La Parfumerie Tanu

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Jean Patou | postwar 1 : history of Jean Patou in Japan / WWII and the first change of in-house perfumer

後半は、ジャン・パトゥの戦後作品をご紹介します。日本にも本格的に上陸したのは戦後ではないかと思います。そこで、戦後編を始める前に、日本における戦後のジャン・パトゥの輸入販売の変遷をご紹介します。戦前の輸入については、力及ばず資料にたどり着けませんでした。何分古い話で、断片的な情報からの時系列化なので、間違いがあるかもしれませんので、ここが違うという点にお気づきの方は、LPTまでご連絡ください。
 
【ジャン・パトゥ 日本における販売の歴史】 

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1938-1950年流通のコフレ。サイズ感からして1/4オンスのパルファム3本セットと思われる。当時は香水と言えばパルファム、だったので、小さいサイズのパルファムが数点入ったコフレは各社ヴィンテージ品でよく見かける
①資生堂(~1963)ブルーベル・インターナショナルのジャン・パトゥ業務提携により取扱終了
これは、1938年から50年の間に日本でも販売されたコフレなんですが、1/4オンスの3本セットでしょうか。まあなんとも珍妙なラインナップ。アムールアムールはいいとして、コロニーとモマン・スプレームがセットですか?中身の減り具合が偏りそうですね。それは置いといて、このコフレは単品売りもあって、アムールアムールの瓶に「資生堂1300円」と輸入シールの値札が貼られたものを持っている、という方のお話を聞いて、初めて戦後、資生堂が輸入していたのを知りました。仮に戦後一息ついた1950年、昭和25年ごろにアムールアムールのパルファムが1300円だったとして、当時の国家公務員の初任給が4,223円、68年後の2018年、平成30年で185,200円ですから、今の価値でいうと57,000円くらいですよ。高っけえ。贅沢品ですね!
②ブルーベル・インターナショナル(1963~1976ごろ?)日本支社からブルーベル・ジャパン設立により取扱終了
資生堂の輸入は、1963年で終了して、次はブルーベル・インターナショナルがジャン・パトゥのアジア向け販売ライセンスを取得して輸入代理店になります。この会社、皆さんお馴染み、現在のブルーベル・ジャパンの前身です。ブルーベルは、筆頭株主が創業者一族の同族企業で、1948年フランスのカンヌに(ピーター・ゴーマンが)創業したブルーベル香水店が出発点です。現在は3代目が経営に携わっていて、親族がブルーベルがライセンスを持つブランドのCEOや社長職にもついています。日本では、アジア向け輸入業者として1954年にブルーベル インターナショナル(ファーイースト)SA日本支社設立、日本初出店として有楽町に香水店をオープンしました。その後日本法人として1976年10月9日ブルーベル・ジャパン株式会社設立、現在に至りますが、ジャン・パトゥ製品の輸入は、そこで終了して、次はリーベルマン・ウェルシュリーカンパニーが代理店になります。
③リーベルマン・ウェルシュリーカンパニー(1976ごろ?~1988ごろ?)同社が合併によりジャン・パトゥ取扱を終了
リーベルマン・ウェルシュリーカンパニー。戦後のヴィンテージ品を買ったことのある人なら、名前は聞いたことがあると思います。シャネルも日本法人が出来るまではリーベルマンが代理店でした。リーベルマン・ウェルシュリーカンパニーは、1912年、ヨハン・リーベルマンとエルンスト・ウェルシュリーが日本で創業したスイスの輸入貿易商社で、香水だけでなく高級腕時計とかスポーツウェアとか、いわゆる舶来品全般を扱っていて、ジャン・パトゥもその一つです。ただ、スイスの親会社が合併吸収を繰り返し、会社自体が1988年になくなって、ジャン・パトゥの輸入も終了。そこでバトンタッチしたのが、わかば、現在のインターモード川辺です。
④わかば(1988ごろ?~2001)ジャン・パトゥがP&Gに買収されて取扱終了
わかばが輸入代理店になってからのご記憶は、皆さんもあるんじゃないでしょうか。全国のデパート香水売場は、当時もわかばとブルーベルが二頭でした。ただし、わかば時代も2001年で終了します。これはジャン・パトゥが、それまでの家族経営から2001年、P&Gに買収され、P&G品のライセンスはブルーベル・ジャパンが持っていたからで、ライセンスの移行によるものです。
こうしてみると、一つの代理店にざっくり12年、干支が一周すると次の代理店に移っている感じですね。
⑤ブルーベル・ジャパン(2001~2011)ジャン・パトゥがP&GからSAデザイナーズ・パルファムズに買収されて取扱終了
再びブルーベルが取り扱う事になったジャン・パトゥは、親会社がP&Gにかわり、生産拠点の変更でメイドインUK製のジョイとかミルが登場しました。P&Gなんで、ベースはダブとかと一緒だと思いますが、新作はバスラインもきちんと登場して充実してました。但し、デパートの香水売場の先陣を切って大々的に売られていた記憶はなくて、2008-9年の池袋西武で、既にジョイのパルファムは取り寄せで、オードトワレだけが店員さんに言えばテスターを出してもらえる、という扱いでした。代理店がブルーベルに戻ってきてから10年後の2011年、今度は本国でジャン・パトゥがP&GからSAデザイナーズ・パルファムズに買収され、ライセンスが切れてしまい、一旦日本で終売してしまいます。
⑥ブルーベル・ジャパン(2014~2019)再上陸~ジャン・パトゥがLVMHに買収されて取扱終了
その後、ライセンス問題に決着がついて、再びブルーベルが扱いを始めたのが、2014年11月でした。今でもよく覚えているんですが、2014年の夏の終わり、再上陸の話を小耳にはさんで、日本橋三越の香水売場に行ったんですよ。その前に行った時は、1階化粧品売り場の真ん中に、ぐるっとカウンターがあって、結構幅を利かせていたのに、売り場面積が半分以下に縮小して、そこで「ジャン・パトゥ、またブルーベルさんが扱うんですってね」って店員さんに声を掛けたら、店内騒然としちゃって「聞いていません」って、真っ青になった一人がいきなり本社に電話をかけたり、販売員の笑顔が一斉に消えてしまったんですよ。悪いことしたなぁって思いました。店頭扱いは東京だと新宿伊勢丹のみ、他はテスターも置かず買うのを前提にお取り寄せと、下手なメゾンフレグランス以上に敷居が高く、既に何人も自由に手に取れるメジャーブランドとではなく「リピーターと、一部の好き者」相手の商売で戻ってきたので、ここ数年で香水に興味を持った方は、ジャン・パトゥを店頭で試したことがない、という方、多いと思います。そして再上陸から4年半、たいして人目に触れることなく、今年の3月末を持って終売となりました。
 
それではお待たせしました。戦後編を始めます。

 戦後1【終戦から2代目専属調香師への交代】アンリ・アルメラスからアンリ・ジボレへ
1 L'Heure Attendue (1946) EDT
2 L'Heure Attendue (2014) EDP 
3 Eau de Joy (1955)  
4 Câline (1964) P
 
1 L'Heure Attendue(1946) マ・コレクシオン版
2 L'Heure Attendue(2014) コレクシオン・エリタージュ版
香調(マ・コレクシオン版)
トップ:スズラン、ゼラニウム、ライラック
ミドル:イランイラン、ジャスミン、ローズ、オポポナックス
ベース:マイソールサンダルウッド、バニラ、パチュリ

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左からエリタージュ版、マ・コレクシオン版EDT75ml、1950年代流通のオリジナル版P、マ・コレクシオン版EDT50ml
ジャン・パトゥは戦前1940年まで新作を出した後は、戦況厳しくなる中、終戦まで新作の発売を待たざるを得ませんでした。日本では、終戦というと1945年8月15日ですが、ヨーロッパではその3か月前、5月8日の戦勝記念日になります。1946年に戦後初の作品として発売した香りにはルール・アタンデュー、「待ちわびた時」という、重みのある名がつけられました。
香りとしては、甘くじんわりと香る、いたって穏やかなオリエンタルよりのスイート・フローラルで、ライラックの青さとイランイランの甘さにコレクシオンのフローラル系全般に通じるオポポナックスのベースが支えとなって肌に馴染みます。開放された自由とは、馬鹿騒ぎのような高揚感ではなく、じんわりと温かみを感じる花々の香り、という解釈が「待ちわびた時」の真意を物語っています。アデュー・サジェスやノルマンディーにも雰囲気が似ていますが、ルール・アタンデューが一番甘く、深く穏やかで年齢層が高い気がします。エリタージュ版はもっと穏やかに、静かに幸せをかみしめているような、スイートフローラルに仕上がっています。

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オリジナル版パルファム。台座がボトルに癒着して外れないので、このまま保管しています。未開封品を個人所有者から譲っていただいたもので、1/4ほど揮発はしていたものの、開封した時はタイムマシンのように香りがフレッシュでした

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ルール・アタンデュー マ・コレクシオン版EDT75ml
このルール・アタンデュー、ムエット1番がマ・コレクシオン版、2番がエリタージュ版ですが、会場に、オリジナルのパルファム、1950年代のヴィンテージを持ってきてありますので、是非後で香り比べをしてみてください。オリジナル版は、マ・コレクシオン版よりも若干フルーティで、ジャスミンの生臭さやローズのほのかな酸味もきちんと感じ取る事ができます。勿論、脳内で補正はかけてくださいね、香料は劣化の他にもマセラシオン、熟成もありますので、トップが焼けている一方で、ベース香料はコクが増しています。ルール・アタンデューを持って、初代専属調香師、アンリ・アルメラスは引退、2代目のアンリ・ジボレにバトンタッチします。
 
3 Eau de Joy (1955)  

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右から2番目がオードジョイ。濃度違いではなく、実はジョイのドジョウでした
次はオードジョイです。オードジョイが出るまでは、ジョイはパルファムだけしかなかったんでしょうか、今フリマアプリで怒涛のように出ている「オードジョイ」というのは単純にジョイのオードトワレ版ではなくて、ジョイのドジョウ、つまり今でいうフランカーですね。処方も、アンリ・アルメラス版の濃度違いではなく、アンリ・ジボレが別物として処方したものです。濃度表示はなくて、あくまでオードジョイ。濃度でいうと近年品のオードパルファムにあたります。ジョイのオードトワレは別にあって、1990年代後半にジョイとジョイのオードトワレ、オードジョイを統合して、ジョイの3濃度展開になります。戦前編にお試しいただいたジョイのオードトワレよりもパンチが効いてるでしょ?パルファムと比べ、軽さを出すためにアルデヒド多めできりっとしたリフト感があるので、ジョイはパルファムだとジャスミンやローズのエキスが染み出すように香るから、気後れして使えない、という人もきっと当時からいたんだろうし、あと価格も下げていろんな意味で使いやすくしたのがこのオードジョイです。戦後、ジョイと2本立てで1990年代後半まで長らく販売されましたので、オードジョイもコンディションの良い未使用、未開封品がざっくざくフリマアプリで二束三文で投げ売りされていますので、クラシック香水の入門編にはピッタリです。個人的には、ジョイよりオードジョイの方が気楽でいいですね。
 
4 Câline (1964) P
香調:フローラル・フレッシュ
トップ:グリーン、アルデヒド、ミモザ、マンダリン、ベルガモット、バジル
ミドル:イリス、オレンジブロッサム、パチュリ、モス、コリアンダー
ベース:ムスク、アンバー 

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「抱きしめたくなる香り」キュ~♡

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キャリーヌ オリジナル版パルファム15ml、マ・コレクシオン版EDT50ml、同75ml
ルール・アタンデューの後、戦後パトウの大ヒットとなったキャリーヌ(1964)が続きます。キャリーヌは「ティーンエイジャーが初めて選ぶ本格的な香り」と言われて登場しました。キャチコピーは「La Parfum Tandre~抱きしめたくなる香り」。う~ん、たまらん!その通り、パトウとしては若年層をもターゲットにすえたキュートな香りで、まあ今嗅ぐと、ティーンエイジャーには勿体ないですね!広告にも60年代の恋するフランス人形みたいな人が映っています。お試しいただいているのは1970年代前半のオリジナル版です。大変人気だったので、マ・コレクシオンにも復刻ではなくスライドで収録され、その後も単発で生産が続いていた香りで、1990年代に免税店などで販売されていたジャン・パトゥのミニボトルのコフレに、1992年に発売されたスブリームと一緒に、キャリーヌも入っていたので、多分P&Gに買収されるまではロングランで販売されていたんだと思います。キャリーヌのライト版、オードキャリーヌも登場しました。

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キャリーヌ オリジナル版パルファム15ml 内箱のキュートなベビーブルーが抱きしめたい感そのもの。キャバレーでも「かわいい!」の声が次々にあがりました
オードジョイ、キャリーヌを手掛けた2代目調香師、アンリ・ジボレは、戦後活躍した方で、代表作はなんといってもリュバンのジン・フィズ。プチプチはじけるようなジン・フィズのイメージのフレッシュな香りで、18世紀から続く老舗中の老舗、リュバンが20世紀でもまだまだ行けるを確定したようなヒット作を手掛け、パトゥでもオードジョイ、キャリーヌで明るい戦後を約束しましたが、1966年、55歳で急死してしまいます。そこで急遽3代目調香師として白羽の矢が立ったのが、3代目調香師、ジャン・ケルレオです。
 
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