La Parfumerie Tanu

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Pagan (1967*), originally by Picot & now by Mayfair

ドラッグストア系場外香水の隠れた逸品、ペイガンの来歴

イギリスには今回ご紹介したヤードリーやペンハリガン、フローリスなど現存する王室御用達の老舗パフューマリーは勿論、グロスミスなど一度は消滅したものの敏腕コンサルタントの後押しで復活したブランドもありますが、もとのメーカーが買収後消滅し、人気のあった香水だけが製造元を転々としながら生き長らえているケースもあります。今回ご紹介するピコ・ラボラトリーズと代表作ペイガンもそのひとつで、ペイガンは現在英国ドラッグストア系場外香水として市販薬やトイレタリーを扱うオンラインショップで見かける以外は殆ど市場には出回っていませんが、1967年の発売*以来、実は一度も廃番になっていません。

ピコ・ラボラトリーズは1940年代から香水を製造していたメーカーですが、香水が高度成長期に向かい工業製品化していく中、本格的な香水メーカーの生き残りとして評価が高く、天然香料を多用した高品質の香水を丁寧に販売していましたが、1970年代にはいりスコット・ブラウン**に買収され、しかもあっという間にビーチャム***へ転売、ビーチャム社もピコの2大看板商品のペイガンとペイガンマンをジョーバン****に販売権を移譲、ジョーバンがレンセリック*****名義で販売し、ピコ・ラボラトリーズは消滅しました。

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今となっては超プチプラ香水、ペイガン。迫力はお値段以上、それ以上

 
「ペイガンは恋人たちの香り。その気じゃないならつけないで」
 
‘Pagan is for lovers. Don’t wear it if you’re bluffing.’(「ペイガンは恋人たちの香り。その気じゃないならつけないで」)のキャッチコピーで世に出たペイガンは、このように大人の事情で親元を転々としながらも逞しく生き残り、現在メイフェア******が販売していますが、女性が自立へ向け主張していくグリーン・フローラルの香調が台頭してきた1967年の販売当時でも相当クラシックに思えたであろう、戦前からあったと言っても疑いの余地が無いパウダリーなオリエンタルフローラルで、プチグレンやベルガモットの青みを帯びた爽やかなシトラスにラベンダーが立ち上がった後は、じわじわとカーネーションのクローブ香をかさねたアイリスとゼラニウムが重量感のあるアンバーと乾いたパウダリーなムスクやバニラに包まれ、どっしりとした粉質のオリエンタルフローラルへとまとまり、戦前クラシック香水のようにじわじわ、ふんふんと香ります。60年代後半の時流に真っ向背を向けた、古きよき時代のかほりといった風情がたまりません。もとは良い香料で作られていても、買収で処方が売られるとたいていの場合品質が低下し、昔の名前に傷がつく亡骸のような安い香りになるのがお決まりのクラシック香水ですが、確かに注意深く嗅ぐと素材の粗さが見え隠れし、高級感と言う点では手放しに賛同はできないにしても、タイムマシン級のクラシック感と実用に充分耐えうる品質を保持している言う意味では非常に「当たり」な場外香水のペイガン。ここ日本ではかろうじてeBay.co.ukに出品しているストアで購入が可能ですが、もし英国のドラッグストアで見かけたら迷わずお求めになることをお勧めします。100mlサイズのオーデコロンと3mlパルファムが現行商品として流通しており、しかも双方1本当たり£6(≒1,100円)程度と非常にアフォーダブルで、何よりパルファムがあるのはクラシック香水ファンには嬉しい魅力です。 
日本では入手困難なペイガンですが、その出会いは今回英国地方薬局取材で大変お世話になったウィットネル夫妻とのご縁にさかのぼります。お二人とどうやって知り合ったかは、8.香水は素敵な出会いを呼ぶ/4.おじいちゃんに会いたい(http://lpt.hateblo.jp/entry/2013/12/21/180000)にてお話したとおりですが、その中で「本人には定番の香りがあり・・・」のくだりで登場する「香り」こそがペイガンでした。入札時のメールで「最近ではさっぱり店頭で見かけなくなって、ペイガンしか使わない家内が困っている」と仰っていたのですが、英国のオンラインショップを探したところ簡単に見つかったので、落札時、複数入札を早期終了していただいた上に送料まで無料で発送して下さったお礼にパルファムとオーデコロンを数本注文し、直接ショップからご自宅へ発送したところ「昔の香りと変わってない」と大変喜んで下さいました。しかし英国発送しかしないオンラインショップだったため、自分用には購入できず、どんな香りかは当時わからずじまいでした。 
その後、数え切れないメールのやり取りと、東日本大震災後から始まった毎週末のスカイプを通じお二人に会いに行くことを決め、2012年から足を運ぶようになりました。2度目にお会いした2014年、滞在中バクストンのオペラハウスにお連れ下さるとの事で、観劇の際は盛装するのが礼儀なので、持参したドレスとパンプスに着替えて階下に降りたら、それまでお宅の中で嗅いだことの無い、5番とシャリマーのパウダリーな部分を併せ持ち、クローブ香を重ねたような、えもいわれぬ重厚でクラシックな美しいパウダリーノートが鼻に飛び込んできました。香りの主は真っ赤なスーツに着替え、きちんとお化粧をしたおばあちゃんで、私が2009年に送ったペイガンをまとっていたのです。「おばあちゃん、すごくいい香り、私大好き」「そう?私も大好きよ」「それ、ひょっとしてペイガン?」「そう。今の流行とぜんぜん違うでしょ?重くて、甘くて、パウダリーで・・・でも、そこがいいのよね。私、これしか使わないの。もう何十年も」とても1本1,000円ちょっとの香りとは思えない、歴史を感じさせる深くて包容力のある香りに衝撃を受け、また何よりもお似合いで、オペラハウスで終始隣の席から香るおばあちゃんのペイガンが、もう美しくて心地よくて、香水ってこんなにいいものか、どんなに高級な香水よりも、自分が好きな香水が一番いいんだ、相手を幸せにする事だってあるんだという事をまざまざと体感した一日でした。その後入手したペイガンを、ここ日本でつけてみましたが、いい香りでも英国で嗅いだあの妙香とまでには至らず、香水は時と人と場所を選び、最高の輝きを放つものだという事も実感しました。ペイガンはおばあちゃんが一番、私は二番。それでいいんです。

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おじいちゃんとお付き合いする前、独身時代のおばあちゃん(1950年代後半)。右の男性、レジナルドさんはその後おばあちゃんの親友とゴールインしましたが、結婚後1年半、30歳の時に喘息で亡くなったそうです

 
*1967年の発売:香水年表などでは何を見ても1967年発売となっていますが、何より60年以上使っている当のご本人であるおばあちゃんが「私、10代後半から使ってるんだけど」「少なくとも結婚前から使ってるし・・・1967年発売っていったら私、33歳だもの。それはありえないわ」と断言する所を見ると、おそらくペイガンは元々あった香りで、1967年はメンズを加えてリローンチした年ではないかと思われます。だったらこのどクラシック香にも多少納得がいくというものです。
**スコット・ブラウン:19世紀にアメリカで創業した製薬会社、肝油で有名。
***ビーチャム:英大手製薬会社、現在のグラクソ・スミスクライン。日本ではポリデントで有名。
****ジョーバン:ジョーバンムスク(1972)で一世風靡したアフォーダブル系ブランド。1996年コティが買収。
*****レンセリック:19世紀フランスにて創業し、英国でも成功した香水メーカー、代表作はブーツの回で紹介したツイード。現在は南アフリカの会社、インディゴ傘下。
******メイフェア:レンセリックブランドで販売していた商品を引き継いだ英国のチープコスメメーカー。
 
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