シェリガンの全点踏破レビューをお楽しみいただいた後は、シェリガンCEOルック・ガブリエルさんのインタビューをお届けいたします。
ルック まず、ブランド名に惹かれたんだ。そしてその歴史が気に入ったんだ、チャンスやパリジェンヌという香りをシャネルやYSLに先駆けて作っていたりね。そして私自身、アールデコ時代の大ファンなんだけど、アールデコはアート、創造性、自由、建築が融合しているユニークな時空間で、しかもなんと自分の出身地であるパリに一点集中しているんだ。フルール・ド・タバは、クオリティの高さが桁外れだとか書かれているレビューをいくつも目にしたもんだから、世界中探し回ってオリジナルボトルを手に入れたんだけど、これがもうホントすごくて吹っ飛んだ。それで、ブランドを復興させる事に決めたんだよ。
ルック もちろん、歴史的名香を甦らせるんだ。オリジナル作品の技術的分析が必要だし、当時の香料と同じものは何一つ手に入らないんだ。現代の香料規制に則した原料で処方するにしても、1930年代当時と現代の嗜好も全く違うわけだから、今の感覚で同じ体感になるよう微調整もしなくちゃならない。それと同時にオリジナルへのリスペクトも忘れてはいけない、誠実に再現すべきだ。そうなると、二つの大きな落とし穴が口をパックリ開けて待っているーひとつは「古臭い、埃っぽい、パウダリーすぎる、おばあちゃんの香水」を作り上げてしまうか「モダンすぎて1930年代とは何の接点も感じられない香り」ができてしまうか。これは本当にトリッキーで、難しい課題だったよ。あとは、ブランドの強さや、アールデコのインスピレーションを、パッケージデザインや色、そして品質にしっかりと反映させたよ。
ーLPT的には、巨大な落とし穴の前者は大歓迎ですけどね。復刻版のフルール・ド・タバは、現代の香料規制をクリアしてなお、リアルおばあちゃんの若い頃、堂々出現!みたいな素敵な時代錯誤感に溢れていて、私は大好きです。香りからおばあちゃんが見えるのではなくて、おばあちゃんのスーパーイケてる若い頃が、4K解像度で視える所が素晴らしい。それでは、シェリガンは、どんな会社だったのですか。何か面白いエピソードがあったら教えてください。
ルック シェリガンは1929年、パリのシャンゼリゼで創業したんだが、創業者についてははっきりしていないんだ。当時フランスにやってきたチェコ系移民のポラチェクという男性が興したという話だ。でも、法的文書を見ると、名前こそ出さないが、実際の操業はフランス人の家族が運営していた会社だったようだ。それと、これも一般的には知られていないが、シェリガンはチャンス(現在シャネルより発売)、パリジェンヌ(現在YSLより発売)という名の香水の「生みの親」でもあったんだ。
ーまあ「チャンス」も「パリジェンヌ」も一般名詞ですから、中々それ、うちのだ!とは言いづらいにしても、チャンスやパリジェンヌが発売された時、シェリガンの創業者は鬼籍で歯軋りだったですかね…。
ルック あと、シェリガンはキューバのハバナに拠点を構えた最初のブランドだったんだよ。当時のハバナは、今のモナコやイビザみたいな、パリピの集まるホットな場所だったんだ。
ルック その二つが気に入ったということは、君は香水のエキスパートだね!
ーええっ?!それは光栄です。
ルック 香水のエキスパートは、みんなフルール・ド・タバとアイリス・コーヒーを絶賛するんだよ。このふたつの香りに込められている驚異的な調香技術、複雑な構造と個性的なシャージュの魅力がわかるのは、玄人の証拠だね。シェリガンのベストセラーはラヴァーズ・イン・ピンクで、フルール・ド・タバは売上第3位、アイリス・コーヒーは第4位なんだよ。私自身は、どれが一番好きとかいうのはなくて、たくさんの香りを取っ替え引っ替え試しているんだ。
ーところで新作シリーズ、レ・ザンスピラシオンのエド・パークは、金木犀をキーノートに用いて、ヨーロッパから見た日本文化をテーマにしているそうですが、実際に日本へは来たことがあって、その印象で作られたのでしょうか。確かに、金木犀は日本では9月の終わりに一斉に香る、秋を象徴する香りです。
ルック 日本へは数回行った事があるよ、主に東京、大阪、京都だけどね。多くのフランス人と同じく、君の国には様々な面でゾッコンなんだ。10月初旬の東京で、公園を散歩しているとふわっと香ってくる金木犀、それは魅力的だよ。パワフルだよね、世界中どこを探したって、こんないい香りがする街はどこにもないよ。ほんのりアプリコットとホワイトレザーの繊細なコンビネーションなんて驚異的だし、私のお気に入りのひとつなんだよ。それと、アールヌーボー後期からアールデコへシフトしていく時代は、線の描き方や流線型の視環境、色や空間の使い方に至るまで、1930年代の日本の芸術家から、信じられない程の影響を受けているんだ。
ーそんなに東京の金木犀を熱く語ってくださって、金木犀好きな私としてはとても嬉しいです。また浮世絵が印象派に影響を与えたのは有名ですが、1930年代、つまり昭和初期のアートは色濃くアールデコに影響されていますので、今っぽく言うなら「相互フォロー」ってところですかね。
ルック ザ・タッチは、伝統と現代性が見事に融合している。これぞシェリガンの真骨頂、なぜなら当時のシェリガンは超モダンな世界に誕生した、超モダンなブランドだったからだ。この現代技術で、当時の生き方や感覚を取り戻したいと思っているよ。一方、サンプルカードなんだけど、面白いだろ?でもちょっと難しかったかな、使い方をちゃんと読まない人が多くてね、どうやって使うかわからないって言うユーザーがいるんだよ、大抵は西洋人だけどね。
ーえっ、サンプルカードって「タブを引きあげ」「真ん中を押す」それだけじゃないですか。バカですねえ。閑話休題、シェリガンの価格帯は、パルファム100mlで€135から、タッチ15mlで€55からと、比較的手に取りやすい良心的な価格帯でスタートしていますが、現在の高止まりなニッチ系香水市場についてどう思いますか。
ルック はっきり言って狂ってるね。問題は、マーケットが年々拡大し、どんどん価格が上がる一方で、原料費はあまり変わってなかったんだ。ユーザーはよりエクスクルーシヴな香水を欲しがるし、そのためなら相応の対価を払ってもいいという風潮になった。原価は安い、掛け率は低い、ブランドだけでなく代理店や販売店もボロ儲けだよ。でも、今やブランドはインフレに呑み込まれ、自分たちの首を絞めるような価格にまで釣り上げ、客離れが起きるだろう。だから私は、価格設定に対し、明確な選択をしたんだ。新作シリーズのレ・ザンスピラシヨンは手に取りやすい価格で素晴らしい品質のパルファム・エクストレにした。復刻シリーズのレ・ジコニークは高めに設定したけれど、この先見直す可能性もある。この価格を維持できるのは、ひとえに代理店を通さず取引店への直販体制に重きを置いているおかげだよ。
ー代理店は、過剰在庫のブラックマーケット横流しなど問題も多く聞きますよね。直販体制重視も重要ですが、シェリガンの公式サイトは、世界発送対応ですし、かなりの多言語表記にも取り込んでいて、販売店がない国でもすでに上陸済みたいな勢いがありますよね。再び話は香水に戻って、シェリガンは、作品に関わった調香師を開示していません。近年発売される香水は、どの調香師が手がけるかで、人気にも影響してくる風潮があります。ディファレント・カンパニーでは、対照的に調香師ありきの作品になっています。敢えて開示しない理由は何ですか。
ルック 確かに君のいう通りだ。でも、香水史を振り返って、1930年代や今のニッチ市場が生まれる前は、調香師の事なんて誰も気にしてなかったんだよ。私は、当時のスピリットで行こうと思ったんだ。シェリガンは、素晴らしい調香師たちとタッグを組んでいるけれど、彼らに私のアイデアを納得してもらえるかどうか尋ねたんだ。もちろん大賛成だったよ!PRツアーもしない、ジャーナリストのインタビューもない、SNSでジャッジされる事もない、彼らはブランドと紐付けされるというリスクを冒す事なくクリエイトできるという、新しい自由を手に入れたんだ。
ー香水愛が高じると、つい「調香師しばり」的に作品を発掘しようとしがちになりますが、作り手にとっては迷惑な話なんですね。耳の痛い話です。調香といえば、シェリガン作品には天然由来の素材(natural ingredients)を90%以上使用していますが、現在、IFRAがどんどん天然香料の使用制限を増やし、多くの作品が使用できない原料が出てきて廃番や大幅な処方変更を余儀なくされ、いずれローズもジャスミンも自由に使えなくなる時代がくると言われている中、なぜ天然素材にこだわるのですか。
ルック 香水は、ナチュラルであると言うだけでなく、安全であると言う事がどんどん重要になってきている。それが今の消費者が必要としているものだから、ブランドもニーズに従うというのが、現代を象徴している側面のひとつだ。シェリガンは、ISO規格の認証を受けているシェリガンの作品を手がけるのは、調香師にとって大きな制約が生じる。コスト面においても厳しい道だよ。
ーおっしゃる通りです。個人的には、香料アレルギーやIFRA規制は、不安ビジネスの延長だと思っています。ただ、天然香料は近年高騰しており、天然素材を多用する事で価格に転嫁しているブランドも多い中、どのように良心的な価格帯を維持しているのですか。
ルック さっきも話したけど、極力中間業者を通さず、ユーザーへ直接届ける直販体制に注力しているからだ。代理店や販売店のマージンは凄まじいからね、結局ユーザーが払うお金の大半は販売網に流れていっているんだよ。
ーありがたいような、恐ろしいようなお話を聞いてしまいました。さて、過去のブランドを復興させるのは、ある意味メゾンフレグランスブランドの世界では2000年代後半より2010年代半ばまでビジネストレンドの1つでしたが(グロスミス、オリザ・ルイ・ルグラン、ルガリオン、ヴィオレなど)、2021年に復興のシェリガンは、ある意味後発と言えます。先行の復刻系ブランドと復興シェリガンの一番の違いは何だと思いますか。
ルック シェリガンは、アールデコ特化型のブランドだと言うことだ。他ブランドの活動期間は、すべてシェリガンより長いスパンをカバーしている。アールデコに特化することで、香りやデザインに歴史上唯一無二の、この時代ならではのスピリットをこめることが出来るんだ。
ーアールデコ特化型!すごいワードが飛び出しました。現時点でLPT上半期流行語大賞です。1日も早く、日本に来て欲しいものです…。そういえばリュックさんの運営するディファレント・カンパニーは、既に2008年より日本で代理店があり、全国で販売されています。同じ輸入代理店(フォルテ)を通して、日本上陸する予定はありますか?
ルック フォルテが取り扱う予定はないんだけれど、ノーズショップや他のキュレーションがしっかりした小売店などに是非シェリガンを扱って欲しいね。パルファム・エキストレは、常々日本人の嗜好には合わないと言われ続けているけど、エド・パークやフルール・ド・タバ、アイリス・コーヒーを試してくれたら、そんなことはないとわかってもらえるはずだよ。
ー今、日本でも軽い香りばかりが人気、という牙城が崩れつつあるので、濃度でNGってことは、もはやないと思いますよ。一方で、クラシックブランドが、次々に自社の歴史的作品を廃番にしています。例えば、ディオールはジャン・パトゥを買収した後、全コレクションを廃番にして、ジョイという名義だけ残したり、ゲランは昨年大幅にパルファムを廃番にして、現在はシャリマー30mlしか残っていません。歴史的ブランドが、全く自らのアーカイヴを大事にしない現状を、古き良き時代の香りを今に蘇らせるシェリガンのオーナーとして、どのように思われますか。
ルック 私は、せっかく時間と費用をかけて、歴史あるブランドを買収したり、復興したりするのであれば、そのブランドの精神や、製品をできる限り残していくべきだと思う。私には、ジャン・パトゥを買収した後、全ての香水を廃番にして、JOYという香水界の神話のような名前を、よそのブランドの香水名に使用するなどという愚行が理解できないね。
ーいやいや、おっしゃる通りです。それではインタビューもそろそろ終わりに近づいてきましたので、今後のシェリガンの制作予定を教えてください。
ルック シェリガンは、2021年のスタートから既にヨーロッパや中東では結構成功しているんだ。最近では、ロンドンの老舗ニッチ香水店、Les Senteursでの取扱が始まったよ。新作としては、レ・ザンスピラシヨンからは今年の5月にフィエスタ・ハバナを、レ・ジコニークからは今年の6月にブリュ・アンペリアルを限定販売するんだ。
ー既に上半期、新作が2点控えているんですね!これは楽しみです。是非またLPTでも紹介させてください。それでは最後に、今迄ご自身が愛用した香りがあったら教えて下さい。LPTはクラシック香水、モダンクラシック香水を中心に紹介しているブログですが、好きなクラシック香水やブランドがあったら教えてください。
ルック 世界中の多くの人と同じように、最初の記憶は父と母の香りだね。父はオー・ソヴァージュ、 母はレールデュタンだったよ。
ールックさん、今回はロングインタビューにお答えくださり、ありがとうございました。
参考文献:
Interview with Luc Gabriel, artistic director of The Different Company– H Parfums
取材協力:シェリガンチーム、ルック・ガブリエル