「シャマードはどこから来て、どこへ行くのか」
何十年も前、実家のテレビで昼間にやっていたフランス映画をたまたま観ました。
パリのリセに通う女の子が、寮に住む大学生と恋仲で、学校が終わると真っ先に彼氏の寮に向かい、部屋に入るなり制服を脱いで事に至る、という何とも辛抱たまらんオープニングから、詳しい話は忘れましたが、どうもその女の子には弟がいて、自分の彼氏を含むグループに弟がリンチされて死んだので、愛憎相まって復讐劇に発展し、そこに出くわした純情な田舎娘が修羅場に巻き込まれ、一人の女になっていくサスペンスもの、という、映画の題名も俳優も全く覚えていませんが、とにかく冒頭の女の子の脱ぎっぷりが目にも止まらぬ猛スピードで、脱いだら真っ白なブラと真っ白なちょっとデカパン、というJK生下着みたいなのが逆に嫌らしかった…シャマードの第一印象は、何故かその映画のワンシーンのフラッシュバックでした。
そもそも、この香りにつけられた「シャマード」という名には二つ由来があり、ゲランブティックの腕に覚えのあるBAさんなら、定番で話すストーリーだと思いますが、①軍隊が降伏する際、激しく打ち鳴らす太鼓の音色:心が愛に降伏したときの、ハートが打ち震える瞬間を表現(ゲラン公式サイトより抜粋)②小説「熱い恋」(原題:La Chamade、フランソワーズ・サガン著、1965刊)のオマージュ、だそうで、確かに、シャマードのパルファムボトルは倒立させると脈打つハート(心臓)そのものですね。私のシャマード初体験は、冒頭の映画からだいぶ後ですが、「熱い恋」のあらすじは①リッチなナイスミドルとお付き合い中の30女と②上流階級のおばちゃんに囲われている若いイケメンが③ハイソなパーティか何かでそれぞれの連れとして出くわして④お世話になった恋人を捨てフォーリンラブ、ああ辛抱たまらん⑤諦めの悪いおっさんはいつまでも姉ちゃんを仏のように待ってるが、イケメンに捨てられたおばちゃんは恨み節全開、といういやーなお話で「なんだ、サガンは読んだことないけど、その直情っぷりはあの映画の高校生そのまんまだな!」と、改めて歴史に名を残すジャンポール・ゲラン(当時)の偉業にひれ伏す次第です。
シャマードの主軸は、ガルバナム・ヘディオン・ヒヤシンスの三本柱。アルデヒドを起爆剤に、当時最旬の合成香料で、エドモン・ルドニツカがオーソバージュ(1966)でがっつり盛った、ジャスミンのフレッシュな部分だけを凝縮したようなヘディオンの導火線に火が付き、ガルバナムの青々としたビターグリーンと球根系の強香をむんむん放つヒヤシンスを誘爆、そこに女を謳歌するようなローズやライラックが、第二の皮膚のようにまとわりつく生肌の香り-アンバーバニラとバルサミックなベースと共に炸裂する「花束爆弾」、それがシャマードです。ミドル以降、このグリーンフローラルとバルサミックなベースが混然一体となり、どこか花粉を指でこすったような脂っぽさを残しながら、とろけるように肌に馴染みます。この香り自体が引火性爆発物なので、あちこちで煽情的な誤爆誘爆が起こるのも無理がありません。それだけ、フレッシュなグリーンフローラルでいて直情的な勢いのある香りで、その破壊力はパルファムに至っては慣れないうちは香り酔いを起こすほどでした。戦後のゲランでシャマードが一番好きだと断言しますが、ぞっこんほれ込みながらも一番心地よく愛用したのはEDTでした。
さて、そんなシャマードも2010年代に入り、時の流れと共に使えなくなった香料の入れ替わりか、先日この特集の為に2016年バッチのEDTを購入し、手持ちの1997年バッチEDTと比較したところ、かなり水っぽくなっており、特にそこはかとなく漂っていた花粉の脂っぽさみたいなむちむちしたコクが失われ、ローファットな薄口シャマードになってしまいました。全体的に小物感が漂うのが残念で、発売当時品は試したことがありませんが、少なくとも1990年代のシャマードには爽やかな中にもまだまだリビドー炸裂のエロティシズムが健在でした。先日運よく劣化していない80年代ものシャマードEDTを試す機会がありましたが、手持ちの97年ものとかなり印象が近かったので、80年代~90年代物は大々的な処方変更はなかったのだと体感しました。一方パルファムは、21世紀品しか実装した事がありませんが、2002年バッチと2014年バッチを比較すると、2014年物はねっとりした花粉の脂っぽさが抑えられ、代わりに少しだけモダンなムスクの甘さが加わり、破壊力こそ減退していますが、むしろ相対的な美しさと付け心地は良くなっており、拡散力も控えめになり好印象でした。ただ持続はEDP程度、コストパフォーマンスはかなり下がっています。
Where she came from, and where she goes
シャマードのルーツはどこか、と考えると、自分の引き出しの中からは思い当たりません。シャマードには濃度違いがあるだけでドジョウもいないし、案外親もなく孤高の存在なのかもしれません。せいぜい、マ・グリフ(カルヴァン、1946)辺りになるのかとは思いますが、どうしてもマ・グリフを鼻祖というなら、シャマードは天才調香師の引き起こした突然変異、といって過言ではないと思います。
対して、明らかにシャマードをルーツとする香りはふたつ(厳密には3つ)あります。
時代順に
ウール・エクスキース(1984) アニック・グタール/イザベル・ドワイヤン調香
「繊細なシャマード」感情のほとばしりを極限まで抑えた、激情寸止め型グリーンフローラル
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パルファム・デルメス(1984) 日本人調香師、亀井明子(トロワシエム・オム、ミュールエムスク・コローニュ、オイエド他)とレイモン・シャイラン(ジバンシィIII、アナイス・アナイス、オピウム等)の共同調香
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ルージュ・エルメス(2000) パルファム・デルメスのリイシュー版、亀井明子再処方
ウール・エクスキースは上の過去記事をご参照いただき、パルファム・デルメスはルージュ・エルメスのオリジナル処方版ですので割愛します。
ルージュ・エルメスは、一言でいうと「気が荒いシャマード」。1980年代~1990年代後半バッチのシャマードによく似ていますが、練白粉っぽいパウダリー感とイランイランの催淫性が増幅され、あからさまに女を武器にしてこちらにつんのめってくる勢いがあり、そこが「淫靡であることに少しばかりの後ろめたさ」が見え隠れする淫翳礼讃なゲランの作風と、女が女で何が悪いと開き直るルージュ・エルメスの作風の違いだと思います。オードドワレですが体感的にはEDP以上の底力があり、とにかく香り持ちが良く、しかも気が荒いので「いい女なんだけど、俺には荷が重いんだよな」と、あんなに美人でスタイルも良く、さぞや高嶺の花の彼女をゲットしたと思いきや、ふったのは男の方なんだって?という、いつもお付き合いが長続きしない残念な美人がそばにいたら、世の中道を無言で説く好事例、と理解してください。
今、シャマードの現行品を入手するなら、断然パルファムをお勧めしますが、30mlで43,200円(2019年7月現在)とかなりの高額なので、おいそれと買える金額ではありません。20世紀のシャマードの力強い香り立ちが好きで、現行品の水っぽさに辟易していているが、パルファムは中々手が出ないという普通の金銭感覚の方には、ルージュ・エルメスはかなり近似値をマークしており、国内価格が20,952円(税込、2019年7月現在)とはいえ実売価格はその半額近いので、実益という面ではお勧めですが、シャマードは現在国内で限定店舗でしか販売されていない割には、かつてどこのゲランカウンターでも扱いのある一般品だったので、比較的新古品が入手しやすいため、はしごを外すようで申し訳ありませんが、私だったら根気よく20世紀バッチの未使用品EDTを探しますが、中々出物がない場合は、お金をためてシャマードのパルファムを買うか、ウール・エクスキースEDPを選びます。おりしも今年はシャマード生誕50周年、長年のファンも、これから好きになる方も、皆に幸あれ!