調香は、メタルやアナイス・アナイスを手掛けたロベール・ゴノンで、香りとしては、オーソバージュ(1966)に始まりオードロシャス(1970)やディオレラ(1972)、オーノーブル(1972)に続く、シトラスシプレベースのユニセックス系ライトフレグランスの系譜と、その一歩手前に登場したY(1964)やジバンシィIII(1970)などの知的なフローラルシプレの狭間に属しますが、古典的なオーデコロンの立ち上がりに始まり、オーデコロンであれば数十分後には消え失せてしまうところ、次に顔を出すのが非常に上品なパウダリーシプレで、このミドル以降の香りに一番印象が近かったのが、なんと資生堂の琴(1967)。欧米では「パウダリーシプレの傑作」とも言われている琴と近似値の香りがランコムから出ていた事に驚きましたが、オードランコムはクラシック香水のご多分に漏れず、数々の処方変更を繰り返し、今回紹介しているのは最新版であるため、50年の時の流れで置き忘れてきたものも幾つかあるかもしれません。そう差し引きしたうえでもこのオードランコムは、快活なシトラスの爽快感はあくまでこの香りのスターターで「初めて会うのに懐かしい系」のほんのり甘く柔らかなハニーサックルとジャスミンを、サンダルウッド、ベチバー、オークモス、ラブダナムといった重厚なクラシックシプレベースのエッセンスがしっかりと、かつ軽やかに底支えするミドル以降こそオードランコムの本懐と言えましょう。
Ô de Lancôme (1969)
ギヨーム・ドルラノと実業家アルマン・プティジャンが1935年に香水会社として共同創業したランコムは、その後スキンケア部門に進出し、1964年、2018年度世界化粧品メーカーランキング第1位のロレアルに買収されて以来、ロレアルの筆頭ブランドとして君臨していますが、湯水の如く広告費をかけ売上をけん引するスタイルの販売方法で有名で、イザベラ・ロッセリーニやその娘であるエレットラ・ロッセリーニ・ヴィーデマン、エマ・ワトソンなど歴代のトップモデルや女優がミューズとして起用されています。日本では、1963年に小林コーセー(現・コーセー)と提携したロレアルのサロン向けラグジュアリーブランドとして1978年に上陸し、平成に入ってからはどこのデパートでもだいたいカウンターを見かけるまでに成長しました。
知的で快活、そして肌を寄せた時に感じる、抗いがたい滑らかなぬくもりと安心感。この人と居ると、なんだかいつも爽やかな風が吹いているように気持ちがいいけれど、ちゃんと大事な話も聞いてくれる、華やぎはないけれど地顔が美しい、そんな雰囲気の香りです。ベースがしっかりしているとはいえ、さすがに朝付けたら昼にはほとんど肌に馴染んでフェイドアウトしているので、別の香りに着替えたりタッチアップして楽しんでください。こういう類の香りは、嫌らしく長持ちせず、すんなり消え失せてくれて構わないし、むしろ伝統的なオーデコロンとパウダリーシプレのマリアージュのような香りに持続性を求めるのは、スイカは旨いが腹持ち悪いと怒る位、さもしい話です。