香水ができるまでの一般的なプロセスは、ブランド及びディレクターが香りのコンセプトを考え、依頼主のイメージに沿う香りを調香師が処方し、幾度もの修正を経て処方が決定し製品化しますが、№12は、もともと調香師が個人的に処方していた香りをブランドが譲り受け製品化するという、逆プロセスで誕生した作品です。
始まりは2018年6月5日。バルカン諸国の要・クロアチアの首都ザグレブに1990年より実店舗を構える香水店、パルフュムリア・ラーナ店主、スヴェトラーナ・ザクニックさんから「パリのベテラン調香師ナタリー・フェストエアが、ピュアディスタンスの作品を是非作らせて欲しいんですって。連絡してもらえる?」というメールを受けとったヤン・エワウト・フォス社長が翌日すぐ電話をし「フローニンゲンの本社に来てもらえませんか」と尋ねたところ快諾。ずいぶんフットワークが軽いな…と思う方、フランス→オランダはEUという合衆国みたいなもので、だいたい地続きでパスポートも不要なので、日本でいったら札幌の会社が大阪の調香師に「ちょっと急だけど、来週うちの会社に来ていただけませんか?」と依頼する位の感覚です。
実際ナタリーさんは社長から電話を受けた3日後の6月9日、(たぶん)パリ北駅から国際特急タリスに乗って3時間、スキポール/アムステルダムで在来特急に乗り換え2時間半の終点、フローニンゲンについたら社長が車でお出迎え-という陸路コースで訪社。いつかクリエイターの心を射止め、製品として誕生するのを夢見ているナタリー11作品を並べ、いざ試香が始まったのですが、社長がまず最初に手にした「豊潤で洗練されたシプレノート」と添え書きされた「ゴールド・タフタ」という香りに即身成仏、一瞬にして心を射抜かれてしまい、他の10作品をいくら試しても、眼下に豊かな青の階層が目に浮かぶゴールド・タフタの衝撃が再燃するだけだったそうです。
ナタリーさんが訪問した2018年6月当時のピュアディスタンスは、まさしく第10番目の作品、ゴールドの処方が更地となり、調香師探しからやり直しだった混乱期だったので、名前にゴールドを冠するタフタは渡りに船と思いきや、ゴールドのイメージではないと感じた社長は、同時進行していた第11作・ルビコナの次作として8月には採用決定。2年後、2020年秋の発売を待つばかりだった矢先、新型コロナウイルス感染症が蔓延、まずルビコナが半年遅れ2020年10月発売、長引く流行に№12も販売が1年伸び、満を持しての発売となりました。
古来より12という数字は、1年に12回ある月の満ち欠けを起源にし、半分にも、1/3にも、1/4にもなる「争いを生まない、分けられる数」として、古代エジプトに発祥した12進法の基ともなっています。イギリスは1971年2月15日のデシマルデーに現在の10進法を採用するまで通貨単位は12進法が土台となり、アメリカの尺度は今でも10進法のメートル法ではなく12インチ=1フィートの12進法を採用しています。1ダースは12個、1グロスは12x12=144個、仏教では基本観念である十二因縁が説かれ、イエス・キリストは十二使徒を選んだ…実は12は世の秩序として非常に重要な、エネルギーを秘めた数字です。
発売順でついた自然の成り行きとはいえ「12番」の名を冠した№12という香りは、ピュアディスタンス専属イラストレーター、マルレーン・Mによる冒頭のヴィジュアルがすべてを物語っています。快晴の闇に浮かぶスーパームーンのような、有機的に揺らぐ金色の「12」という数字を祝するように、この世に咲かない蒼い薔薇が花開く-ブルーローズの花言葉は「不可能」。遺伝子操作で人工的に作り出しても、藤紫が限度のブルーローズは、バラ育種家にとっては夢の花。心の眼にはありありと見える、見えざる美しさを香りにしたのが№12です。この香りを一言で表すなら「クイーン・オブ・ピュアディスタンス」でしょう。ポール・デルヴォーが生涯描いた美女の如く、抜けるような白い肌に蒼衣をまとい、白金色の長髪をたたえ、深い深い闇の中で発光する紺青の女王、それが私の眼に映る№12の姿です。№12が差す12時は、間違いなく正午ではなく真夜中の0時でしょう。十二時辰(じゅうにじしん)なら夜半、十二時辰を司る十二支で言えば子の刻、新たな生命の種が宿る時-
香りとしてはナタリー・フェストエアらしい、抑制が効いて少し謎めいたダウナー系の作風で「世界2傑粉物ナタリー」の名に相応しく、フルボディのローズがメインのパウダリーフローラルシプレが基本形態ですが、自転する球のように主軸が日によって変わり、またボトルの中に日々体調が異なる生き物が棲んでいるように天候、特に湿度に影響を受けやすいのが特徴です。拡散性は控えめで、つけている自分とごく傍にいる相手だけの接近戦用に向いており、逆を言えば日本人にとって使いやすさは抜群です。
№12を初めて試香した2019年5月、いきなり目に浮かんだのは、不思議にも巨大な無色の水晶でした。透明な塊には一転の濁りもなく、すさまじい厚みが目視できるにも拘らず、その先が見通せる、不思議な感触を味わいました。翌年、真冬につけたら、最初の印象とはまるで違う、マットなパウダリーローズが肌の上に花咲き、その後も何が正解なのかわからない変化に驚きました。すずらんのように軽やかなグリーンフローラルに感じる事もあれば、イランイラン、ジャスミン、球根系の濃厚な花が寄せて来ることもあります。ゲランで言えば、夜間飛行とシャマードの間を彷徨するクラシックな香気を感じ、特にシャマードと№12の共通項としてヘディオンが結構主張するからか、往年のグリーンフローラルシプレがお好きな方には、その昇華型として№12の表情は心地よく感じると思いますし、シンプルにフルーティなローズがお好きな方も、時折怒涛のように押し寄せるパウダリーローズの表情に耽溺するでしょう。ラストはアンブレット系のローファットな甘味が着衣に残り、肌の上では美しく消え入ります。フローラル要素が強いので、ピュアディスタンス作品の中では女性向きですが、ベースにベチバー、パチュリ、サンダルウッドとウッディ要素がしっかりあり、男性がつけても借り物にならずしっとりお使いになれるはずです。荘厳な美しさはゴールドに通じるものがあり、№12が女王なら、キング・オブ・ピュアディスタンスとも言うべきゴールドがペアフレグランスとして良き伴侶になると思います。また№12は通常の香水より熟成(マセラシオン、マチュレーション)に相当時間がかかる特殊な処方で、現在発売中の初回バッチは今年の11月位まではマセラシオンが進行するそうで、変性を味方につけた若い香り=女王へと成長する夢の途中を垣間見る、貴重なひと時も楽しんで欲しいと思います。ナタリー・フェストエアの近作で言えば、キュイール・ドリャンやエッサンス・ドゥ・セライ(共にSLM、2016)レメー(MDCI、2020)がお好きな方には特におすすめです。
ピュアディスタンス作品は、この№12の登場をもって、マグニフィセント・トウェルヴ(THE MAGNIFICENT XII COLLECTION)という一つの環として完成しました。一部販売店では既に導入されている時計盤型ディスプレィへ、発売順で時計回りにボトルを並べると、1時をさすピュアディスタンス1(2007)に始まり、ブランドのトップセラーであるホワイトが6時を指し、対角の12時にはこの№12が立つのですが、ホワイトが眩しい朝の6時なら、№12は夢を紡ぐ午前0時、といった所でしょうか。個人的には全12作中、オパルドゥと甲乙つけ難い位気に入っています。
ちなみに今後のピュアディスタンス製品の新作スパンは1-2年に1作と現在より鈍化を予定しており、新作が発売されるとこのマグニフィセント・トウェルヴに加わりますが、店頭では新作を含む12作を展示するかわりに1作ずつ「プライベート・コレクション」へ移行し、プロモーションや店頭販売をせず、既存の愛用者を対象に受注販売となるそうです。今後13作目の登場で、最初にプライベート・コレクションへ移行する作品は何か少々気がかりではありますが、そうはいっても廃番にはならないので、長年の愛用者も安心です。
今年紹介した他の新作でもお伝えしましたが、今年は自分にとって良い香りの出会いが多く、これから5年、10年と経った後「2021年は当たり年だった」としみじみ述懐しそうな気がします。
№12 国内販売価格(税込)
17.5ml 25,850円
60ml 43,780円
100ml 72,380円
販売元:ピュアディスタンスジャパン