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M V2Q (2022), a hard delivery: for your eyes only


ピュアディスタンスの新作・M V2Qが、10月18日世界発売、11月1日国内発売となりました。昨年12作目である№12(2021)が加わり、ヤン・エワウト・フォス社長が長年描いていたコンセプトだった、それぞれの異なる個性が、迎合も衝突もなく円満に存在する「12作の環」Magnificent XIIが完成。長年温めていたコンセプトが満ち、№12の世界発売を喜んでいたフォス社長59歳の誕生日前日である2021年9月27日、ピュアディスタンスはある人物から手紙を受け取りました。
それは、ピュアディスタンス第3作、M(2010)の共同制作者、ロジャ・ダヴでした。
ニッチブランドにプレステージというものがあるとしたら、現在上方に位置するブランドが、2000年代後半から2010年代にかけて創業またはリブランディングする際、香水博士ロジャ・ダヴのコンサルティングを仰ぎ、作品監修を含めた経営戦略を立てて成功していきました。ロジャ氏のコンサルティング会社は、URLが非公開となる以前は、ウビガン、グロスミス、ジャン=シャルル・ブロッソー、アブドゥル・サマド・アル・クラシなど多くのブランドから感謝の言葉が寄せられていたのを覚えています。2010年前半よりロジャ・ダヴがコンサルティング業から自身のブランド、ロジャ・パルファムを全力展開、当時「お世話になった」ブランドと、次々と利益相反を起こし「ロジャ・ダヴは、自身のためしか作品を作らない」という後付けの見得口上にそぐわないブランドに対し、関係の解消を求めるようになりました。先ほどの手紙とは、ちょうどロジャ氏がヤン・エワウト・フォス社長と共同制作したMの香料が、IFRAの香料基準で使用できなくなり、処方変更の必要性が出てきた為「今後Mの処方香料をピュアディスタンスへ提供しない」との通達だったのです。
 
せっかくの環が完成した、まさにその月に環が欠けてしまう事態に陥ったピュアディスタンスは、想定外の廃番で空席となる第3の座に据える作品を、突貫で作らなくてはならなくなりました。誕生する過程の厳しさを表す比喩で「産みの苦しみ」という言葉がありますが、M V2Qは「切迫早産かつ難産」、誕生までの過程を一言で言うなら「きりきり舞いの特殊任務」。命ぜられたのは、バディ調香師、アントワーヌ・リー。ピュアディスタンス史上最も無理がきく調香師で、しかも凄腕。かつて別の売れっ子調香師に依頼するも更地スタート、代打指名を受けて作ったゴールド(2019)は、最初から頼んでおけばよかったのに、と思う白眉の出来なのは周知の事実です。

M V2Qの調香師アントワーヌ・リー。ある意味、今回の主役ともいえる
さっそく10月から着手し、2022年に入りMの在庫を売切る一方でM V2Qの試作評価が大詰めに入ろうとする2月24日、ウクライナ戦争が勃発。ロシア、ウクライナは勿論、次の標的と言われたバルト三国もメイン市場であるピュアディスタンスにとって、ロシア・ベラルーシとの取引停止、ウクライナ取扱店の全面支援と、ピュアディスタンスが居ながらにして戦火に巻き込まれていくような状態の中、フォス社長がコロナ感染。無症状だったものの後遺症の嗅覚障害を起こしてしまい、評価を行う事が一時困難になりました。一刻も早く処方を完成するには、評価を止めるわけにはいかないーそこで青天の霹靂、ピュアディスタンスジャパン代表の私に白羽の矢がたったのです。4月5日、社長より試作品の評価依頼が私に来る前から既にサンプルは日本に向かっており、すぐに2㎖サイズのサンプル4種が、DHLで届きました。
試作品のコードネームは「Spectre(スペクター)」。香水の制作過程の評価(エヴァリュエーション)などした事もなく、サンプル量も少ない。とにかく急を要する。コードネームに噴飯している暇はありません。私も持てる五感を総動員し評価表を作成、4月8日に社長へ急送したところ「まさに、こういう評価が欲しかったんだ!このままアントワーヌに送る」と原文ママ(!!)でリー氏へ転送。他の評価も併せ微調整、最終評価用サンプル2種が同月28日に到着。この時点で社長の嗅覚は完全に復活しており、社長自身が選んだ評価サンプルを猛烈に推してきたので、試香と同意だけして5月4日に無事任務終了となりました。
かくして5月初旬にM V2Qは処方完成するも、時を同じくしてリーさんの実父が逝去。数週間後「父が亡くなって、心身ともにぐしゃぐしゃなんだ…ひと月近く経っても、ほとんど立ち直れていない」と社長に語っており、私的事情とはいえ、どんな思いでM V2Qを作り上げたか、命を削る程の厳しい任務だったことがわかります。
しかし、香水は処方ができて即完成ではありません。ここからが案外長く、香水は通常、調香師が指定した香料と処方を充填工場に送り、①マチュレーション(熟成:処方に沿って香料をブレンドし寝かせる)→②マセレーション(浸漬、マセラシオン:①の香料をアルコールで所定の賦香率まで希釈後、均一になるまでしっかり溶け込ませる)→③バルク状態の香水が完成→④ボトルに充填し、香水会社に納品、というプロセスで製品となるのですが、5月に処方が決定したM V2Qも、先行サンプル到着後、本生産に向け①~③の工程に6-8週間を要する事になりました。折しもコロナ後のヨーロッパは深刻な人手不足による様々な製造業における遅延や連携不備が発生し、案の定M V2Qの製造工程も遅延のクレバスに足を取られてしまい、8月後半にはピュアディスタンス本社に納入予定だった充填工場と連絡が取れなくなり、最終的に世界発売日が確定したのが10月中旬。日本に入荷したのは11月第1週末、日本での初紹介から実に半年後の発売となりました。

M V2Q パルファム 左:60ml 右:17.5ml

ピュアディスタンス史上、最も「荒れた」誕生だった、M V2Q。その香りは、一言で言うと「銃口のけぶる美丈夫」。渋みのあるパインタールの薫香とアーシーなシプリオールが立ち上がりの瞬間炸裂し終始主張する、クールな疾走感のあるドライなウッディレザーで、ムエットではしっかり立ちのぼるオレンジブロッサムやジャスミン、ラベンダーなどのアロマティックな花要素が、肌の上ではぐっと脇役に徹し、かなりハードボイルドに香ります。ただし、ふとした瞬間に、繊細で官能的なホワイトフローラルが、サブリミナル効果のようにフラッシュバックするので、完全なる男形ではなく、女装任務も完璧にこなす両性具有性を強く感じます。ミドル以降もベースが甘くなることはなく、私の肌ではバニラの甘さはほとんど出てこない一方で、ラストにほんのりトンカビーン+ラブダナムで人肌の甘さを感じる程度。緩みのないスーツまたは胸元の肋骨が露わに浮かぶ、時にサテングレーのスリップドレスを全裸にまとう、引き締まった躯体に長い手足を持つ美丈夫が目に浮かびます。

M V2Qは、ゴールド(2019)に続き、アントワーヌ・リーが高砂香料から独立後タッグを組んでいる香料会社、ラトリエ・フランセ・デ・マティエール の天然香料がふんだんに用いられていますが、天然香料特有の有機的な機微をさほど起こさず、季節や天候にもあまり影響を受けず、日本の暑い夏ですら殆ど同じ表情だったのは驚きました。持続もかなり長く、朝つけて、夜シャワーを浴びなかった翌日の朝も十分肌に残っており、日本の暑い夏にも負けなかった抜群のスタミナは、是非来年ご自身の肌で確認していただきたいと思います。
 
旧Mとの違いが気になる方も多いと思うので、簡単に比較をご紹介します。
 
旧M(2010) 
T:レモン、ベルガモット
M:ローズ、ジャスミン
B:バニラ、ベチバー、ラブダナム、レザー、ムスク、パチュリ、シナモン、モス
 
M V2Q (2022)
T:オレンジブロッサム、ラベンダー、ピンクペッパー
M:パインタール、シプリオール、ジャスミンサンバック、シナモン
B:バニラ、シダーウッド、サンダルウッド、トンカビーン、ラブダナム、パチュリ
 
カルトファンの多いMの空隙を埋める単なる後継ではなく、Mを忘却の彼方へ葬り去る事が出来るだけの力量を持ち、レザージャンルとしても全く同じ方向を向いていないM V2Q。香調に連なる香料だけを見ると、かなり近似値の香りに思えますが、旧Mには、あからさまなレザー感というよりは、シナモンやクローヴなど温かなスパイスにシトラスフルーツがしみ込んだスコッチケーキ的美味しさがあるレザーで、戦前のクラシック香水のベースノートを彷彿する、ゆったりとしたオリエンタルシプレだったのに対し、M V2Qは完全に動的で全き2020年代、今を生きるシャープなウッディレザー。これまで他社で手掛けたアントワーヌ・リー作品も数々試してきましたが、M V2Qはアントワーヌ・リーという職人の手癖を強く感じる作品です。

本年5月の初紹介当時、ピュアディスタンスは「旧Mがショーン・コネリー扮するジェームズ・ボンドの世界なら、M V2Qはダニエル・クレイグ、その先のボンド像…」的なキャッチコピーを打った。アントワーヌ・リーも、007やボンドにまつわる思い出話が語っていたのを覚えている方も多いと思う。M V2Qという名前も当然「MのVer.2、様々なガジェットを作るQ」からきているが、あまりに直接的なイメージ戦略だったため、発売直前に路線変更となったが、度重なる発売延期が災いし、海外の著名ブロガーが既に上記コンセプトでM V2Qをバンバン紹介しているのはご愛敬。
本当に番狂わせの多い作品となった。特殊任務にあたるときは、是非お手元にご用意を
M V2Qの登場で、第二世代MXIIコレクション中、アントワーヌ・リー作品が6作となったピュアディスタンス。準専属調香師といっても過言ではなく、ヤン・エワウト・フォスと並び、ピュアディスタンスの個性を最も際立たせている立役者と言ってもよいでしょう。難産だったM V2Qを世に送り込む特殊任務をやり遂げた、すべての人々に称讃を送りたいと思います。
今回は色々と、本当のことを書きすぎました。今読んでいるこの記事は、読後消却のこと。よろしくお願いいたします。
 
M V2Q 国内販売価格(税込)
17.5ml 28,100円
60ml    47,300円
100ml 78,400円
発売元:ピュアディスタンスジャパン

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