La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Heure Exquise (1984)

旧ボトルと付属のゴールドカバー


「モデルでありピアニストでもあった美貌のシングルマザー」という、そのドラマティックな人物像を語るには完璧すぎる修飾語が常に添えられるオーナー調香師、アニック・グタールがフォラヴリル(1981)でデビューしてから3年後、アニックファンのなかでも愛好者の多かったチュベローズ、ローズ・アブソリュと共に世に出たウール・エクスキースは、アニック作品の最も気品溢れるロマンティックな香りとして欧米では非常に評価が高く、実際のところ世界的人気のオーダドリアン(1981)とプチシェリー(1998)を除き、欧州でのロングセラーは80年代前半のレディス作品に集中しています。 

「かけがえのない時」の名を持つウール・エクスキースはアニックが38歳の頃に発表された香りですが、そこから遡ること約15年、まさしくアニック自身にとってもかけがえのない青春真っ只中、彼女が20代前半の時に世を席巻したシャマード(1969)とシャネル19番(1971)、特にシャマードへのオマージュを見る、類希れな美しさが香るふくよかなグリーン・フローラルです。立ち上がりには苦みばしったガルバナムと瑞々しいヘディオン、冷涼なフィレンツェ産アイリスが胸を透かすかのようにバーストし、地からのぼる強さのある強香なヒヤシンスにジューシーなターキッシュ・ローズ、そしてサンダルウッドにほんのちょっとのバニラがそれぞれの個性をふんわりとパウダリーに甘くからめ、グリーンだけではない陽光をたっぷり含んだような暖かみのある芳香、それがアニックの作品だから、とか、良い天然原料を使っているから、という理由などなにも必要のない、理屈抜きの心地よさに酔いしれます。シャマードの、さわやかでいて花粉のような脂性のパウダリー感が醸し出す抑えきれない爆発寸前の激情や、19番の言外に人を突き放す冷酷なアイリスとオークモスの共闘のような抜きん出たカリスマ性はありませんが、いつまでもこの優しいグリーンフローラルの香りに包まれていたい、と身体が解れていく心地よさは、胸の奥には激しい情熱、唇を噛むほどの思いを秘めながら頬には微塵も浮かべない、微風になびく髪を押さえながら5月の木漏れ日に包まれほほえむ美しいひと、美しきアニック・グタールの欠片が輝いているように感じます。

この時代の香りだけではなく、直前のパッション(1983)、後に続くガルデニア・パッション(1989)、グランダムール(1996)などにもしっかりと共通のガルバナムとヘディオンがタッグを組むグリーンノートを感じるので、アニックという女性は本当に高度成長期の王道グリーンフローラルに魅せられ育てられた人なのだとわかります。共同制作者のイザベル・ドワイヤンと共に相当のゲランファンだったと伺いますので、生前シャマードを愛用した時代があったのは確かでしょう。

アモーレ・パシフィック買収前まではEDT・EDP2濃度で、各濃度に詰替え用ボトル(125ml)もありましたが、現在はEDP100mlの1濃度1サイズ展開となっています。残念ながら日本での取扱いは終了し、またアニックのラインナップではかのリアンヌ・ティオ・パルファムでも取扱いを終了するなど、欧米の正規代理店でも扱い店舗が減ってしまい、ロングセラーだったはずなのに残念です。アニック・グタールの公式オンラインショップで取扱いがありますが、日本対応していません。現在最も入手しやすいのはFragranceXやFragranceNetなど、アメリカのディウカウント系オンラインショップというのも皮肉な話です。

こちらのレビューはEDPを元にご紹介しましたが、EDTはアイリスよりもローズが前に出て香り、ガルバナムが利いてちょっぴりヒヤシンスの生々しさも感じるグリーンローズといった風情になります。肌にのせて服を着てしまうと表には殆ど香ってこない程控えめで持続も弱く、体感的にはコロン並みなので少々この香りのよさを享受するには物足りなさを感じます。ラインナップ整理において、EDPの方を残してくれた事には心より感謝しています。EDTを使うなら、下着など布地につけると多少は長持ちするでしょう。

いずれにせよ、不世出、という大仰な賛辞を乱発したくなる秀作です。

ウールエクスキース EDP 100ml 旧ボトル

購入先:FragranceX
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