La Parfumerie Tanu

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Black Label Collection (2012) : Floral veil, Amelia, Golden Chypre, Saffron Rose

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2012年、それまでの家督のレシピを現代に蘇らせたクラシック・コレクションとは一線を画し、現代の香りとしていちから処方した新シリーズ、ブラック・レーベル・コレクションは、それぞれが全く異なるパーソナリティを持ちながら、いずれも時代を問わない普遍的な香りで、時空を越えて蘇ったグロスミスの新スタートを飾るにふさわしいラインナップとなっています。処方はクラシック・コレクションと同じくロベルテの調香チームが担当し、素材の良さをダイレクトに肌で感じる事の出来る秀作揃いです。オードパルファム1濃度で、50mlと100mlの他にトラベルボックス(10mlxサフランローズを除く3種セット)もあります。発売から5年後の現在、クラシック・コレクションを抜く人気のシリーズに成長したそうで、今後の新作へも期待が高まる渾身のコレクションです。
 
Floral Veil 
 
処方:ジャン=マリ・サンタントーニ(ロベルテ)
香調:グリーンフローラルブーケ
 
ホワイトフローラルを束ね、グリーンをアクセントにしたフローラルブーケですが、フランスやイタリアから出てくる眩惑的なホワイトフローラルではなく、「花のヴェール」という名に違わぬ、大変イギリスらしい空間演出系のあっさりとしたブーケに仕上がっています。この手の香調は、グロスミスより1世代後に登場し、ロイヤルワラントとしてはむしろグロスミスよりカードの強い、というか当時最強であるヴィクトリア女王のワラントを賜るも、栄枯盛衰のうえクライヴ・クリスチャンに丸呑みにされたクラウン・パフューマリーの一連の作品(クラウン・ブーケなど)を彷彿する、自己の印象が相手を圧倒する事をよしとしないブリティッシュ・パフューマリーの繊細なお家芸的香調で、チュベローズやバニラオーキッド、イランラインのような主張の強いホワイトフローラルを中心にしている割には、全体的な印象は処方にはない瑞々しいすずらんと青みのあるブルガリアンローズを主軸に感じる、バランスのとれた普遍的に親しみやすい香りです。日本人にとっては昭和の資生堂にも通じるグリーンフローラルですので、DNAが喜ぶ親和性の高い香りだと思います。 清楚で身持ちが良く、語らずとも香り立つ知性を携えているのがわかる香りですが、デリケートな香り(弱いという意味ではない)なので損得勘定が先に立ち、価格に応じた①濃度②パンチ③意外性を求めるうちに、鼻がバカになってこういうレース編みのような繊細な香りに対し鈍感になりがちなメゾンフレグランスファンには物足りなく感じるかもしれませんが、若い頃から使えば一生の友になり、やがて母の香りにもなれる幅広さもあるフローラル・ヴェールは、ブラック・レーベルの中では一番日本人の肌と嗅覚にあうと思います。
 
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フローラル・ヴェールEDP 50ml、100ml
 
Amelia
 
処方:トレヴァー・ニコル(ロベルテ)
香調:フローラルムスク
 
グロスミス創業者、ジョン・グロスミスの娘で、グロスミス・ロンドンとして復興させた末裔、サイモン・ブルック氏の曾祖母にあたるアメリア・エライザ・ブルック(旧姓グロスミス、1847-1932)の名を冠した作品です。アメリアさんは、家系図的にいうとジョン・グロスミス(1813-1867)の長女、かつグロスミスの2代目オーナー&調香師、ジョン・リップスコム・グロスミス(1843-1919)の妹に当たる方で、ブルック家へお嫁にいったこの方が、グロスミス社に関わっていたかどうかはわかりませんが、サイモン・ブルックさんが先祖探しで失われた香水会社、グロスミスにつながる鍵となった、大事なご先祖様には違いありません。
 
アメリア 100ml ブラック・コレクションだけに
端正な黒いお箱に納められています
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香りとしては毅然としたフローラルムスクで、フローラルのモチーフにはローズやネロリに、エキゾチックなオスマンサスが用いられていますが、存在感は圧倒的にジャスミンが強く、そこに主張の強いドライでアニマリックなカシミアムスクが合流し、ムスクとジャスミンが双方を引き立てあう生々しさが、香りに驚きの迫力をもたらしています。近似値にメートル・パフュムール・エ・ガンティエのラ・レーヌ・マルゴ(カトリーヌ・ド・メディシスの末娘、マルグリット・ド・ヴァロワを題材にした作品、2007※廃番)がありますが、同じジャスミンxムスクの香りでも、モデルになった王妃マルゴの史実に伝わる淫乱な人生を見事なまでに香りで表現したレ・レーヌ・マルゴとは全く表情が違い、パチュリやサンダルウッド、ベチバーでベースを引き締めているため淫靡な感じにはならず、むしろ崇高な感じすらあり、堂々とした賢い女性の姿が脳裏に浮かびます。香り持ちも良く、アニマリックだけれど体毛が濃くなった気分に陥らない、知的で気品のあるジャスミンムスクをお探しでしたら、アメリアをお奨めします。

 

Golden Chypre
 
処方:トレヴァー・ニコル(ロベルテ)
香調:シトラスアロマティックシプレ
 
 
「黄金のシプレ」の名に恥じぬ、クラシックなシトラスシプレを丁寧に踏襲した、間違いのない、しかも親しみやすく素直な雰囲気の逸品です。付け初めにはシプレの王道・ベルガモットがドライでダスティなベチバーやパチュリとともにバーストし、レザーシプレのようなちょっとハードな印象ですが、肌の上に残るのが意外なほどたおやかなローズとヘリオトロープで、そこがイグレックやジバンシィトロワなど、60年代に登場したシックで知的なフローラルシプレを強く彷彿します。もちろん性別問わず似合いますし、今時分つければ素敵なサマーフレグランスになるでしょう。女性がつければスマート&スタイリッシュに、男性がつければ俺が俺がと主張せず、いつも朗らかなやさしい表情で見守ってくれて、声が低めで口数は少ないけれどジョークはキマる、そんな気の利いた男性の雰囲気を感じます。
 
シェアードフレグランスとしては、ゴールデン・シプレが1番のおすすめで、EDPとしては香りがあまり持続しないのが残念ですが、その分消え入り方が美しく、ラストでぐだぐだにならないフェイドアウトは良い原料を使っている証で、春夏のデイタイムには、こういうスタイリッシュでいながら身体の粗熱を程なく抜いて、リラックスできるつけ飽きない香りが1本あると嬉しいです。
 
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フローラル・ヴェール、アメリア、ゴールデン・シプレのトラベルセット。
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ブラック・レーベルボトルのキャップ。ずっしり重そう、重いよねきっと
 
 
Saffron Rose
 
処方:トレヴァー・ニコル(ロベルテ)
香調:オーセンティックウードブレンド
 
ブラック・レーベル・コレクション中最も異彩を放っているのがこのサフラン・ローズです。サフラン、ローズと名乗っていますが、一番主張が強いのがウードなので、久しぶりにどのくらいウードを感じるかの指標「ウー度」を補足させていただきます。
 
2014年、A Stranger in Arabというアラビアン・フレグランスの一大特集を組みましたが、レビューを書くため半年間中東香漬けだった当時を思い出すほど本気のウードブレンド、しかも無理がありません。ここから本物の中東香への扉が開いても、違和感がないでしょう。それだけ中東市場を意識して作ったものと思われる、オーセンティックなムハラット(ウードブレンド)です。アラブ5大香料、ウード・ムスク・アンバー・ローズ・サフランが全員集合、しかもムスクには助太刀としてカストリウムのような獣臭もしっかりあり、かなり毛が生えています。これは中東の方が前のめりになって買い求めるのも納得の出来栄えで、むしろ欧米の方には2012年の発売当時にはかなり強烈に感じたのではないでしょうか。2012年といえば、すでにメゾンフレグランス市場のみならずメインストリームブランドでも、中東の財布をガッツリ握る為、既存の売れ筋にスズメの涙ほどウードノートをトッピングしたドジョウを星の数ほど出してきた時代ですが、さすがはかつてエキゾチックな芳香で英国内外を沸かせたグロスミスだけあって、本気度が違います。EDPとは思えない濃厚な香り立ちですが、寸止めで重さを抑えてあり拡散も控えめなので、なかなか中東メーカーのアラビアン・フレグランスを入手するチャンスはないが、欧米ブランドがこぞって出している「なんちゃって」ではない、アラビアのスークに漂う風のような本物の香りがするウードブレンドが欲しい、という方にお奨めです。

 

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ブラック・コレクション 50mlボトル

ちなみに中東では、一時他の諸外国同様ブラック・レーベル・コレクションがクラシック・コレクションの人気を塗り替えましたが、ここにきて何故かシェメルネッシムだけがピンポイントで人気再燃し、現在中東ではシェメルネッシムがダントツ絶好調なんだそうです(エレナーさん談)。名前の由来がアラブの春まつり(ヤマザキ春のパンまつりみたいですね)で、エジプトでは国民の祝日にもなっている、春の訪れを祝うシェメルネッシム。縁起も良くてつい欲しくなってしまうんでしょうか。
 
ウー度 ★★★★☆
 
 
 
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