La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Ô de Lancôme (1969)

ギヨーム・ドルラノと実業家アルマン・プティジャンが1935年に香水会社として共同創業したランコムは、その後スキンケア部門に進出し、1964年、2018年度世界化粧品メーカーランキング第1位のロレアルに買収されて以来、ロレアルの筆頭ブランドとして君臨していますが、湯水の如く広告費をかけ売上をけん引するスタイルの販売方法で有名で、イザベラ・ロッセリーニやその娘であるエレットラ・ロッセリーニ・ヴィーデマン、エマ・ワトソンなど歴代のトップモデルや女優がミューズとして起用されています。日本では、1963年に小林コーセー(現・コーセー)と提携したロレアルのサロン向けラグジュアリーブランドとして1978年に上陸し、平成に入ってからはどこのデパートでもだいたいカウンターを見かけるまでに成長しました。
 

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オードランコムは、ランコムの歴史上初のベストセラーとなったマジー(1950)、クリマ(1967)に続き、クリマの2年後に登場したライトフレグランスです。更にライトなオーフレーシュ版とメンズが発売された後、細々とドジョウも登場している一方で、トレゾァ(1990)、ミラク(2000)、ラヴィエストベル(2012)とランコムが社会現象ともいえるスマッシュヒットを10年周期でキメる中、その溢れかえるドジョウの影ですっかり存在が霞んでしまい、前線に押し出される事はありませんが、一度も廃番にはならず、ランコム自身も「Ô の世界」と称し、ブランドの1ジャンルとして相応の地位を与えています。現在発売されているのはオリジナルのオードランコム、オーウィ(1998、アクアフローラル系)、オーダズール(2010、シトラスシプレ系:写真左)、オードロランジェリー(2011、フレッシュフローラル系:写真中央)で、オリジナル版(写真右)は75ml・125ml・200mlと、シリーズ中唯一3サイズも展開しており、長年の愛用者が居ることを証明していますが、日本ではドジョウのオーダズールとオードロランジェリーがオンライン専売品として取扱いがあるだけで、店頭配布の総合カタログにも掲載されておらず、セルジュ・マンソーのデザインに収められたオリジナル版に至っては日本未発売と、全く力を入れていません。

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オードランコム EDT 125ml

調香は、メタルやアナイス・アナイスを手掛けたロベール・ゴノンで、香りとしては、オーソバージュ(1966)に始まりオードロシャス(1970)やディオレラ(1972)、オーノーブル(1972)に続く、シトラスシプレベースのユニセックス系ライトフレグランスの系譜と、その一歩手前に登場したY(1964)やジバンシィIII(1970)などの知的なフローラルシプレの狭間に属しますが、古典的なオーデコロンの立ち上がりに始まり、オーデコロンであれば数十分後には消え失せてしまうところ、次に顔を出すのが非常に上品なパウダリーシプレで、このミドル以降の香りに一番印象が近かったのが、なんと資生堂の琴(1967)。欧米では「パウダリーシプレの傑作」とも言われている琴と近似値の香りがランコムから出ていた事に驚きましたが、オードランコムはクラシック香水のご多分に漏れず、数々の処方変更を繰り返し、今回紹介しているのは最新版であるため、50年の時の流れで置き忘れてきたものも幾つかあるかもしれません。そう差し引きしたうえでもこのオードランコムは、快活なシトラスの爽快感はあくまでこの香りのスターターで「初めて会うのに懐かしい系」のほんのり甘く柔らかなハニーサックルとジャスミンを、サンダルウッド、ベチバー、オークモス、ラブダナムといった重厚なクラシックシプレベースのエッセンスがしっかりと、かつ軽やかに底支えするミドル以降こそオードランコムの本懐と言えましょう。 

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オードランコム、1994年当時の広告
知的で快活、そして肌を寄せた時に感じる、抗いがたい滑らかなぬくもりと安心感。この人と居ると、なんだかいつも爽やかな風が吹いているように気持ちがいいけれど、ちゃんと大事な話も聞いてくれる、華やぎはないけれど地顔が美しい、そんな雰囲気の香りです。ベースがしっかりしているとはいえ、さすがに朝付けたら昼にはほとんど肌に馴染んでフェイドアウトしているので、別の香りに着替えたりタッチアップして楽しんでください。こういう類の香りは、嫌らしく長持ちせず、すんなり消え失せてくれて構わないし、むしろ伝統的なオーデコロンとパウダリーシプレのマリアージュのような香りに持続性を求めるのは、スイカは旨いが腹持ち悪いと怒る位、さもしい話です。
 

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ランコムというと、昨今の「30歳になったら用なし」と言わんばかりの、若年層をターゲットにした王道メインストリーム臭に辟易として近年は完全圏外でしたが、過去の代表作が限定販売のコレクシオン版や富裕層向け復刻版でしか出会えなくなった一方で、細々とでも売りつないでくれているところにブランドの良心を感じます。日本でも並行輸入通販や海外のディスカウンターなどで容易に入手できるので、気軽で上質なサマーフレグランスとして男女を問わずお試しいただきたい逸品です。元来「オー」と名づく香りには食指が動かず、今まで一度も試したことのなかったオードランコムには、いい意味で大いに期待を裏切られました。毎日つけてもつけ飽きず、実際今日も、また今日もとレビューが終わっても手が伸びました。今年の東京はしつこい長梅雨が未だに続いていますが、梅雨が明けても活躍してくれることは間違いありません。
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