いつも廃番になったような古い香水や、買いたくても買えないような販路限定品や超ローカル品ばかりではなく、たまにはメインストリームのデパート香水の中からも紹介したいと思います。
1957年にランテルディとルドでスタートしたパルファン・ジバンシィは、ユベール・ド・ジバンシイが 1995年に引退後も第一線ブランドとしてファッショナブルなフレグランスを次々市場に送り出しており、他のメインストリーム系ブランド同様、何かひとつ全くの新作を輩出すると、濃度違いに始まりキーノート違い、香料違い(既存の製品を天然香料で再構築したハーベストシリーズなど)、イメージ違いなど所謂ドジョウシリーズ(英;Flankers)をシーズン毎にバカスカ出しています。それだけ新作のコンセプトに費やす予算が膨大で、一度作ったボトルの金型はすり減るまで使い回さないと元が取れないというのもあるでしょうし、何より基本をアレンジしていく方が圧倒的に楽な上、飽きっぽい顧客を引き留める策として、めまぐるしくドジョウを2匹目、3匹目、4匹目…とどんどん川に放っているのですが、女性物の場合はオリジナルから軽いもの、薄い物と半減期のようにライトになっていくのが常で、特にジバンシィはディオールやシャネルのように、同じファッション系トップブランドでも何かが手堅くヒットしたら賦香率の高いパルファムを出したりすることはないようで、濃→淡への順序が如実な、ごく一般的な展開をしています。
今回ご紹介するのは、そんなドジョウシリーズを従えている中でも近作であるダリアノワールのオリジナルEDPです。同じLVMHグループのディオール専属調香師、フランソワ・デュマシーが手がけていますが、このところ、香料規制の影響や嗜好性の淡白化から、香り自体では濃ゆいオーラを放つ事が難しくなってきたにもかかわらず「ノワール」とつけ、名前でカサ増ししてミステリアスな雰囲気を醸し出そうとする風潮があり、このダリアノワールもその一つで、キャッチコピーでも「魔性の花、黒いダリア」「神秘に満ちたフェミニティ」ですから大きく出たものです。ただし香りといえば、魔性の何ちゃらとか神秘のおにょにょと云うなら短絡的にオリエンタル系かと思いきや、粉物好きの血が騒ぐ超パウダリーなフローラルシプレで、デパート香水でここまでバフバフに粉物というのも斬新に感じました。粉物は一ジャンルとしてアルデヒド系と並行してご紹介しているLPTですが、同じ粉物でも路線としてはタンドネージュというよりはプタンデパレやトムオブフィンランドに近いです。
マンダリンとピンクペッパーのフルーティなトップに始まり、ほどなくパチュリが過積載された粉質のミモザローズの束をアイリスやバニラ、サンダルウッドがあまり温めずに包み込むシンプルな構成のダリアノワールは、香水サイトでは不用意に「ベビーパウダーの香り」と書かれている事が多いのですが、決して張り詰めた神経がホッと緩むような、母性溢れる優しいパウダリーではなく、毛足の長いふわふわの毛布に素肌で飛び込んだら突然チクっと感じて身構えるような、または冷たい手で自分の一番温かい部分を不意に触られるような、どこか奇襲性の違和感があり、アイリスやムスク勝ちのクリーミーなパウダリーでなはなくパチュリとミモザを多用しているため、同じ粉物系でもちょっとチョークで黒板キキキ系の、硬質な粉物感にまみれています。人間でいったら、まさにダリアノワールのミューズ、マリアカルラ・ボスコーノの人に擬態化したカマキリの女王と見まごう、無表情で人を不安にさせる絶妙なバランスの目の離れ具合が印象的なヴィジュアルがハマりまくりで、実に良くこの香りの真髄を表現しています。こういう美しく隙のない緊張感をノワールというなら、ダリアノワールは大成功です。シプレといっても最早オークモスのオの字もなく、パチュリでいくのが当世流シプレですが、タイムレスな味わいも同時に持ち合わせており、香水を使いなれた経験値の高い方でもこれは、と思わせる完成度の高さで、個人的にも「出してきたなあ、ジバンシィ…」と、デパート香水でボトルを買ったのはジャドールロー以来かもしれません。ちなみにジャドールローもデュマシー作ですが(ジャドールは1999年のオリジナルEDPをカリス・ベッカーが手がけた以外は基本的にデュマシー氏のアレンジ)どちらも相当いい女、ジャドールがスラリとした女性を後ろから抱きしめたら、案外肉付きがよくて羽二重餅のような柔らかさとたしかな肌温、そして微笑みがあるならダリアノワールは、張り詰めた大きな胸に相反する体幹の痩せ具合と手の冷たさに抱いた相手が一瞬ひるむ、その間女の眼は笑っていない、そんな対比が目に浮かびます。
ダリアノワール EDP 75ml
ダリアシリーズは現在アメリカ人歌手、アリシア・キースをキャラクターに起用したガールズネクストドア度200%増しのダリア・ディヴァンシリーズ拡販に全力を挙げており、すでにダリアノワール、特に今回ご紹介のEDPはデパートの店頭にすら出ていません。攻略するにはちょっとトンガリすぎたか、敷居の高い女だった魔性の花ダリアノワール。それでも次世代に残って欲しいのはこういう幾つになっても使える香りで、ジバンシィにおけるジャドールのような存在になって欲しいと、色々斜めな口をききながらも陰ながら応援しているのです。
ダリアノワール 国内販売価格(2015年12月現在、税込)
EDP 50ml 12,960円 75ml 15,660円
EDT 50ml 10,260円 75ml 12,420円
※欧米主要国では50,75mlの他に30mlサイズ有
※EDTは廃番決定(Dec.2015)
追記 Jan. 2016
今回上記の通りご紹介したダリアノワールですが、何と免税店などでイチオシなEDTの廃番がジバンシィ本社で決まったそうで、ノーマークでしたが一番ライトなダリアノワール・オーは既に昨夏廃番になったそうで、店頭で一番ひっこめられていたEDPのみとなるそうです。諸行無常。一方ジバンシィのウィンターシーズンはどんなプロモーションなのか、仙台きっての老舗百貨店、藤崎をリサーチした所、なんとひな壇のディスプレィ中央にはランテルディが!!そして勿論ダリアノワールEDPも最上段に鎮座しており、デパートの隅っこで決して広くはないスペースながら、都内百貨店よりはるかにフレグランスへ注力し、店員さんもきちんとフレグランスの会話ができる、この小さなジバンシィカウンターに来るたび「やるなあ、藤崎。わかってるな、藤崎」と感心せずにはいられません。