La Parfumerie Tanu

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L'Aimée (2020)

パルファムMDCIのペインターズ&パフューマーズシリーズ第2弾として、楽しみにしていたレディス2作が今春発売になりました。第1弾のメンズでも活躍した女性調香師、ナタリー・フェストエアとセシル・ザロキアンが手がけています。どちらも甲乙つけがたい、ノスタルジックなフローラルですが、まずはサンプルを一度試して即決ボトル購入に至った、レメーをご紹介します。

レメー(L’Aimée、英:The Beloved「愛する人」の意)がテーマとする絵画は、18世紀末から19世紀前半に活躍した新古典主義の巨匠、ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748-1825)の「エミリー・セリズィアールと息子の肖像」(1795、原題:Portrait d'Émilie Sériziat et son fils)。当時のフランス人富豪、ピエール・セリズィアールの妻・エミリーとその息子の、夏のある日の散歩帰りを描いたものですが、18世紀末フランス人富豪の風俗として良く出てくるご主人の肖像画の方が有名かもしれません。ジャック=ルイ・ダヴィッドは、ナポレオンの筆頭画家としても有名ですが、家族ものも多く、絵のモデルであるエミリーはダヴィッドの妻・シャルロットの姉妹で、この絵も要は義姉妹と甥っ子を描いた家族の肖像です。エミリーさんはこの肖像画が描かれたたった9年後、残念ながら40代でこの世を去ってしまうのですが、柔らかい笑顔のママンにきゅっと手を握ってもらいながら、こっちをドヤ顔でガン見しているこの坊やがまだ10歳かそこらで亡くなったのかと思うと、この柔和で満ち足りた面立ちがなんとも儚い夢のように思えます。

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歴史の教科書等で一度は見たことのあるナポレオンの肖像画「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」。かなり盛ってる感あり。マルメゾン城所蔵

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セリズイアール夫妻の肖像。奥様のエミリーさんと坊や(左)、ご主人のピエール氏。いずれも1795年、義弟にあたるジャック=ルイ・ダヴィッドが描き、現在ルーブル美術館所蔵

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ドヤ顔でガン見

調香はペインターズ&パフューマーズシリーズではメンズを2作、ロム・オー・ガンツとキュイール・キャバリエを手がけているナタリー・フェストエアで、香りとしては広義で言うとオロナイン系フローラル。香水史的に言えば、ケルクフルール(1912)からシャンダローム(1962)へ一気に流れて行くような広範な時代背景を持つ、クラシックなフローラルがルーツです。今、こういういい意味で昭和の身持ちの良いお母さんみたいな香りを敢えて出してくるのが、MDCIというブランドのにくいところで、かといって古臭くないのは香りの抜け感。1990年代に台頭した薄くて軽いシアー系フローラルとも違う、実はしっかりとしたボディがありながらふんわり雲のように香る、透過光をふんだんにはらんだ軽やかなリフト感は21世紀の作品ならではだと思います。ピーチやベリーなどが甘い香りを放つフルーツバスケットのそばで、朝露に濡れた草をちぎったようなグリーンを感じる明るいフルーティな立ち上がりから、どんどん肌に馴染んでいくスズラン・ローズ・ジャスミンの王道フレンチフローラルに、アイリス、ヘリオトロープとアンブレット、ホワイトムスクと間違いのない粉物応援団が脇を固めていますが、シフターにかけたら全部通り抜けてしまう程の軽やかな粉物感なため、肌のきめに馴染んですべすべした感触に落ち着き、あまりパウダリーに感じません。ベースのサンダルウッドやシダーウッド、オークモスのしっとりとしたウッディノートが土台にあり、バニラの甘さはいたって控えめ、柔らかく、細く長く香り、数時間も経つと肌の上でしか香らなくなるため、接近戦用におすすめです。けっして挑発的な香りではないので、オンタイムの勝負用には向きませんが、立ち上がりから消え入りまでが一貫して上品で、香りがぐずる事が一切なく、何度も使っているうちに自分の香りになってくれる柔軟性もあり、香水としては非常に完成度が高いと思います。ただし他の香水と比べ速いスピードで鼻が慣れやすい香りで、3,4日もするとだいぶ香りが物足りなく感じるため、気に入っても毎日これ1本という使い方はせず、メインに使うにしても合間に違う香りをローテーションして楽しんだ方が良いでしょう。

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レメー EDP 75ml ペインターズシリーズはこの75mlボトルのみ、シルクロードボトルはない

冒頭でオロナイン系フローラルとお伝えしましたが、オロナインは、きず薬。毎日毎日、ついては治り、治っては沁みる心のすり傷を優しく覆ってくれるような、この優しさがひたひたと心の細胞に満ちていき、今日も生きられた…と自然な眠気に感謝する、一つの香りにそこまで解釈するのは大袈裟かもしれませんが、レメーには、良い幼少期を送った人の不可侵領域を垣間見たような、圧倒的な優しさと温かさがあります。溢れる愛情ゆえに無防備な母の胸元へ飛び込んだ時、クリーム、口紅、香水の残り香、体温、抱きしめる腕の柔らかさー色々な香りが交じり合って、ひとつの「いい匂い」になった、それが何の匂いかはわからないけれど、食べ物以外の香りで最初に「いい匂い」と記憶する香りの原風景のような優しい匂いを香りへと昇華したようなレメー。5月の終りから、気が付くとこればかり使っているほど、今年上半期買って良かった香水ナンバーワンの座に輝きました。

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ママ、いい匂い…その記憶は一生頭の片隅に残る。それを美しい結晶にした香り、レメー





 

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