La Parfumerie Tanu

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Jean Patou | prewar 1 : Trilogy (1925)

戦前1【トリロジー1:20世紀版】ムエット①、③、⑤
<Henri Alméras/Jean Kerleo, Ma Collection version>
1 Amour Amour (1925) EDT 
3 Que Sais-Je ? (1925) EDT 
5 Adieu Sagesse (1925) EDT

最初にご紹介するのは、ジャン・パトゥが1914年の創業から11年後の1925年、パフューマリーとして初めて出した3つの香り、一般的に「愛のトリロジー」と呼ばれている3部作です。まずムエット1番のアムール・アムールと、3番のク・セ・ジュ?が4月に登場、翌月5月にアデュー・サジェスが発売されました。お配りしたムエットは、アムールアムールが1970年代ものヴィンテージ、他2点は1984年のケルレオ師総指揮による復刻、マ・コレクシオン版で、30年以上前のセミヴィンテージ品です。次にこちらの21世紀復刻版をお渡しするので、1,3,5と飛び番になっています。 
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マ・コレクシオン版トリロジー。左からアムール・アムールP30ml、ク・セ・ジュ?EDT75ml、アデュー・サジェスP30ml
まず、今回のキャバレーは、そもそも全く別の切り口から開催する予定だったんですよ。それは、ジャン・パトゥ第3代目調香師、ジャン・ケルレオの生涯にフォーカスして、ケルレオ師の偉業を称える奉納キャバレーを、不謹慎ながら亡くなったら即開催するつもりだったのに、ケルレオさんより先にジャン・パトゥが消滅してしまって、慌ててジャン・パトゥの弔い合戦に変更したわけですが、今回ヴィンテージとして登場するムエットの多くは、1984年にケルレオ師の指揮で復刻した、1925年から64年の約40年間に発売された作品から、当時の香料で完全復刻出来るものだけを12作集めたアーカイヴ集、マ・コレクシオンを元にしています。復刻系ブランドがビジネスモデルの一つとなって、ゾンビ累々の21世紀と違い、1984年当時に、自社のアーカイヴを体系立てて復刻し、しかも商品化したというのは、極めて稀な事で、いかにケルレオ師が過去のパトゥ作品に歴史的価値を見出し、敬意を評していたか、それだけでもよくわかるんですが、もっと凄いのが、1999年にパトゥの専属を引退する9年も前から、古い香水の保存と復元を目的とする博物館・ロスモテークの設立(1990年)ですよ。どんだけ研究肌。実際、ジャン・パトゥの専属中も、後半はこの古い香水の保存と復元の方に熱が上がっちゃったそうで「男には、死ぬまでにやっておかねばならない事がある」的勢いでロスモテーク作っちゃった、そんな気がしますね。そういうわけで、現在87歳のケルレオ師匠が鬼籍にお入りになったら、今回と内容はかぶりますが、ケルレオ1本でキャバレーをやりますので、よろしくお願いします。
 
香りとしては、アムール・アムールがオロナイン系のフローラルブーケ、ク・セ・ジュ?が情緒不安定なフルーティ・シプレ、アデュー・サジェスがカーネーションがメインの甘口フローラルです。ク・セ・ジュ?は突出して個性的なフルーティ・シプレですが、アムール・アムールとアデュー・サジェスは、どちらも無難な最大公約数的フローラルで、特にアムール・アムールは一番普通に人気があったので、戦後になっても結構長い間廃番にならず流通量が多かったのか、現在もケルレオ版前、1960年代〜70年代のボトルをオークションで時々見かけます。

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アムール・アムール:愛の第一形態
トリロジー1番目のアムール・アムールは、意味は「愛よ、愛」なんか好きになっちゃった、ウフ♡な、割とおぼこい感じのフローラルブーケですね。経年変化で失われたフレッシュな部分を脳内で補完しながら嗅ぐと、甘さと酸味のバランスが良くて、これは当時嫌いな人っていなかったんじゃないかな?と思いますね。
 

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ク・セ・ジュ?:愛の第二形態
トリロジー2番目、ク・セ・ジュ?は、16世紀の仏思想家、モンテーニュの著作「エセー」より有名な一句「私は何を知っているだろう?」に由来します。本来は常々、己の無知を常に振り返り、向学の念を奮わす決め文句ですが、こと恋愛に当てはめたら「私、何も知らないくせに」て感じ。恋に落ちて、理性を失っていく過程の香りがフルーティシプレ。情緒不安定ですね!このヘンテコな酸っぱさが、ラストはクリーミィにまとまります。決して手放しに心地よい香りではありませんが、不思議と習慣性があります。

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アデュー・サジェス:愛の第三形態
トリロジー3番目、アデュー・サジェスの意味は「さよなら純潔」。はい、ここで一線超えました。あんまりくよくよしていない感じですね。トップに少々かび臭い、それでいて青々とも感じるさまざまな生花の香りが入れ替わり立ち代り立ち上った後は、カーネーションを軸として甘くパウダリーに落着き、あまり展開せずにうっすらとムスクが温かく長持ちするパウダリー・フローラルです。
 
ちなみにトリロジーを作るにあたり、白人女性の髪の色がモチーフになっていて、アムールアムールはブロンド、ク・セ・ジュ?は赤毛、アデュー・サジェスはブルネットの女性のイメージなんだそうですが、今こういう人種や性別に特化したコンセプトでは絶対商品化できませんよね。また、1920年代というのは、俗にいうフラッパーが台頭してきて、自由な生き方っつうか、まあ男とっかえひっかえの自由な恋愛が流行って、旧世代から見たら、楽しくやってるはしたない女性が、当時のジャン・パトゥのいいお客だったんですが、自由にやってるといったって、経済的自立までこぎつけていた女性はまだまだ少ないし、男に囲われて派手にやってたわけです。実際、パトゥのブティックでは、自分の女にドレスを買ってやる男性が一緒にやって来るんだけど、やる事なくて暇なんで、待ってる間にカクテルでもどうですか?ってそこでまた一儲けですよ。フランスで女性の参政権が認められたのは1945年、戦後ですよ戦後!まあもちろん日本も戦後でしたけど。
 

はい、それでは、次のムエットをお配りします。これからお配りするのは21世紀の復刻版、コレクシオン・エリタージュからのトリロジーです。
 
戦前2【トリロジー2:21世紀版】ムエット②、④、⑥
<Thomas Fontaine, Collection Heritage版>
2 Deux Amours  EDP
4 Que Sais-Je ?  EDP
6 Adieu Sagesse EDP

先ほどは、20世紀の復刻版、マ・コレクシオン版トリロジーの香り比べでしたが、今回はさらに21世紀の復刻版であるコレクシオン・エリタージュ版トリロジーです。調香は、5代目専属調香師のトマス・フォンテーヌです。ちなみに、アムール・アムールだけ名前がドゥ・ザムール(二つの愛)となっているのは、キャシャレルが2003年、綴りは違うんですけどAmor Amorという香りを出しているので、キャシャレルが登録商標を取っていて使えなかったか、混同を防ぐために改名したんだと思います。

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アデュー・サジェス、新旧復刻版ボトル比較。右はエリタージュ版

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ク・セ・ジュ?新旧ボトル比較。左右はマ・コレクシオン版、中央はエリタージュ版

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アムール・アムール、マ・コレクシオン版(左、中央)とオリジナル版パフュームコロン

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ドゥ・ザムール、エリタージュ版
どうです?だいぶ違うでしょ?勿論ヴィンテージは熟成も進んでいますので、100%当時の香りではないというのもあります。ただ、その辺の経年変化を脳内で調整しながら嗅いだとしても、オリジナルが1925年の作品で、その復刻(マ・コレクシオン版)が1980年代、エリタージュ版はそのまた復刻なので、もはや同じ香りを作る事は、80年代物の復刻としても、不可能です。既にこの世にない香料と、天然香料の質が違う。質が違う、というのは、質が落ちた、という意味ではなくて、天然香料を取る植物は、平たく言えば農作物です。ジャン・パトゥはグラースに自社農園を所有していて、ローズとジャスミン香料は自社調達でした。その年最高の出来栄えの天然香料を使用しているといっても、土壌も当時とは違うし、気象も違う。精製工程も近代化しているので、雑味がないというか、解像度が上がっているんですよ。ジャン・パトゥは香水作りに天然香料をふんだんに使ってきたので、より復刻が難しい。あとは初出から90年経った、市場の嗜好の変化に合わせて、エリタージュ版はチューニングを変えています。作品の持つ空気感を伝える事に重きを置いて、忠実にではなく、誠実に再現しています。そりゃそうですよね、売り物として作っているわけで、調香セミナーの資料じゃないんだから。復刻と言っても今のお客さんに受け入れられない位、嗜好の変化度外視の作品を出しても、喜ぶのは一部のマニアだけでしょ?私とか。嗜好の変化度外視で復刻したのはグロスミスのクラシック・コレクションだけですよ。グロスミスは、コルセットバリバリのドレス姿で蘇りましたから。それでも限界はあった。なぜか。それはやはり、現存しない香料が使われていたことと、香料の精製技術の向上で、微妙な味わいというか、汚さが演出できない。映像作品だって、テレビ一つ取ったって、ブラウン管の味わいと4Kの解像度って、最終的には好みの問題だし、昔の映画をデジタルリマスタリングして、今まで見えなかったセットが良く見ると、背景が絵でビックリとか、良い事ばかりじゃないんですよ。後、俳優さん、女優さんの体型も今と昔では変わっているから、等身が上がっちゃって腰高で着物が似合わない。そこに拳を振り上げる事は野暮なんですよ。だから、時代の空気感を保ちつつ、なおかつ現代の嗜好と親和性がある、同じ香りだとわかる程度に再処方するって、トマス・フォンテーヌさんは物凄い努力されたと思います。映画のリメイクでいったら、オリジナルへのリスペクトも感じるし、作品としての完成度は非常に高いんだけど、どうしても昔のファンからはリメイクという比較対象として狭い視野で評価されてしまうのと、今の客には共感できる部分というか、訴求力が弱くて、興行的には大失敗だった。たとえて言えば、このコレクシオン・エリタージュ版はそんなところだったのではないかと思います。
 
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