La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

無断転載禁止

Interview with Anthony Toulemonde, Maison Violet

f:id:Tanu_LPT:20180129103606j:plain

Interview with Anthony Toulemonde, Maison Violet

 

2017年末、香水店ジョヴォワの新ブランド紹介で出会ったメゾン・ヴィオレ。ノスタルジアの民である店主タヌにとって、消えたブランドの復活は内容のいかんを問わず見逃せない事件ですが、運よく全3作を試す機会に恵まれたところ、これが新年の幕開けにふさわしいモダン・クラシックときて大喜び。是非これはブランド復興までのお話や現在について直接お話を伺いたいと、メゾン・ヴィオレの主任調香師、アントニー・トゥールモンドさん(写真下)にダイレクトコンタクトを試みました。
 

f:id:Tanu_LPT:20180129102511j:plain

- まずはじめに、現在は代理店もなく、公式オンラインサイトでも発送未対応という、まだ販路の開けていない日本からのインタビューに快く応じて下さり、ありがとうございます。

アントニー「日本は香水販売にあたって色々と厳しい規約があって、乗り越えなければならないハードルが高いんだ。国際物流の問題もあって、まだオンラインストアからの発送も整っていないけれど、いつかは日本のみんなにも楽しんでもらいたいと思っているよ」
 
EU圏内のように、地続き感覚では販売できないですし、物理的にも遥かなる島国ですからね。まあそれは今後の楽しみとして、早速お話を伺いたいのですが、調香学校時代の友達同士3人でメゾン・ヴィオレを起業したそうですね。3名とも調香の心得がある中、それぞれの役割分担みたいなものはありますか?

アントニー「基本的には3人の共同作業でブランドを運営して、それぞれが何でもわかるのが一番だけど、やっぱりそれぞれ向いている事ってあるから、自然と役割分担みたいなものが出来てきたね。たとえばヴィクトリアンはとても現実的でまめな性格だから、経営や財務を担当しているんだ。文才のあるポールはウェブやプレス向け文章を手掛けているよ。香水の制作側に一番近いのが僕で、香水ブロガーやナタリー(・ローソン、フィルメニッヒ社のベテラン調香師、ヴィオレの調香を監修)との折衝役も担当しているんだ」

 
f:id:Tanu_LPT:20180129102550j:plain
-調香だけではなくマネジメントや広報など、香水業界に必要なスキルを全般的に学んできた3人が、神輿の奪い合いにならず各々が違う才能を発揮しながら一枚岩になって作品を生み出せるのは理想的ですね。それでは、一から真新しいブランドを立ち上げるのではなく、消えたブランドを復興させようと思ったのは何故ですか?
 
アントニー「レコール・シュペリエル・ドゥ・パルファム(ESP)1年生の時から、僕らは自分たちのブランドを起業するって決めていたんだ。最初はみんな好き勝手に脳内起業していたけど、まずは勉学に集中しようって事になってさ。そんな感じで2015年の夏まで何もなかったんだけど、僕らが3年生の時、話がいきなり動き始めた。僕がヴィンテージ香水の大ファンだったんで、昔のブランドを復刻させたら面白いんじゃないかって話が持ち上がったんだよ。それで古い香水会社をリサーチしていくうちに、たまたまヴィオレ社に出くわしたんだ。運命決まったって感じだったね。僕らはあれだけ偉業を成し遂げながら忽然と消えてしまった、この忘却の会社に惚れ込んで、手に入るものは何でも夢中で買い漁ったんだ。ヴィンテージボトルから新聞広告、ポストカード等々…それが、ヴィオレ社を蘇らせる大きな力になったんだ」

-ふう、運命決まったですか。すごい勢いですね。でもリサーチしてみたら消えた会社はごまんと出てきて屍累々だったんでしょ? そこを押してメゾン・ヴィオレに白羽の矢を立てた一番の決め手は何だったんですか?

f:id:Tanu_LPT:20180129102702j:plain

アントニー「確かにリサーチの結果、何百という消えた香水会社を発見した。面白い会社も沢山あったけれど、作品の素晴らしさにおいて、ヴィオレに勝るものはなかった。僕らは瞬殺でヴィオレの虜になったんだ。当時ヴィオレ社は投資会社が権利を持っていたから、権利を買い戻す費用が必要になったし、タダで権利が取得できる香水会社も他にあったけど、経費を上増ししてでも、どうしても蘇らせたかった」
 
後ろ髪ひかれて初期投資をケチったところで、その先の思い入れが違ってきますからね、その熱の入れ方を思えば、到って賢明な選択でしたね。さて復興にあたり、リサーチの過程で処方は見つからなかったそうですが、もし処方が見つかっていたら、出来上がった香りは違っていたと思いますか。
 
アントニー「いや、そうは思わない。ヴィオレの香りは今とは全く違う時代のものだし、たとえ処方があって、寸分たがわず同じ香りを蘇らせたしても、今を生きる人達の心にはあまり響かないと思うんだ。おまけに、当時と同じ天然香料を使用するのは、香料規制の問題もあり、不可能だよ」
 
-そこはまあ、100年前と同じ甘さのチョコレートを今、美味しく感じるか…という、クラシック香水復興一番の壁ですね。加えてIFRAの規制もあって、たった10数年前に発売したものですら処方変更や廃番の憂き目に遭っているわけですから、何をかいわんやですね。それでは復興に当たり、一番苦労した事は何ですか。
 
アントニー「何かひとつ突出して大変だったという事はないんだけれど、幾つか苦労した事はあったよ。まずはヴィオレ社の偉業に敬意を表しての復興にしたかったから、できるだけ多くの情報や証拠を集める必要があった。これが結構厄介だったかな、物凄く情報の少ない中、手当たり次第調べまくったからね。

f:id:Tanu_LPT:20180129103648j:plain

-生まれた時からインターネットがあった皆さん方ミレニアル世代には、足で証拠を集めるというのは、途方もない作業に感じた事でしょうね。ご自分の先祖でもないからファミリーツリーを辿ってわかる訳でもないし、子孫が生存しているかもわからない。そもそも19世紀、すでに創業者が権利を売却しているわけですからね。
 
アントニー「もうひとつ厄介なのが、現在進行形の話だけど、取扱店探しだね。ニッチブランドの新作がこれだけ毎日のように登場すれば、小売店には日々はいて捨てるほどの売込みがやってくるわけだ。その中をかき分け、小売店から色よい返事をもらうのは本当に大変な話だ。ありがたい事に多くの香水店がとても気に入ってくれて、取扱いを始めてくれたんだ」
 
-直販だけでは中々広がりませんから、取扱店が出来て良かったですね。でもまあ、つい最近まで学生だったと思えば、かなり順調なキャリアのスタートと言えるんじゃないですか。ところで、過去のブランドを復興させるのは、ある意味ニッチ系の世界ではここ10年トレンドの1つとなっています(グロスミス、パルファム・ヴォルネィ、ルガリオンなど)が、既に認知度のある他の復興系ブランドと後発に当たるヴィオレの違いは何ですか。
 
アントニー「まさしく君の言う通り、昔のブランドを復興させるのはトレンドだね。ブランドとしての信ぴょう性があがるし、どこの馬の骨ともわからない新興ブランドではなく「歴史あるフランスの香水会社」という看板が自動的についてくるんだから。でもね、マイナス面がないわけじゃない。ただ看板だけを拝借するだけではすまないし、復興するには敬意を表すのが筋でしょう。それには、史実をきちんと明らかにし、受け容れなければならない。つまり途方もないリサーチを伴って初めてそれが叶うのと、過去が一生ついて回るという事を受け容れる覚悟を持って、初めて前に進めるんだ。一度は『やっぱり一から新しいブランドを立ち上げた方が自由でいいんじゃないか』とくじけそうになったけれど、ヴィオレに対する愛がそれをよしとはしなかったんだ」
 
- アントニーさん、真面目!世の中には、いい看板拾ったから美味しく商売して太ったら売り飛ばそうなんて算段が見え隠れしたり、過去を改ざんしてまでイメージアップしようとする復興ブランドもある位なのに、そこまでの覚悟を披瀝して下さって、私はもう胸が洗われる想いですよ!
 
f:id:Tanu_LPT:20180202141910p:plain
メゾン・ヴィオレのインスタグラム。ちょっとアイドル系、
ちょっとは不要か

アントニー「他の復興系ブランドとヴィオレの一番の違いは、僕らは”アンバサダー”、つまりお客さんやジャーナリスト、ブロガーの皆さんとの交流を大事にしているという事だと思う。だからサロン・ド・パルファム(ヴィオレ本店のショールーム)をオープンしたんだよ、ヴィオレの作品に使用している様々な天然香料も紹介したいしね。インスタグラムで全員顔出ししているのも、僕らをフォローしてくれるみんなに親近感を持って欲しいからなんだ。若い僕らが加わった事で、香水業界の活性化につながると嬉しいな」
 
- 取材した方の記事では「3人のイケメンプリンス」なんて紹介されてますからね。サロン・ド・パルファムは1時間単位の完全予約制で、一緒にじっくり作品を選んだり香料の説明もしていただけるんですよね。皆さんの親世代な私としては、妙齢加齢のご婦人が皆さん目当てでサロンに押し寄せはしないかと少々心配ですけど、その辺はうまくやって下さい。作品についてですが、今回の3作は、過去のアーカイヴをもとにした新処方でしたが、今後も過去のアーカイヴから引用した作品を作っていくのですか。
 
アントニー「現在、ヴィオレ・エリタージュ・コレクシオンとして、過去のアーカイヴから更に4つの香りを制作中だよ。とはいえ、発売にはまだまだ時間がかかりそうなんだ。たぶん2,3年はかけてひとつずつ発売していく事になると思うよ、急ぎ仕事にするつもりはない。香水作りは時間がかかるものだし、じっくり腰を据えて制作したいんだ。「急いては事をし損じる」だよ。でもこれが僕らのやり方だし、幸いそうできる環境にある。それと、復刻作品とは別に、全くの新作も別ラインとして発表していきたいね」
 
- 別ラインの構想まで上がっているとは、これからが楽しみですね!毎日、掃いて捨てる程の新作が毎日のように登場するニッチ業界のなかで、ぜひ煽られずに自分流で発表してください。そのニッチ系ブランドですが、西ヨーロッパではなく市場をロシアや中東に求めて、西洋香水史には存在しなかったウード系など、自分たちの好みというよりは市場のニーズに合わせて作り、価格もどんどん上がっている(ここ数年で30%上昇)感がありますが、現在のニッチ系香水市場についてどう思いますか。
 
アントニー「僕らは情熱を最優先にしているんだ。自分たちの個性が反映した作品を提供する事を一番に考えている。もちろん香水業界にとってロシアや中東は重要視されているし、僕らも市場に合わせたテイストの作品を投入するかもしれないけれど、それにしたって自分たちのノリが反映されたものになるよ。売れ筋ってだけで自分たちが好きでもない作品を作りたくはないからね」
 
f:id:Tanu_LPT:20180129103606j:plain
メゾン・ヴィオレ本店 サロン・ド・パルファム パリ北駅至近、NAF NAF並びのアパルトマンにある。
ここで3人がお待ちしております

- 情熱は何よりの燃料ですからね。私も"Mission, Passion, Curiousity"だけで生きています。さて、ここでアントニーさんご自身についてお伺いします。アントニーさんは、ご家族も調香師や香料会社関係のご出身で、この道に進んだのですか。
 
アントニー「僕のうちは香水関係じゃないよ。そもそも香水業界に入ろうなんて、子供の頃は考えてもいなかったし。学生の頃、たまたま調香師って職業があるって知って、へーそんなのあるんだ、体験入学してみようかなって思ったんだ。ベルサイユのイジプカ(ISIPCA:Perfume, Cosmetic and Aromatique Institute)で1年コースを受けてみたんだけど、これが実に面白くって。それでイジプカを卒業後、レコール・シュペリエル・ドゥ・パルファム(ESP)に入学して5年コースを選択した。今では、情熱だけで生きている、仕事って感じじゃない位の思い入れだよ。思いつきで香水の世界に入って、本当に良かったよ」
 
-ええっ、今25歳だから、さっき復興の話をしてくれた時、2015年でESP3年生、って言ってましたよね?5年コースを受講していたなら、2017年に卒業してすぐブランド立上げって、下積み一切なしですか?色々な方のサポートがあったにせよ、思いつきにしてはモーレツ猪突猛進ですよね。それと、興味本位でリセ→名門イジプカっていうのも中々ない話です。調香師は世襲も多く、たたき上げが食い込むのは大変な世界だと聞いていますので、その勢いでこれからもがんばってください。それでは香水について、今迄愛用した香りがあったら教えて下さい。
 
アントニー「初めて好きになったのはディオールのファーレンハイトで、今でも大好きだよ。立ち上がりが個性的ですぐにファーレンハイトだってわかるよね。僕は香水に関してはものすごく浮気性で、他にも好きな香りは沢山あるよ。ヴィンテージ香水のコレクションもしていて、時々匂いを嗅いでいるよ」
 
- おおっ、ファーレンハイトですか。若いのに中々シヴい所から来ましたね。日本でも評価の高いメンズ・クラシックです。さてメゾン・ヴィオレ復興の原動力ともなったアントニーさんのヴィンテージ香水好きについて、LPTはクラシック香水、モダンクラシック香水を中心に紹介しているブログですが、好きなクラシック香水やブランドがあったら教えて下さい。
 
アントニー「そりゃもう沢山あるよ!とりあえず今頭に浮かんだものをブランド別に教えるね」
 
シャネル:5番、19番、ココ、ボワデジル、キュールドルシー
ディオール:ミス・ディオール(オリジナル版)、ディオラマ、オーソバージュ、ファーレンハイト、プワゾン
サンローラン:オピウム
ゲラン:ジッキー、ミツコ、ルールブルー、シャリマー、夜間飛行
セルジュ・ルタンス:フェミニテドゥボワ、キュイール・モレスク、アイリス・シルバーミスト
キャロン:タバブロン、プールアンノム
フレデリック・マル:カーナルフラワー、ポートレイト・オブ・ア・レディ、ダンテブラ
ジャン・パトゥ:ミル
エルメス:ヴァンキャトル・フォーブール、テールドエルメス、オードナルシスブリュ、オードエルメス、キュイールダンジュ
ニナリッチ:レールデュタン
ロシャス:ファム
 
割としっかり胸板の厚いのがお好きなんですね。既にルタンスやマルちゃんがクラシック香水の仲間入りしている所が世代だなあという感じです。
 
アントニー「本当はもっと沢山あるんだけど…全部あげるのは大変だから、この辺にしておくね。日本でも出ているかなあ、『死ぬまでに試したい111の香り(原題:les 111 parfums qu’il faut sentir avant de mourrir、Auparfum刊)』という本があるんだけど、その本で紹介されている香水は僕も納得のセレクションだよ。勿論、他にも素晴らしい香りは色々あるけどね」
 
-面白そうな本を教えてくれてありがとうございます。早速Auparfumに発注しました。今から届くのが楽しみです。最後に、香水以外に何か最近ハマっていることがあったら教えて下さい。
 
アントニー「ここ何年も天文学と心理学にハマっているんだ。僕はずっと宇宙と星にインスピレーションを感じてきたし、たまらない魅力がある。心理学については、自己管理ができるようになりたいし、楽な選択肢ばかり選ばずに得るものが大きい世界へ自分を向かわせるために学んでいるけれど、メゾン・ヴィオレがスタートしてからは殆どヴィオレにかかりっきりで、毎日無休で頑張っているから、中々時間が取れないなあ。今は時間が出来たら友達と会ったり家族と過ごしたり、あとは運動もしたいな。健全な精神は健全な肉体に宿る、だからね」
 
-そのストイックさが、出過ぎない華やかさと奥に秘めた情熱としてヴィオレ作品にしっかり反映していますね。本日は、お忙しいところ本当にありがとうございました。
 
                                                               Jan. 2018 in Paris / Tokyo
 
 
【ヴィオレ作品レビューまとめページはこちら】

★ヴィオレ製品は、ブランドの協賛によりagent LPTにてお求めいただけます。

🔓agent LPTはLPT読者向け会員制コミュニティストアです。閲覧にはパスワードが必要になります。
閲覧パスワード:atyourservice
(定期的に変更となりますので、エラーの場合はlpt@inc.email.ne.jpまでお問合せください)

 
contact to LPT