La Parfumerie Tanu

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Papilio (2023)

 

ピュアディスタンスの新作・パピリオが、国内でも世界発売に合わせ9月15日より発売されました。

2020年夏―新型コロナウイルス感染症がまだ未知の厄災として世界を恐怖に陥れ、各地でロックダウンが厳しく行われていた頃―半強制的にアメランドの別荘*で自宅待機していたフォス社長が、広大な庭でひらひらと宙に舞う蝶を眺めていた時のこと―社長が思ったのは「美しい蝶も、最初から美しく生まれたわけではない。蝶は完全変態を行う生物だ。卵から芋虫、芋虫から蛹(さなぎ)、そして蝶になる。芋虫や蛹の時代は、お世辞にも美しいとは言えないし、自由に空を飛べもしない。でも、そこを通らなければ蝶にはなれないし、そのままの自分を受け容れて蝶になるのだ―」
一方、50代の終わりに差し掛かっていた社長が抱く、今を生きる多くの人々についての憂い、それは「敢えて自分らしく生きていない事」でした。性別、学業、職業、着るもの、見た目、更には「どう思うか」という感受性まで、他人の意見や視線を気にしているように見える。特に若い人には、傷つきながらでも、ありのままに生きて欲しい―3人の娘の父親として、ウイルスという不可抗力で抑えつけられた時期の反動でこみあげてきた願いが、パピリオの原動力となりました。

パピリオ パルファム 17.5ml

コンセプトの誕生から1年後の2021年秋から調香師ナタリー・フェストエアが制作に着手。超難産だった前作M V2Qと違い、ピュアディスタンスの作品としては安産だった方で、コンセプトの立ち上がりから決定バッチが誕生するまで、ピュアディスタンスお得意の「更地スタート(処方のやり直しだけでなく、依頼した調香師まで交替して1から作り直す)」も発生せず、1年ほどで完成しました。その為、決定バッチを今春受け取ることができ、春から秋までじっくり肌で試す事ができました。

常々、香りというものは文字情報の補完なしに楽しめてしかるべきと思うのですが、パピリオだけは、香りの軽さを引き締める、社長が作った「パピリオのうた」という説教に近い重し(笑)がセットで完成すると思っています。

パピリオは、調香師ナタリー・フェストエアが「足し算の美学」で作り上げた、ピュアディスタンス作品の中でも突出してモダンでフレッシュな香りです。大枠では、乾いた空気感が楽しめる、ライトなフルーティフローラルレザーと呼ぶのが妥当かと思いますが、ピーチ&ベルガモットがジューシィに香るかと思えば、画面いっぱいにレザーが飛び出したり、突然往年の銀幕女優が現れたかの如き化粧台の粉甘さ(おそらくオポポナックスやベンゾインの効果)がチラついたり、気分爽快なスズランやヘディオンが演出するグリーンフローラルに変わったり…目まぐるしく変わりながら、ピラミッドを描かず直線的に展開し、色でいったら黄味寄りのガソリンレインボー。傑作と名高いエルメスのオードメルヴェイユを手がけた鬼才らしく、様々な表情が旋回しながら顔を出す万華鏡のような香り立ちが特徴で、それでいてどこも難しいところがなく、肩の力がストンと抜けた素直なつけ心地は、過去のピュアディスタンス作品にはなかった「エフォートレス」という新境地に達しています。そういう意味では、パピリオは気合いの一本ではありません。フォス社長の願い通り、何になりたいかではなく、自分で在りたいを支える香りになっています。

近代香水史の系譜をしっかりとバックボーンに持ち、どれだけの年月を生きてきたのかわからないようなタイムレスな香りが多いピュアディスタンス作品中、パピリオは突出して若々しく、可愛い異端児とも言えますが、フルーティフローラルに重ねるにはちょっとハードな、M V2Qと同質の乾いたレザーが顔を出すので、羽化したばかりの拡がりきらない羽根で身体を包んだ、むき出しの背中はすり傷だらけ、というイメージが重なります。このレザー感に、M V2Qとはどこかで血が繋がっている異母兄妹か、もしくは兄もしくは姉が将来起こりうる特殊任務のため、お揃いの拳銃を持たせているようなつながりを彷彿します。

年々異形と化す高温多湿な日本の毒暑にも一切負けない爽やかさで、どんなに蒸し暑い時期でも香気が汗と混じってへたれず、パピリオだけに肌から軽やかに飛んで消えましたが、秋が来て体が冷めてくると、俄然羽根を伸ばしはじめ、力強く広がりをもって長く香るようになったのも驚きました。№12の発売時に話題となった、瓶内で熟成が進む「ナタリーマジック」の再来かもしれません。

閑話休題、発売直後の9月下旬、4年ぶりに本社チームと会うべくオランダへ行きましたが、出発前東京でつけていた時よりレザーが一歩前面に、フルーティで可愛らしい要素が半歩引き、しっかり香った一方で日本の方が若干キュートだったのも面白い発見でした。また本年6月の社長来日時、外国人参加者より持続時間について質問がありましたが(日本人は、良い香水の必須要件である持続性と拡散性について、むしろマイナスに捉える傾向があるので、香水イベントで製作者側からの説明はあっても参加者から持続時間についての質問はまず出ない)、「つける人の体質や季節によって異なるが、4-6時間だろう。より長持ちさせたい場合は、衣類などにつけることを勧める」と答えていましたが、今このレビューを書いている10月の終わりには、朝つけて夕方にもしっかり香る、かなりのスタミナで楽しめています。比較的フェミニンな印象のパピリオですが、ビターなベルガモット&ベチバーという表情も見せるので、淡麗辛口の香りが好きなジェントルマンともボトルを共有しています。

オランダ滞在中の体感をレビューしたくて持参したパピリオ。良い意味で「気楽な香り」なので、慣れない場所での整え役にはぴったりだったと思う

正直なところ、実装開始した3月頃は、ハードコアなピュアディスタンスファンの私にとってはちょっと物足りないように感じていたパピリオですが、夏を過ぎ、半年たった今、彼女も私の肌の上でのびのびと羽根を伸ばすようになり、心地よく会話を楽しめるようになりました。くるくると表情が変わるけれど、言いたいことは一貫している、気の置けない(すごく)年下の友達が出来たような気分です。

 

パピリオ 国内販売価格(税込)

17.5ml ¥31,570
60ml      ¥53,130
100 ml ¥88,000

発売元:ピュアディスタンスジャパン


 

*アメランドの別荘:社長がまだ20代の頃、テニスコーチと出張マッサージで稼いだお金でオランダ北部の小島、アメランドに広大な土地を若者でも買える二束三文で購入。その後アメランドは自転車さえあれば島中回れるエコアイランドとしてオランダ有数のリゾート地に成長、観光客も多く訪れるようになった。そこで社長は土地を整備し、週単位で宿泊できる貸別荘をオープン。社員の福利厚生にも利用している。予約の入っていない週やメンテナンスの為、自身も定期的に滞在している。コロナ時は別荘の整備写真や動画が頻繁に送られてきて、DIYおやじ日記を読んでいるようだった

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