Femme (1944)
1944年にマルセル・ロシャスが18歳の妻・エレーヌに贈る為、その後20世紀後半を代表する名調香師となるエドモンド・ルドニツカに作らせた、パルファム・ロシャス一般流通品としては初の香水、ファムの現行品とオリジナル版の比較です。戦争末期、入手困難な香料の中から、使えるものは何でも使った破れかぶれなチャレンジが起爆剤となり、これまでにない「女の武器は女そのもの、知性も品格も要らない」といわんばかりの危うい女の香りとして、世界的に爆発的な人気を誇ったフルーティ・シプレの名香で、数々の濃度違い、ボトル違い、バスラインが出回りましたが、現行品はEDPとEDTの2濃度展開(近年EDPは廃番、現行流通品はデッドストック)で、バスラインは見かけないところをみると、過去のアーカイヴとしてノスタルジアに応えるため、細々と生き長らえている感があります。
1989年のリニューアルはエンジェル(テュエリー・ミュグレー)等を調香したオリヴィエ・クレスプがあたり、オリジナルにはあくまで忠実に、かつフルーティ・シプレの隠れた傑作と名高いジャン・パトウのクセジュ(1925)にもルーツを仰ぎ、今にも身割れしそうな熟れた果実の危うさとクミンなどの肉感的なスパイスを、リニューアル版では更に美しく昇華させています。こちらは現行品のEDPですが、オリジナルにかなり近く、EDTが持つ若干情緒不安定で汗ばむような荒い色香が穏やかなものになっています。現行品をボトルでお持ちになるなら、EDTよりつけやすいEDPがお奨めです。
一方オリジナル版は、リニューアル版と比べ多少表情が穏やかで、つけやすく感じます。パルファムはレザーの渋みで更なる深みと落着きを、コロンはアルデヒドとプラムやピーチのさわやかさが際立ち、パルファムドトワレは現行のEDPに一番イメージが近いです。また、ロシャスがウエラに買収される直前の1986年、マダム・ロシャス、ルミエールと共にEDP濃度でファムもアンタンス版が発売されましたが、これがオリジナル期の最終形として、扇情的な色香を爆発させているのと同時に、非常にしっかりしたクラシック・シプレの骨格と濃度を具えていますので、もしデッドストック品で見かけたら、ファム・ファンはいたずらにヴィンテージボトルを追わずに即決してください。
左より リニューアル版EDP,オリジナル版PDT,オリジナル版EDC,オリジナル版P
ファム・アンタンス リフィルボトル
ファム・アンタンス リフィルボトルの頭部。アンタンスシリーズは全て同じボトルデザインで、
スプレィ頭部にロゴが彫られている