「シャマードはどこから来て、どこへ行くのか」
何十年も前、実家のテレビで昼間にやっていたフランス映画をたまたま観ました。
パリのリセに通う女の子が、寮に住む大学生と恋仲で、学校が終わると真っ先に彼氏の寮に向かい、部屋に入るなり制服を脱いで事に至る、という何とも辛抱たまらんオープニングから、詳しい話は忘れましたが、どうもその女の子には弟がいて、自分の彼氏を含むグループに弟がリンチされて死んだので、愛憎相まって復讐劇に発展し、そこに出くわした純情な田舎娘が修羅場に巻き込まれ、一人の女になっていくサスペンスもの、という、映画の題名も俳優も全く覚えていませんが、とにかく冒頭の女の子の脱ぎっぷりが目にも止まらぬ猛スピードで、脱いだら真っ白なブラと真っ白なちょっとデカパン、というJK生下着みたいなのが逆に嫌らしかった…シャマードの第一印象は、何故かその映画のワンシーンのフラッシュバックでした。
さて、そんなシャマードも2010年代に入り、時の流れと共に使えなくなった香料の入れ替わりか、先日この特集の為に2016年バッチのEDTを購入し、手持ちの1997年バッチEDTと比較したところ、かなり水っぽくなっており、特にそこはかとなく漂っていた花粉の脂っぽさみたいなむちむちしたコクが失われ、ローファットな薄口シャマードになってしまいました。全体的に小物感が漂うのが残念で、発売当時品は試したことがありませんが、少なくとも1990年代のシャマードには爽やかな中にもまだまだリビドー炸裂のエロティシズムが健在でした。先日運よく劣化していない80年代ものシャマードEDTを試す機会がありましたが、手持ちの97年ものとかなり印象が近かったので、80年代~90年代物は大々的な処方変更はなかったのだと体感しました。一方パルファムは、21世紀品しか実装した事がありませんが、2002年バッチと2014年バッチを比較すると、2014年物はねっとりした花粉の脂っぽさが抑えられ、代わりに少しだけモダンなムスクの甘さが加わり、破壊力こそ減退していますが、むしろ相対的な美しさと付け心地は良くなっており、拡散力も控えめになり好印象でした。ただ持続はEDP程度、コストパフォーマンスはかなり下がっています。
Where she came from, and where she goes
シャマードのルーツはどこか、と考えると、自分の引き出しの中からは思い当たりません。シャマードには濃度違いがあるだけでドジョウもいないし、案外親もなく孤高の存在なのかもしれません。せいぜい、マ・グリフ(カルヴァン、1946)辺りになるのかとは思いますが、どうしてもマ・グリフを鼻祖というなら、シャマードは天才調香師の引き起こした突然変異、といって過言ではないと思います。
対して、明らかにシャマードをルーツとする香りはふたつ(厳密には3つ)あります。
時代順に
ウール・エクスキース(1984) アニック・グタール/イザベル・ドワイヤン調香
「繊細なシャマード」感情のほとばしりを極限まで抑えた、激情寸止め型グリーンフローラル
↓
↓
パルファム・デルメス(1984) 日本人調香師、亀井明子(トロワシエム・オム、ミュールエムスク・コローニュ、オイエド他)とレイモン・シャイラン(ジバンシィIII、アナイス・アナイス、オピウム等)の共同調香
↓
ルージュ・エルメス(2000) パルファム・デルメスのリイシュー版、亀井明子再処方
ウール・エクスキースは上の過去記事をご参照いただき、パルファム・デルメスはルージュ・エルメスのオリジナル処方版ですので割愛します。


ルージュ・エルメスは、一言でいうと「気が荒いシャマード」。1980年代~1990年代後半バッチのシャマードによく似ていますが、練白粉っぽいパウダリー感とイランイランの催淫性が増幅され、あからさまに女を武器にしてこちらにつんのめってくる勢いがあり、そこが「淫靡であることに少しばかりの後ろめたさ」が見え隠れする淫翳礼讃なゲランの作風と、女が女で何が悪いと開き直るルージュ・エルメスの作風の違いだと思います。オードドワレですが体感的にはEDP以上の底力があり、とにかく香り持ちが良く、しかも気が荒いので「いい女なんだけど、俺には荷が重いんだよな」と、あんなに美人でスタイルも良く、さぞや高嶺の花の彼女をゲットしたと思いきや、ふったのは男の方なんだって?という、いつもお付き合いが長続きしない残念な美人がそばにいたら、世の中道を無言で説く好事例、と理解してください。