La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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L’Inspiratrice (2006),edition 2013(2013)

L’Inspiratrice (2006),edition 2013(2013)

ビクトリア朝時代のイギリス人に大人気だったフランスの海岸保養地、つまり現在は単なる海辺の田舎町ディナールで1986年に開業したパルファム・ディヴィーヌ(Parfums DIVINE)は、まだニッチフレグランスという言葉が一般的でない時代に、創業者イヴォン・ムシェル氏が、手ずから調香した1本の女性向け香水にブランド名を冠して細々と店舗を兼ねたディナール店で販売していたのが始まりで、実際2番目の香り、ランファントを2000年に発売するまで14年の歳月を経ています。インターネットの普及により徐々に口コミだけで評価が高まり、今ではパリにも出店、僅かながら欧米に取扱い店舗も出て、男性用、ユニセックス用も含め10種類の香りをラインナップするまでに成長しました。女性ものはシプレ系、アルデヒド系、フローラルブーケ…フレンチシックの王道を丁寧に作り、男性向けはすべてオードパルファム濃度で、出すぎない理知的な深さを湛えています。初出の香りを含め一つも廃番にせず、また近年では既出の女性用オードパルファムをパルファム濃度で再構築するなど往年の香水ファンを大事に、食傷気味のニッチフレグランス業界の中でも倦まず弛まずの独歩スタイルを貫いています。また、同じくニッチ系がこぞって目指すアラブ諸国や旧共産圏の富裕層を全くターゲットにしていない所も潔さが光っています。一度公式オンラインショップで購入すると、毎年暖かいコートが恋しくなる季節、新商品のお知らせとムエットが入ったお手紙がディヴィーヌからクリスマスカード代わりに届きます。

「閃きを与える女性」という意味の6番目の香り、ランスピラトゥリスは、エスカーダのイビザ・ヒッピー等を作ったリシャール・イバヌ調香で、まさに「ローズとパチュリの気高い出会い」としか喩え様のない、イランイラン、ベルガモット、芍薬、ホワイトムスクの暖かい後押しでローズとパチュリが渾然一体となっている、エレガントな色香を携えたフロリエンタルです。本当に、ローズにもパチュリにも転んでおらず非常にスムーズかつ明快なので、お若い方にもご年配の方にもお奨めの、いい意味で使い勝手の良い秋冬向けの逸品です。海外でも、ディヴィーヌの中から1本だけ選ぶならこれ、と評されている事の多い人気の香りです。

今冬、ブランドとしてはディヴィーヌ・レテルネル・フェミナン(2010)、ラムスール・エディシオン2011(2011)に続き第3弾となるパルファム、ランスピラトゥリス・エディシオン2013が発売されました。つけた瞬間「ま、まるい…」とため息が漏れたほど、濃厚かつまろやかに成長しています。ランスピラトゥリスの基本形であるパチュリローズのパチュリ感が多少控えめに、ミドルノート以降はパウダリーなバニラムスクとローズが際立ってきますので、EDPでもたっぷりした香りですが、この2013年版パルファムを体験してしまうと、さながらラクトアイスとアイスクリームの違い程に奥行きを感じます。この練白粉のようなまったりとしたパウダリー感が、EDPにみられた若干の硬さを完全に相殺しており、華やかながら豊かな寛ぎすら感じます。決して奇をてらった香りではなく、時にどこにでもあるフロリエンタルだと過小評価を受けることもあるランスピラトゥリスですが、決して凡庸ではありません。そして閃きも閃光と言わんばかりに眩しすぎては目を潰してしまうように、この実直で丁寧なフレンチシックの王道をゆくブランドの作風に対し、私はいつも安心感と期待感、そして充足感を抱くのです。

 ランスピラトゥリスEDP50ml

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