La Parfumerie Tanu

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The Undead : Houbigant 1 (from 1775-pre war)

Houbigant Launches Travel Sprays and Limited Editions in Time for the  Holidays! ~ Fragrance Newsはい、それでは後半に入ります。後半は、ウビガンを紹介します。年表もご参照ください。ムエットはチャプター3、9番から11番の3本になります。

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ホントに1925年刊行なのか?やけに新品臭がするウビガン150年史
この本は、ウビガン150周年記念に、1925年に発刊された社史の英語版です。なぜ今この150年史が、しかも英語版で、普通に手に入るのかわかりませんが、アメリカの古本屋で買いました。古いは古そうですが、とても100年近く前のものには見えないですよね。その本にまず登場するのが、ウビガン創業者、ジャン=フランソワ・ウビガン(写真右)です。1752年に生まれ、1775年、23歳でパリに香水店À la Corbeille de Fleursアラコルベイユドフルール開店、これがウビガンの創業となります。「花籠香水店」とウビガンは、マリー・アントワネット様お抱え調香師を賜ります。やっとブランド創業者イコールマリー様ご用達の人がやっと出てきました。公式サイトでは「マリー・アントワネットは、断頭台の梅雨に消える瞬間まで、おのれの心を励ますために、ウビガンの香水瓶を3本、常にポケットに入れていた」とあります。
 

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あれえ?さっきミコちゃんが、ギロチンかけられる前まで使っていたのは、ブラック・ジェイドだって言ってましたよね?おかしいなあ。しかもウビガンは3本も主張しています。ご本人に聞くのが一番なんですが、それは無理なんで、ここは公平を期して引き分けにしておきます。
 
19世紀に入ると、せっかくフランス革命を乗り切ったのに、1807年、ウビガンが55歳で急死してしまうんですよ。しかも妻はさっさと再婚、寂しいもんです。でもウビガン社は、息子のアルマン=ギュスターヴ・ウビガンと、妻の再婚相手、マニーさん共同経営することになり、社名をHoubigant-Magny(ウビガン-マニー)に変更し会社は順調に推移、1800年前半も多くの王室御用達を賜ります。ただし共同経営から10年後の1815年、この二人はフェリックス・シャルダンという人にウビガンの資産譲渡してしまいます。社名をウビガン-シャルダンに変更、社屋もシャルダンの名義になります。創業から40年で親族が会社を第三者に手放してしまうんですよ。世代交代が一番短命で、第三者の手に渡るのも一番早かったのがウビガンです。LTピヴェは50年以上、リュバンも46年で弟子や娘婿が継いでいますから、この辺も頭に入れて話を聞いてください。
 
フェリックス・シャルダンは、ウビガンを譲渡されて14年の1829年、娘婿のシャルル・ガビヨに資産移譲しますが、この代の人は安定経営しまして、約30年続きました。継いだのもシャルル・ガビヨの息子さんでしたが、息子は他の人と共同経営を行います。しかし、20年と持たずに(C.ガビヨの息子、P.ガビヨとドマンジェの共同経営開始するも、1879-1882の間に)息子と共同経営者は、経営から撤退してしまいます。皆さんがよく聞く経営者や調香師の名前は、ようやくここから出てきますが、公式サイトではまず出てこない共同経営者も現れます。
 
1879-1882年の間に、調香師であるポール・パルケが、ガビヨ家からウビガンを継承します。ポール・パルケ。ウビガンの歴史で、社名の次に有名な人ですね。ただし、この人は調香師なので、実際の資本や経営はユダヤ人資産家のジャヴァル家が掌握します。経営の裏にユダヤあり。シャネルもココ・シャネルの時代から、今に至るまで親会社はユダヤの富豪、ヴァルタイマー家ですよね。

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(左)ポール・パルケ (中)フジェール・ロワイヤル (右)ロベール・ビエナーメ すべてwikimedia commonsより

1880年頃から始まるポール・パルケとアルフレッド・ジャヴァルによるウビガンの共同経営では、合成香料による香水の製造を開始します。潤沢な資本で近代化に進むのは、LTピヴェと同じですが、合成香料を使った香水を作ったのは、ウビガンが17年も早く、1882年のフジェル・ロワイヤルで初の合成香料クマリン使用、それまでなかった、実在しいないシダの香りを香りにした、フゼア系というジャンルが出現します。ムエット9番ですね。これは2010年、ロジャ・ダブの音頭で鳴り物入りで復刻した現行品で、19世紀の香りが蘇った、と当時の香水業界ではたいそう話題になりました。ちょうどLPTがスタートした頃だったので、当時の私は何としてでも試したいと、ほどなくハロッズのロジャダヴの店まで見に行きましたけど、今ではディスカウンターの常連で、あっけないものです。香りとしても、まあ、フゼア系の元祖だけに、重厚なフゼア系の男物、以上。という感じですが、今回サンプルアトマイザーに入れましたので、ぜひ実装して歴史の香りを体感してください。ムエット10番は、同じポール・パルケが手掛けたパルファム・イデアルの20世紀半ばの復刻ものです。シックな戦前のオリエンタル・ウッディで、今さすがにこういう香調は出てきませんね。復刻希望リスト入りです。

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(左)フジェール・ロワイヤル(2010, ロドリゴ・フロール-ロー版)

(右)パルファム・イデアル(1896, ポール・パルケ作)

20世紀に入り、1912年、ウビガン社は次世代の調香師、ロベール・ビエナーメをヘッドハントします。ビエナーメも戦前の調香師としては、シャネル5番ノエルネスト・ボーに並んで有名な人ですが、この人の場合、ムエット11番のケルクフルールと、その後のエッセンスレア位しか知られていないので、意外に作品が後世に伝わっていません。一発屋の演歌歌手、しかもその一発がメガヒット、みたいな感じです。ケルクフルールは、ウビガン作品としては最も売れた有名な作品で、合成香料アルデヒドを初めて使った作品としても有名ですが、香りを嗅ぐに、アルデヒドがどこに効いてるかわかりませんね。
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ケルクフルール。(左)パルファム 15ml (右)EDP100ml
ただ、一度嗅ぐと、すぐにケルクフルールだとわかる個性の持ち主で、今回キャバレーのために、久しぶりに使いましたが、いやもう10数年前、初めて使ってクラシック香水の魅力に開眼したのもこの辺りで、正装感のあるクリーミーで濃厚なフローラルがくせになります。ビエナーメがヘッドハントされた4年後の1916年、パルケが60歳で亡くなり、パルケよりひとまわり若い当時50歳のビエナーメが、アルフレッド・ジャヴァルの息子、フェルナン・ジャヴァルと共同経営社になります。ユダヤのスポンサーも代替わりです。社名をジャヴァル・エ・ビエナーメ、その後ウビガンSAに変更するんですが、ビエナーメはさらなる野心を抱いたのか、23年ウビガンで働いた後、1935年独立します。ただ結果は鳴かず飛ばずだったようで、独立後の作品も名前が記録に残っているだけでした
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