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Cherigan review 1 | Fleurs de Tabac (1929/2021), Iris Coffee, Or des Iles (both 2021)

Cherigan Paris The Review - LPT proudly presents
シェリガン・パリ。熱心なLPT読者なら、昨秋から散発的に目と鼻で見聞きしたブランド名だと思います。1929年にチェコ移民の創業者がフランスで起業し1960年代に消滅後、約60年後の2021年に復活したフランスのブランドで、これまでLPTが紹介してきた復興系ブランドの中では最も活動期間が短い会社でもあります。前世では、創業後にキューバの代理店が偽物で儲けたり、名前が似ているとシャネルやコティに訴訟を起こされたり、常に争いと隣り合わせだった薄幸なブランドでもありました。新生シェリガンは、100年前の最先端だったムードをパルファム濃度の香水で今に伝えるだけでなく、適正価格で90%~99%天然原料で作るという最旬の二律背反を実現している、LPT要注目の復興ブランドです。
復興シェリガンの100mlボトル。香りのイメージを2色ガラスで表現
シェリガンは現存期間が30年弱と短く、世に出た作品の種類もあまり多くなく、1960年代に消滅するまでのヒット作が数点しかありません。復興シェリガンは、過去作のリイシューシリーズであるレ・ジコニークを1作、シェリガンが栄華を極めたアールデコ時代にインスパイアされた新作シリーズ、レ・ザンスピラシヨンに6作と、二系統の7作でスタートしました。いずれも香水の黄金時代に敬意を表し、パルファム・エクストレ濃度1種類ですが、現代のニーズにチューンナップして、パルファム濃度といってもしっかり目のEDPをスプレーするくらいの量で気持ちよく香ります。
2023年の私達にとって、狂騒の1920年代は100年前。ですが100年前のパリは、革新の時代でした。ちょっと前に第一次世界大戦とスペイン風邪の流行が終わり、女性の社会進出も一気に進み、新しい物好きなはっちゃけた人たちで溢れていた―そんな「当時の最先端」を復興シェリガンは最も意識していて、単なるリバイバルだけでなく、21世紀の最先端技術としてパースタイプのボトル、ザ・タッチを開発。1cmほどのガラス管をスクリューキャップに仕込み、キャップをひねって開けるとポンプからガラス管に適量の香水が吸いこまれ、文字通り香水をつけたいところにタッチする、往年のタッチスティック付フラコンとアトマイザーのいいとこどりのボトルには刮目しました。
左)ザ・タッチのキャップ 右)ガラス管にたまった香水をタッチアップする
ザ・タッチの全体像。スクリューキャップ1回転で4-5か所に点付けできる量がガラス管に
吸い取られます。お試しに丁度いい15ml

また、シェリガンはサンプリングサービスとしてサンプルアトマイザーではなく、紙タイプのパウチ(写真左)を採用。スプレー口を引き上げて本体を押すと、アトマイザーのようにはいきませんが、香りが確認できる程度のミストが吐出され、1回のパウチで数回使用できるので、1パウチでお試し1回分という量です。これも世界を視野に入れた危険物扱いの香水を世界発送するための物流対策なのか、サンプルひとつにも新しい技術が採用されています。

シェリガンのサンプル使用法。
写真左①上のタブを引き上げる(左:引き上げる前、右:引き上げた状態)
写真右②真ん中の「PRESS」マークを’勢いよく’プッシュする。
数回使えますが、その都度タブを押込み→引上げてからプッシュしないとミストが出ません
【LES ICONIQUES|レ・ジコニーク】

 

Fleurs de Tabac 
フルール・ド・タバ 90%天然由来原料使用

復興系もそろそろ出尽くしたかな…と思っていた2022年前半、とりあえず挨拶代わりにザ・タッチを購入したら、ミイラ取りが激しいミイラになってしまい、CEOにインタビューを取るまでに至った張本人、フルール・ド・タバ。タバコノートを主軸にした歴史的名香といえば、キャロンのタバブロン(1919)。またタバコの香りづけ香料から香水に成長したアバニタ(1921)が先達として存在しますし、当時としても決してタバコモチーフは珍しくなかったかもしれませんが、前世シェリガンの屋台骨として、類似品も多数出回り、広告も多数残っている戦前のヒット作です。オリジナル版との比較はできませんが、復刻版は戦前の名香がお好きな方なら誰しも頷くクラシック感に溢れるパウダリーなフローラルブーケで、タバコっぽさはほとんど感じず、ましてやアイリス勝ちなパウダリータバコの筆頭、アイリス・ナザレナにみられるシケモク感はゼロ。むしろ「狂騒の20年代」を象徴するキャバレーの楽屋裏にうごめく、1920年代の女性にとって最旬アイテムであるタバコを片手に、化粧や着替えにいそしむダンサー達がふりまく香気ー流行りの香水に白粉、香料のたっぷり入ったリップスティックの脂甘さを放つ口元、化粧道具が並んだ鏡台に染み付いた様々な「忘れられない匂い」を凝縮したように香ります。

フルール・ド・タバ ザ・タッチ P 15ml

フルール・ド・タバも、ベルガモットに始まり、ローズ・ジャスミン・アイリスを主軸にベチバー、シダーウッド、ムスク、サンダルウッド…と、書けば書くほど、シャネル5番を鼻祖とする戦前フローラルアルデヒド系香水の王道構成になっていますが、キリっと輪郭がうかぶアルデヒドのリフトをマイナスし、マットな粉物感を大幅アップ。王道構成については、5番の場合、時代によってはベースのシベットやウッディ要素が太く出るパルファムではなく、一番パウダリーなジャック・ポルジュ作EDP(1986)が参考になると思います。

昔の香りを現代のテイストへ親和性を高め、今の香りとしても通用するように再編成したはずが、オーナーのシェリガン愛が強すぎて、かなりクラシックな仕上がりになったフルール・ド・タバ。おばあちゃんの香りではなく、そのおばあちゃんがバリバリ現役でブイブイ言わせていた(死語)プライムタイムの姿が3Dで目に浮かぶ、誕生した時代とその作品に敬意を表し、現代の技術で可能な限り丁寧に蘇生するというブランドの意気込みが伝わってくる秀作です。
フルール・ド・タバ P 100ml / ここまで接近してプカプカしたら身体に悪そうですね
【LES INSPIRATIONS|レ・ザンスピラシヨン】
 
Iris Coffee(The Unconventional Indexより再録・加筆)
アイリス・コーヒー 90%天然由来原料使用
このアイリス・コーヒーのテーマは、1930年代、ヨーロッパ⇔ニューヨーク大西洋を横断する大型水上飛行機、クリッパーの搭乗客にふるまわれたアイリッシュ・コーヒー。アイリスとアイリッシュをひっかけ、コーヒー風味のホットなアイリスにカルダモンを爆盛りしたスパイシーなパウダリーフローラルで、立ち上がりはあまりのカルダモン爆弾に何の香りかわからないほどですが、コートの襟元が体温でじわじわ温められていくように、アイリスが冷涼にならずトンカビーンとムスクの柔らかい甘さに溶け込み、それはそれは心地よく肌になじみます。本当に寒い時、ウイスキー入りのホイップコーヒーなどサービスでいただいたら、五臓六腑に染み渡り「あれ、美味しかったなあ…」と生涯思い出す、一番温まったのは心かも。よくあるアイリス系香水とはどこか違うのは、このコーヒーの温かさが香りに込められているから。なおコーヒー香は控えめです。
シェリガンは2021年の復興に向け、初出7作品をじっくり丁寧に準備している間、アイリス・コーヒーは2019年に完成していたにも関わらず、ほぼ同じコンセプトでゲランにイリス・トレフィエ(2020)を1年先に出されてしまい、実際は大して似てもいないのにゲランの二番煎じみたいに言われてしまい、前世の業がチラつくのは気がかりですが、2022年下半期本当に買ってよかった1本。フルール・ド・タバと共に、現時点でシェリガン2傑ですが、パウダリーな香りは好きだけど、クラシックは苦手という方には、アイリス・コーヒーの方が楽しめると思います。
アイリス・コーヒー P 100ml / 大西洋を横断するボーイング314クリッパー
Or des Iles 
オルデジル 99%天然由来原料使用
シャネルの名香、ボワデジル(Bois des Iles)は「島々の木」、シェリガンの新香、オルデジル(Or des Iles)は「島々の金」。日本語でもフランス語でも一文字違う。
香水の黄金時代に活躍したジャズ歌手で「黒いヴィーナス」ことジョセフィン・ベイカーに捧げられた香りで、当時としては斬新を通り越してセンセーショナルな「ほぼ裸おどり」で一世風靡したベイカーのように、オルデジルも非日常感が強く、行った事のないムンムン南国ムードが良く表現できています。
立ち上がりに大輪の白い百合やトロピカルフラワーが目に浮かぶ、ディープなホワイトフローラルムスクで、手折ったグリーンの爽やかさが併走するこの香りの主役であるイランイランにジャスミン、そしてバニラの甘いとろみとムスクが顔を出し、濃密な甘い雲を枕に寝そべっているような感じ。心地よいが、つけすぎるとその甘さにむせかえるので要注意。
アニック・グタールのグランダムールやガーデニアパッション、ソーンジュ辺りがお好きな人ならジャストミート。復興シェリガンから3作選べと言われたら、レ・ジコニークよりフルール・ド・タバと、レ・ザンスピラシヨンからアイリス・コーヒーに、このオルデジルをおすすめします。
オルデジル P 100ml / ザ・南国
次は、レ・ザンスピラシヨンから残りの4作をご紹介します。
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