【ジェントルマンのお気に入り・クラシック香水編2】
Green Water EDT (1947/1993 version) / Jacques Fath
Green Water parfum (2016 version) / Fath Essentials
第二次世界大戦終結後の1947年は、この年しばりで小特集を組んでもいい位、歴史上大事な香水が登場した年ですが、中でもグリーン系フレグランスの歴史的名香がふたつ誕生した記念すべき年で、ひとつは先ほどのムッシュ・バルマンと同じピエール・バルマンのヴァン・ヴェールと、ジャック・ファットのグリーン・ウォーターです。ムエット5番が1993年のリニューアル版で、6番が2015年のファットエッセンシャルズ版です。どうぞ嗅ぎ比べながらお聞きください。いかにもジェントルマンが好きそうな、ミントの利いたハーバルなシトラスグリーンで、非常にこざっぱりしています。
グリーン・ウォーターは、その名もずばり「緑の水」。1920年代から40年代後半に活躍したヴァンサン・ルベールが手がけていますが、記録に残る作品は決して多くないながら、遺した作品がグリーン・ウォーター、イリス・グリ、コティのレーマンなど、いちいち歴史的意義の大きな作品や世界的大ヒット作で「寡作の巨人」という印象があります。
グリーン・ウォーターを発売したジャック・ファットは、創業から1992年までロレアルの傘下ブランドでしたが、その後親会社が転々とし、グリーン・ウォーターもロレアルを離れた翌1993年に処方変更してましたが、現在の親会社であるライセンス会社、パヌージュが権利を買ってから、ジャック・ファットはB級ファッション香水会社の位置づけで、次々ダサい新作を出す中、ブランドの顔として首の皮一枚でつながっていましたが、パヌージュは、ニッチブームに乗る為に、折角歴史のあるジャック・ファットを、B級時代を「なかったことにして」、それまでの作品を全部廃番にしてメゾンフレグランスの土俵で2016年に更地スタートしたのが、今年フォルテが代理店で日本上陸した、現在のファット・エッセンシャルスのラインです。
基本的には新ラインですが、1点だけシリーズの目玉としてグリーン・ウォーターのリメイクを投入する運びになりました。その際所有している処方からではなく、昔の香水とその処方を保管しているオズモテークにあるオリジナル版グリーン・ウォーターを、ガスクロマトグラフィーに一切頼らず自分の鼻だけで翻訳して蘇らせたのが、ピュアディスタンスでシェイドゥナを作ったセシル・ザロキアンですが、当時オズモテークの館長はジャン・パトゥの専属調香師だったジャン・ケルレオで、セシルさんにはオリジナルのグリーンウォーターを貸し出すどころか処方すら見せず、ムエットにつけて渡すだけで、セシルさんは何度も何度もオズモテークに通ってはムエットを貰って香りを確かめたそうで、もちろんケルレオ氏は処方を管理しているわけですから、グリーンウォーターの構成を処方でわかっているんですよ。だけど絶対見せないかわりに「ネロリを使え」「5%は必要だ」とか、小出しにヒントをちらつかせては、セシルさんが自分の鼻だけでオリジナルを復刻できるよう促したそうで、後日セシルさんが「自分にとってまさに最大のチャンレジだった」としみじみ言う程、復刻作業はハードルが高かったそうです。なんでそんなスポ根マンガみたいな事するんでしょうね?でも苦労の甲斐あって、新生グリーン・ウォーターは、その労をねぎらうに相応しい称賛を得て、発売後3年経った今でも幾度となくメディアで紹介されるほど評価が高く、生き残りの厳しいニッチ系市場の中で、3年も最前線で紹介される作品というのはそうそうないので、どれだけ高評価なのかわかりますね。93年版と2016年のファットエッセンシャル版、どちらがお好みですか?93年版はオードトワレですが、2016年版はパルファム濃度です。2016年版は、93年版では明らかに入っていないネロリが決め手になってグリーンシトラスを束ねて、ふんわりとした甘さや奥行がでています。93年版はもっとあっさりしてますよね。
ジェントルマンは、にぎにぎしく復活したファット・エッセンシャルス版ではなく、リメイク前夜、すなわち復刻に際しあてにもされなかった、93年版グリーン・ウォーターの方がお好みで、レビュー終了後晴れてジェントルマンの自家用に昇格した後、ストック買いもしてあります。理由は、ジェントルマンがつけると、復刻の決め手のネロリが甘くて微妙なのと、なぜかオードトワレの93年版の方が持ちがいいからなんだそうです。ちなみに93年版はアマゾンで買いましたが、デッドストックがそろそろ枯渇してきたのか、価格が2か月前の3倍、12,950円に高騰していて、ファットエッセンシャルズ版の国内価格にぴったり揃えてきています。日本では、処方変更でやせた香りのデッドストックと、調香師の評価を一気に押し上げた復刻版が同一価格。どちらを選ぶかは、もう趣味の世界ですね。
Antaeus EDT / Chanel (1981)
シャネルの現在の専属調香師、オリビエ・ポルジュのお父さんで、1980年代から数々のシャネルクラシックを手掛けたジャック・ポルジュが、就任後初めて作ったのがこのアンテウスです。アンテウスもレビュー終了後、ジェントルマンが非常に気に入り、晴れて私物に昇格しました。
父ちゃんは海神ポセイドン、母ちゃんは大地の女神ガイア。そうそうたる親御さんをお持ちの、ギリシャ神話の英雄、アンテウス。武勇伝は数知れずその力無限大、倒しても倒しても蘇るもんだから宿敵ヘラクレスも手を焼きますが、母ちゃんが大地の女神だったため「地に足がついてないと力が出ない」という弱点を見破られ、地面から持ち上げられて退治されてしまう、というあっけない末期をとげてしまいます。ギリシャ神話の英雄よりマリー・アントワネットの方がよっぽど有名な我々日本人にとって「アンテウス」という名前は、閻魔大王とか仁王様を引合に出しても、欧米の方が「何だそれ」って思うのと同じで、あまりピンとこないと思いますし、日本でアンテウスのイメージはセールスに結びつきにくかったかもしれませんが、香りとしては非常に完成度の高い、うっとりするほど端正なウッディレザーシプレで、アロマティックなハーブにパチュリローズとミルラの甘さを隠し味に、重厚なラブダナムやオークモスが支え、ちょっとダーティなカストリウムまで登場し、その美しさは神の域に達している、といいたくてアンテウスの名を与えた、と納得です。とはいえ、決してウルトラ難易度の高い香りではないので、これからの季節にはぴったりだと思います。
次回はジェントルマンのお気に入り・モダンクラシック編の登場です。