La Parfumerie Tanu

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Maison Violet, another revived Parisian perfume house / Pourpre d'Automne (1924/2017)

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2018年の幕が開け、早1か月が経過しました。2018年と言えば、創業190周年を迎えたゲランが記念ボトル、ロワイヤル・エクストレを発売したのが記憶に新しい処ですが、ゲランより1年早い1827年に創業、香水の黄金時代に絶頂期を迎え、戦後世界が大きく変化していく中に逍遥と消えていった香水ブランド、ヴィオレが約60年の眠りから目を覚ましました。復興させたのは、調香学校を出たばかりの青年3名。消えたブランドの子孫でもなければ、誰かが家督の処方を相続したわけでもありません。奇しくも消えたヴィオレ社がめでたく190周年を迎えた2017年、メゾン・ヴィオレはパリの片隅にサロンをオープン。3作の復刻作品と処方された香料などを、復興チーム3名のガイダンスとコンサルテーションを受けながらじっくりと完全予約制で体感できる、復興系のブランドとしては新機軸のスタイルを展開しています。
 



まずは1827年に創業したヴィオレ社の歴史を、簡単にご紹介します。
註)話の流れで、オリジナルのヴィオレと現在の復興ヴィオレが紛らわしい場合のみ、オリジナルを「ヴィオレ社」、復興ヴィオレを「メゾン・ヴィオレ」と表記させていただきます。
 

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19世紀前半、1820年ごろに石鹸会社としてマルセイユ石鹸などを製造販売し財を成したヴィオレ氏は、19世紀半ばに共同経営者ギノー(GUENOT)と分離、ヴィオレ社としてラ・シャペル・サン=ドニに工場を設立します。ちなみにこの時期、ヴィオレ社に丁稚奉公として雇われた、当時16歳のアントニン・レイノーは、11年ほどヴィオレ社で働いた後の1857年、オリザ・ルイ・ルグランに転職、1860年には会社ごと買収することになります。ヴィオレ社自体も1849年にヴィオレ氏が別の経営者に売却し、創業者の手を離れましたが、事業継承したのがおりしも1851年の第1回ロンドン万博の2年前、出展したロンドン万博で高級香水商として銅メダルを獲得。また最高級香水石鹸メーカーとしても賞賛を浴びました。当時万博は最高のプロモーションツールであったため、ロンドン万博での入賞を機にフランス国内は勿論、ロンドンやベルリンにまで進出、支店をオープン。ユージェニー妃やスペイン女王イザベル2世の御用達を得るまでに至りました。
 

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1855年パリ万博では香水や香水石鹸だけでなく、当時としては先進的だった熊の脂を配合した香水石鹸や、軟膏、小じわ防止クリームに至るまで(!!)、今でいうところのアドバンスケア化粧品みたいなものや天然香料をふんだんに用いたトイレタリー製品の数々を上市、メゾン・ヴィオレでもトレードマークとして用いている「女王蜂印のヴィオレ香水店」としてニューヨークやサンクトペテルブルクにまでその名がとどろきました。その後もヴィオレ社の勢いは度々の万博出場をガソリン代わりに加速を続け、20世紀に入り1900年から1920年代の長きにわたり、アールデコの宝飾デザイナー、ルシアン・ガリヤールがポスター並びに香水瓶のデザインを担当したり(写真上左)、バカラやラリックにもボトルを委託、1925年のパリ万博で 香水作品としての代表作、プープル・ドートンヌとスケッチが香水部門でグランプリを受賞、フレグランスメゾンとしてのクライマックスを迎えます。

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世界恐慌(1929)後も順調に営業し、無事第二次大戦の動乱を切り抜けたヴィオレ社は、戦後も高機能化粧品や新作香水を発売していましたが、1950年代に入り突如失速、1953年に発売した香水、コーラスを最後に、市場から忽然と消失してしまいます。
 
ヴィオレ社が消失して60年以上の年月が流れた2010年代中盤、2010年に開校した新興調香学校、エコール・シュペリエル・ドゥ・パルファムの学生だったアントニー・トゥールモンド(25)、ポール・リシャルド(25)、ヴィクトリアン・シロ(23)は、卒業する頃にはヴィオレ社を復興させるべく起業を決意します。
 
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メゾン・ヴィオレ 左からヴィクトリアン・シロ、アントニー・トゥールモンド、ポール・リシャルド
 
鍵はヴィンテージボトルだけ、オリジナルの処方もなく、資料も限られている中、同校の提携会社であるフィルメニッヒ社より重鎮調香師、ナタリー・ローソンを監修に迎え、入手していたヴィンテージ・ボトルから香料を分析し、オリジナルのイメージを踏襲しつつも一から処方を組み立てた3作を発表するに至ります。
 
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現在は、パリ北駅にほど近いエティエンヌ・マルセル通りのメゾン・ヴィオレ本店及び公式オンラインストアのほか、フランス・ベルギー・オランダ・スイス・イギリスの計5か国の香水店で取り扱いが始まったばかりで、特にメゾンフレグランス取扱店としては影響力の大きいジョヴォワ(パリ本店、ロンドン店)が年始より取扱いをスタートしたことは、若きメゾン・ヴィオレにとっては大きな追い風となったと言えましょう。
 
それではヴィオレ社の代表作、プープル・ドートンヌをご紹介します。 
 

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プープル・ドートンヌ 75ml €145

 
Pourpre d'Automne (1924/2017)
メゾン・ヴィオレ復興3作の中でも自信作であるプープル・ドートンヌは、1924年に発売され、ヴィオレ社が発売した香水としては最もヒットした同名の香りを受け継いでいますが、もとはミツコ(1919)にインスパイアされたと思しき、バイオレット・アイリス・ローズといった王道のフローラルで味付けした、モッシーなピーチシプレだったオリジナル版プープル・ドートンヌを、メゾン・ヴィオレのチームが大御所ナタリー・ローソン監修のもと、入手したヴィンテージボトルを香料分析の上、オリジナルのイメージを活かしながらフローラル部分によりフォーカスして再構成した新作です。 メゾン・ヴィオレの主任調香師、アントニー・トゥールモンドさん自身「香料ではアイリスとバイオレットが大好き。だからこのプープル・ドートンヌは3作の中でも特に気に入っているんだ」と答えているとおり、バイオレットとアイリスがしっかり主張する、冷涼なパウダリーフローラルです。

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立ち上がりは清浄なバイオレットリーフとアイリスの青みが鼻に抜け、目の前に一切太陽の出ていない真っ白な空が拡がり、冷たい空気が通り抜けていくような感覚に陥ります。甘みのない材木系イリスといえば、近作ではオーモンド・ジェインのヴァニーユ・ディリスを彷彿としますが、ベースにベンゾインとムスクがあるため、頭寒足熱的温かさのなか、優しい色合いで甘さ寸止めのローズが徐々に花開いていくので、より女性らしいフローラル感を感じます。終始アイリスとヴァイオレットの材木系清浄感が表層に流れているので心地よく気持ちが鎮まり、肌の上で穏やかにふわふわと長く香り、ふとした動きに美しい香りの雲が身体から溢れます。ひとくちにパウダリーフローラルと言っても、プープル・ドートンヌにはヘリオトロープのような「ご婦人の私室」的甘さはなく、マットで不透明な練白粉系でもなく、かといって岩底が見えるほどの石清水系にもならず、塩梅よくすりガラスのようなハーフマット感のあるパウダリーに、フルーティなローズが頬に血の気を挿しており、ふだん喜怒哀楽はあまり見せないけれど、静かな情熱を胸に秘めていて、じっと見つめられると吸い込まれそうな瞳をもった、所作の美しい女性を彷彿とします。
 

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オリジナル版 プープル・ドートンヌの広告

名前としては「秋の赤紫」ですが、色味としては「秋の灰赤紫、もしくは藤紫」といった方がよいでしょう。プープル・ドートンヌの水色が、一番香りを物語っています。ちなみに「バイオレットxアイリスのパウダリーフローラル」かつ「藤紫」というと、アプレロンデを想起する方も多いと思いますが、プープル・ドートンヌは名前こそ1924年の香りを引継いではいるものの、全き現代の香りなので、クラシックな印象はありません。ここ2,3年、メインストリーム系・ニッチ系問わず、こういったアイリスを主軸にしたパウダリーな香りが大流行しており、革新的な個性を追及している香りではないので、差別化は難しいところですが、粉物と聞けば東西南北試さずにはいられない私の鼻が喜んだ、一過性の流行には終わらない、丁寧に作られた良い1本だと思います。メゾン・ヴィオレ初出3作の中から1本選べと言われたら、迷わずこれを選びます。

 

取材協力、資料提供:アントニー・トゥールモンド(メゾン・ヴィオレ)

 

【ヴィオレ作品レビューまとめページはこちら】

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