La Parfumerie Tanu

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Gold (2019)

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ピュアディスタンス第10番目の新作、ゴールドが、本年3月のアエノータスに続き、早くもこの11月に世界発売となりました。実際の発売日となった11月11日から、オランダの公式サイトでは連日初出荷の様子がSNSで紹介され、主たる取扱店でも徐々に発売を開始と盛り上がりを見せています。ここ日本では、一拍遅れて12月1日より発売となりますが、是非これから続々とアップされる世界の反応と合わせてお読みください。
 
ゴールドは、前作アエノータスと並行し、2017年3月から制作が進められていた作品です。ヤン・エワウト・フォス社長の作品イメージを基に調香師が腕を振るい、試行錯誤を繰り返しながら、社長が納得のいくまで何度もリテイクが発生した末に一つの香水が完成するのは、ピュアディスタンスではよくある話ですが、今回はなんと調香師を入れ替えてまでの更地スタートとなりました。「ゴールド第一形態」は、熱烈な信奉者の多い売れっ子フランス人調香師に初めて依頼したところ、仕事は早いが中々これという作品が上がってこないので、社長が直々に進捗状況を確認すべくパリに飛び「焦らなくていいから、いいものを作ってください」と、調香師さんのパソコンに「急ぐな!危険天使」の写真を貼り付けて戻ってきたところ、2018年春に最終候補がようやく仕上がったのですが、全社をあげて実装テストに及ぶも「香りとしては良いが、持続が短いので見送る事にした」と、採用を目前に1年の制作期間がご破算となりました。最終的には、香りを色で感じるフォス社長が、最終候補を何度嗅いでもイメージ通りの色彩を感じなかった事が見送りの決定打となったそうですが、私も昨春ピュアディスタンス社訪問時、今や幻となったゴールド第一形態を試香させていただいたところ、オレンジとバニラのシンプルな構成で、立ち上がりはまるで目の前でマンダリンオレンジにかぶりついたような瑞々しさで始まり、その後バニラが出てくるのですが、このバニラが後半からぐずついてきて、若干のバランス崩壊を起こしながら不透明な甘さが肌に残るうえ、帰国後も何度か試しましたがパルファムとしては底力がなく、正直採用されなくて胸をなでおろした覚えがありました。
 
第一形態見送り後、何もかも忘れて再スタートに踏み出したのは昨年10月、ピュアディスタンスではお馴染みの調香師、アントワーヌ・リーに依頼する事になりました。ピュアディスタンスとはブラック(2013)からの付き合いであり、本作ゴールドで5作目となる当時のリー氏は、それまで所属していた高砂香料を退職し独立、彼もまた新たなスタートを切ったばかり。高砂時代は基本的に高砂の香料で処方を行っていたのですが、自身のアトリエ、アントワーヌ・リー・オルファクティヴ・エクスペリエンス(通称ALOE)を立上げタッグを組んだのは、フランスの天然香料専門の香料会社としては最高峰である、ラトリエ・フランセ・デ・マティエールでした。 

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天然香料過積載のわりにヴィジュアルがSFっぽい
ラトリエ・フランセ・デ・マティエールは、ジボダンで天然香料部門長を長らく務めたレミ・プルヴェライユが2014年に創業した香料会社で、単に天然香料を中心に扱うだけでなく、それぞれの香料の特産地から厳選した原料を足で探し、先進的な抽出方法を導入し、結果として生産量は少ないながら、品質においては揺るぎない自信を持っており、プルヴェライユ氏の旧友でもあるアントワーヌ・リーは、同社直轄のメゾン系ブランド、レ・ザンデモダブル(Les Indémodables、英:The Timeless)の専属調香師にも就任しています。
 
馴染みの調香師の身辺変化により、期せずして最高峰の天然香料を自在に使えることとなったフォス社長は、リー氏に「原料は任せる。とにかくイメージ通り、最高の『ゴールド』を作って欲しい」と、待つ事半年。ミラノの香水見本市、エッセンチェからパリに直行した2019年4月末、3作用意された試作品のうち、最初の1作でまさかのジャストミート。残り2作を試香することなく採用決定、若干の補正を経て6月に処方が完成しました。ピュアディスタンス作品としては、かなりの短期間で仕上がったといえますが、フォス社長の頭の中にダイブして、同じ色彩を共有できる稀有のバディ調香師であるリー氏に、最初から任せていれば良かったのに…と心底思いました。 

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ゴールドのレザーホルダーはブラックスウェード。17.5mlのスプレーヘッドはゴールド仕様

さて社長が調香師に伝えたゴールドのイメージを端的に現したのが、冒頭の「黄金のモンドリアン」。濃淡、寒暖、動静-様々な諧調のゴールドが織りなすハーモニーは、香りとしてどのように昇華したのでしょうか。賦香率36%、つける場所と気温、天気で万華鏡のように表情を変えてくる、パウダリーなツイストの効いたディープなウッディシプレのゴールドは、完熟のマンダリンオレンジを彷彿するジューシーな立ち上がりに、ゴールド唯一の花香料、生気溢れるジャスミンが顔を出しながら、染みだすように濃厚なラブダナムが重なり、ベチバーやパチュリのウッディ要素とバニラやトンカビーンの甘さで濃淡を、ゼラニウムやローズマリーの爽快感とシナモンとクローブで寒暖を、そして静謐な没薬(ミルラ)と安息香(ベンゾイン)が官能を整える、一言でいえば「超然としていながら、その奥底にはひとのぬくもりを宿している創造物のような香り」です。要所要所でタイムマシンのような往年のフローラルに香ると思えば、胸板厚くアンバーオリエンタルのように香り、はたまた滑らかなレザー風味のウッディシプレが現れ、ミドル以降はラブダナムがバニラやトンカビーンと共にオリエンタルな表情を醸し出しながら、パチュリやクローブのパウダリーな心地よい安心感もあり、香りの変遷に於いて、途中でとけ崩れたり、だれて汚くなることなく、消えゆく瞬間まで変化を続け、温かみの中に冷涼な水脈があり、近寄りがたいようで自然と寄り添ってくれる-個人的には、黄金のモンドリアンというよりは、輝きを放ちながら、光の中へと吸い込むように誘う、金色のブラックホールのように感じます。先日、アントワーヌ・リーさんに上記の感想を伝えたところ「気に入ってくれて本当に嬉しい。自分も本当にそう感じる。全く同感だ」と、調香師自らが太鼓判を押してくれたゴールドの香料は、ミルラとカストリウム以外すべて原産地開示という、品質に妥協のないピュアディスタンスとしても異例の香料讃歌ですが、キャッチフレーズの「天の恵み、地の恵み、香料の饗宴」というのは伊達じゃない、と実感します。 

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天然香料を中心に組み立てるのが当たり前だった、香水の黄金時代と言われる戦前のオリエンタルシプレに通じる重厚なクラシック要素も存分に楽しめるゴールドは、ピュアディスタンス作品中最もムエットからの香り立ちと実装による体感が異なる香りで、香りの表情も刻々と変わるので、もしムエットで試す機会があったら、紙の上ではマンダリンとジャスミンを強く感じますが、是非ムエットをご自身の肌に乗せ、ベースノートを引き出し、立ち上る香気で良しあしを判断して欲しいと思います。何か突出した個性とか先進性というよりは「過去より連綿とつながる、上質な香りの集合体」という普遍性を重んじた作風で、フォス社長が右手に過去、左手に未来を置き「この幅で作ってください」と言わんばかりの時間がゴールドには流れています。ゴールドを初めて家でつけた時、ジェントルマンが「わっ、いい香り。これは好きだ。瞬間、気品のある女性が目に浮かんだ」とポラロイド速写。一方、朝つけて会社帰りに寄った、長年通っている鍼灸院の女性鍼灸師には「つけている場所(肌温度)で全然香りが違う。お腹、ウエスト、内腿(治療中はほぼ脱衣)、あったかさと涼しさを一度に感じる、不思議だけど安心するいい香り。特に温まったお腹から立ちのぼる香りが何とも言えない」と、普段香りを身につけない方に、何度も何度も褒められました。私自身非常に気に入っており、甲乙つけがたいピュアディスタンス作品の中でも、オパルドゥやホワイトのように、これから出番の多い1本になる事は間違いありません。ジェントルマンのポラロイドには女性が登場しましたが、もちろん男性にもおすすめです。 

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17.5mlボトルとゴールドのポストカード。パッケージには2021年までの最新カタログが封入されており、なんと今後の新作が2つも紹介されていた。来年は激震!




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