La Parfumerie Tanu

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L'Iris de Fath and the substitutes : The Extreme Irists 2

Irissime (2009)

アトリエ・デゾールのイリス・フォーヴを手掛けたマリー・サラマーニュが、まだジャック・ファットが三流ファッションフレグランスブランドでしかなかった時代、イリス・グリへのオマージュとして作った粉物香水が、このイリッシムです。ボトルデザインからしてガーリーなファッションフレグランス丸出しですが、どっこい香りは結構良くて、いい意味でひねりがなく、きちんとアイリスの冷涼な空気を感じ、ベースに間違いないローズムスクがあるので、つけ心地は抜群。主軸はアイリスとウィステリア(藤)ですが、日本の藤棚ではあまり香りを感じたことはないけれど、4月の終わりから5月のはじめ、イギリスやオランダで嗅いだヨーロッパの藤は、確かに甘くて少し不透明でパウダリーな香気を放っており、その甘さがこのイリッシムには生きています。すでに廃番ですが、デッドストックがヨーロッパでなら100mlで40€以下で入手できるアフォーダブル系、但し日本では入手困難なのは残念です。柔らかい香りがほのぼのと持続して、実装するにはもっとも肩に力が入っておらずお奨めです。eBayあたりで探してみてください。バルト三国周辺のデッドストック業者さんが売っている事があります。ちなみにイリッシムには、イリッシム・ノワールとホワイト・イリッシムという、ボトルの金型だけ一緒で名前に一貫性のないドジョウが2匹いますが、ジャック・ファット高級化に合わせ、すべて廃番になりました。

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イリッシム 100ml ジャンヌ・アルテスかと思いました

Iris Silver Mist (1994)

「匂いの帝王」が五つ星で評価する 世界香水ガイド☆1437(原書房、2008年刊) では「世界最凶の粉物(当時)」とルカ・トゥリンも絶賛した、黒板キキキーも甚だしいアイリス・シルバーミスト。セルジュルタンスの釣鐘ボトルシリーズでは人気の作品です。調香は1970年代から幅広く活躍している大御所モーリス・ルセルで、エルメスの24フォーブール(1995)、ジャンポール・ゲラン引退後のつなぎ調香師としてランスタン(2003)、アンソレンス(2006、シルヴェーヌ・ドラクールと共作。ちなみにS・ドラクールが立ち上げたご自身のブランドでも一部共作しています)を手掛けたり、マルちゃん最大のヒット、ムスク・ラバジューもこの方です。
とにかく立ち上がりが硬く、黒板キキキーどころではなく、車でいったらグングングーン、キッキッキー!!とそこらじゅうにタイヤ痕の付きそうな軋みっぷり。アイリス・シルバーミストという名前の由来はこの立ち上がりの軋み感を現しているのではないでしょうか。

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ただ特筆すべきは、この作品が世に出て、既に四半世紀近く経っているわけで、当時としてはセンセーショナルな作品だったと思いますが、その後さらなるエクストリームな香調の作品が登場する現代において、改めてアイリス・シルバーミストを実装してみると、相応の時代感があり、この「最凶のアイリス」は、当時の黄金律の圏内から逸脱する事のない、ディレクターの明確なアイデアと、調香師の盤石な基礎と経験に基づき作られた「美しい香り」という点です。決してつけて一日中意識が香りに引っ張られる事もないし、途中からは立ち上がりの硬さも和らぎ、肩の力も抜けた心地よい粉物イリスに落ち着き、綺麗に消え入ります。噂話で散々怖い話を聞いていた人の自宅にいきなり招かれ、行ってみると玄関にドクロとか飾ってあったりで、やおら体に力がはいるが、話してみたら案外常識人で驚き2倍、みたいな展開で、こういうのを嗅ぐたびに「シュールレアリズム画家のデッサンはうまい」というのを思い出します。 


Iris Nazarena (2013)

ニューヨークのハイパースノッブハイエンド香水店、アエデス・デ・ヴェヌスタス。1995年にオープンし、ニッチ系という言葉がまだ一般的でなかった頃からラルチザンやセルジュルタンス、ディプティックなどの(日本人が大好きな)メゾンフレグランスや高級キャンドル、SMNなどのトイレタリー製品を扱うお店として一目置かれる存在です。2005年、ラルチザンとのコラボ香水(Aedes de Venustas, 廃番)を皮切りに2012年からはオリジナルフレグランスラインも登場し、現在9作品がラインナップしています。

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アイリス・ナザレナ EDP 100ml 伊勢丹メンズ館、輸入代理店セモワの直営店、アパルトモン・アルシミスト等で国内販売有

アイリス・ナザレナはオリジナルシリーズの中でも特に評価の高い作品で、調香はラルフ・シュヴィーゲルが手がけていますが、この方の代表作は何と言ってもYSLのベビードールとエルメスのオーデメルヴェイユでしょう。一方でマルちゃんのリップスティックローズや、エタリーブルドランジュやアトリエコロンの作品を手掛けており、アエデスでは他に2018年の新作、ムスク・アンサンもラルフ・シュヴィーゲルの作品です。高評価の一方で「シケモクの香り」と異名も高い、極めて不吉なアイリスで、その不吉度は軽くアイリス・シルバーミストを上回ります。

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この香りには、とにかく「可愛げ」というものがありません。スプレーした瞬間、強烈なタバコ臭いレザーの香りで幕を開けるアイリス・ナザレナ。すぐさま脳裏に浮かんだ言葉は「後部座席にシケモクが2,3本落ちている粉物タクシー」。一般乗用車と違い、日本のタクシーは経費面からほぼ液化石油ガス(プロパンガス、LPG)を燃料にしているため、車内にはこのLPG独特の臭いが合皮シートと合わさって、LPGを燃料としない自家用車では到底叶わない(叶わないで良いのだが)あのタクシー独特の臭いになります。そのタクシーの後部座席臭に乾いたアイリスが正面衝突、付けた瞬間むちうちになりそうなほど。私はひどく車酔いする子供でしたが、大人になってそれは実家には車がなく、自分が乗る車=タクシーで、タクシーの臭いに酔っていただけだという事がわかりました。そんなタクシーの臭いが苦手な私は「ぶふぇっ!!」とたじろぐも、このタバコ臭い粉物タクシーはせいぜいツーメーター程度で目的地に到着。無限ドライブに陥ることはなく、同時に軋むほどの粉物感も失せ、ただの大人しめな「そこそこ」パウダリーフローラルに落ち着き、持続も短いので夕方にはなにか香りをつけていた事すら忘れてしまう。粉もの好きとしては、ネタとして1本持っている分にはいいのですが、毎日つけたいとまでは思わないし、確かに個性的ではあるけれど、香水は、つけ心地の良さを伴ってこその個性だと思うのです。私は、香水に過剰な斬新性は求めません。香水は、良い香りであって欲しい。蛇足ですがこのアイリス・ナザレナは日本でも販売されている現行商品ですが、数か月前なぜかアウトレット通販で半額近く値引されて投げ売られていました。その横には、今年日本上陸したばかりの、サークル・デ・パフューマーのア・イリスまで半額になっていたので、この同時多発的アイリス大廉売に業界の事情計り知れず、と噴飯しました。

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