A Gentleman Takes Polaroids Chapter Thirty Nine : DIVINE and Gentleman part 1
立ち上がり:一瞬さわやかな香りが拡がった!と思った次の瞬間「これは?中将湯」と思ってしまう。自分が子供のころ、風邪をひくと何故か母はこれを私に飲ませたものだ。これって婦人用の漢方薬だと気づいたのは親元を離れた時。なぜ飲ませられたんだろう・・・・なんにしても漢方薬臭いぞこれ。
昼:どんどん漢方臭が強まる。最初に感じた爽やかさや甘さははるか後景へ撤退。悪い香りではないが自分が凄く歳をとったようにも思えてくる。
15時頃:漢方から香木系の香りに代わってきたような。婦人病に悩む人から仙人へと移行しつつある。病を超えて涅槃の世界へ。これかなり個性的な香りですね。凄いけどそこまで悟れないです私。
夕方:ようやくムスク系の感じで薄まり、ここにきてようやく普通の香水らしくなってきました。色々紆余曲折はありつつ最後は一人の人間として死んでいくという感じか?自分でも何言ってるのかよくわかりません。
ポラロイドに映ったのは:風邪の特効薬と信じて婦人用漢方薬を疑いもなく無垢な少年。後年は猜疑心の塊になるんだよそういう奴って
Tanu's tip :
前回お届けしたジェントルマンコーナーから約2か月の間に、世界はまたも大きな困難にぶつかってしまいました。一寸先は闇、とよく言いますが、かの地では一寸先に閃光。一昨年の今頃「ウイルスには、死んでもらいます」と啖呵を切り、強気に生きてきたこの2年ですが、ウイルス以上にまずい状況下、Team LPT周辺でも甚大な影響を受けている方が少なくありません。同じものを右と左から見て、全く異なる事を言っている、そんなニュースばかりで何が本当かわからないのも不安が募ります。紛争地域ではない日欧間の国際物流も混乱し、日本からは未だに英独仏などに手紙や書類以外の品物を航空郵便で送れませんが、欧州から日本への国際郵便及び国際宅配便は通常運転(2022年3月28日現在)、現に練馬の我が家でも先週の金曜日にパリから発送し、今週の火曜日には届いた小包や、今週の月曜日にアテネから発送したDHLが2日後の水曜には届いたり、同じ空を飛んでいるはずなのに状況が双方向でないのは「世界はすべてダブルスタンダード」という証の一つではないかと思います。
そんな中「通常運転であり続ける」ことの大事を思い、LPTとしては後世に残したい香りを粛々と記録し、レビューを読んだり、その香りを楽しんでいる間位は、世界情勢が少しだけ遠くに行ってくれる事を願おうと思います。この春は、前後編でフランスのパルファン・ディヴィーヌのメンズ作品をご紹介します。前編では、ディヴィーヌで重めの香りを、後編では軽めの香り及びユニセックス作をとりあげます。
1986年にブランドと同名のレディス作品、ディヴィーヌを発売してから昨年で35周年だったディヴィーヌのコレクションには、レディス・メンズ・ユニセックスとバランスよく揃っていますが、ひとつだけペアフレグランスが存在します。それは2008年に登場したレートル・エメ・オー・フェミナンとレートル・エメ・オー・マスキュランで、どちらもジボダンの重鎮、ヤン・ヴァスニエが手がけています。レディスの方は2010年にレビューを書いていますが(上記)、今読み返すとメモ書き程度の内容で、我ながら驚きました。というのも、当時の私には、レートル・エメ・ファム(当時の名称)の魅力がこれっぽっちもわからず、ただ一言「ひなたくさいカレー臭」にしか感じず、ブランドサイトの香調以上の事を書く力量がなかったのです。
そのメンズ版、レートル・エメ・オムことレートル・エメ・オー・マスキュランは、スパイス過積載が当たり前の2010年代、2020年代トレンドの斜め上を2008年で既に軽く突破しており、スパイシーウッディと言うよりは食材の匂いにも通じる’スパイシー・フジェールアロマティック’とでも言うべき個性的な香りで、メインノートはレディス版と同じくイモーテル。ナポレオンとフランソワ・コティで有名なコルシカ島に群生し、フランスでは郷愁を覚える程愛されている花で、岩場では枯れても再び芽吹いたり、ドライフラワーにしても形が変わらない事から「不滅」の意を持つイモーテル(仏:Immortelle)と名付けられた縁起の良い草花ですが、通称カレープラントとも呼ばれ、レートル・エメにはまさにカレープラント無双、と言わんばかりに、ひなたの埃っぽさとカレー臭(加齢臭ではない)が跋扈します。併走するのがバジル、セロリとカルダモンで、特にセロリの匂いが苦手な方には辛いかもしれません。底支えするのが王道ジオッサン系のラベンダー、ラブダナム、アンバーなので、胸板は厚めで甘さもあります。バッドバランスとまではいきませんが、嵐が過ぎ去るまでは落ち着かないかもしれません。ちなみにレディス版は埃カレー度がメンズの150%増し、甘さもないので、つけやすさと言ったらメンズの方に軍配が上がります。オーセンティックで知的な佇まいが身上のディヴィーヌきっての珍香、ペアフレグランスなので珍カップルですね。「愛する人」というレートル・エメの意味が、ずしんと奥深く心に響きます。
ポラロイドには中将湯が登場しましたが、長らく婦人病の特効薬としてツムラが販売している1893年創業以来のロングセラー民間薬で、現在は分社化販売しているバスクリンと共に屋台骨となってきました。創業者の母方の実家に伝わる伝承薬を製品化した中将湯は16種の生薬が配合され、中でも香りが強そうなスパイシー成分としてはトウキ(アンジェリカの仲間)、ケイヒ(シナモン)、センキュウ(セリ科)、ショウキョウ(ジンジャー)、チョウジ(クローブ)、トウヒ(ミカン)…あれえ?なんか、スーレマントの媚薬処方みたいですよね。中将湯は、更年期障害の薬みたいに思われていますが、効能書きにはバッチリ「感冒、頭痛、肩こり、腹痛、腰痛…」と、効かない病はないくらいにうたわれており、ジェントルマンも風邪をひけばお母さんに飲まされた、とよく話していました。
私も8年ほど前「100年以上前から売っているものだから穏やかに効くだろう」と思い、肩こりが楽になればいいなとある日出勤前に飲んでみたところ、通勤中からみるみる両足が真っ赤に腫れ上がり、会社につく頃には足の太さが倍近くになったので、恐ろしくて飲むのをやめました。漢方薬は効能が穏やかなようでいて、合わない時は容赦ないという好事例です。またジェントルマンの実家にあったのは、正しくは中将湯ではなく、やはり婦人病薬でこちらも昔からある実母散(右)で、こちらは特定の漢方薬会社が作っているというよりは民間薬として色々なメーカーが出しており、成分は中将湯と似たり寄ったりですが、少なくともジェントルマンから飲んで足が腫れたという話は聞いた事がないので、いい感じに風邪薬の仕事をしたんだと思います。