Audace(1972) parfum
パフューマリーとしての黄金期を1970年代に迎え、ゲランをして「最強のライバル」と言わしめたロシャスは、過去のアーカイヴから隠し玉をひとつ世に現しました。現在海外オークションなどでパルファムならば常にプレミアがついている幻の逸品、オーダスです。
オリジナルのオーダス(1936)は、創業者マルセル・ロシャスがイベントやショーの開催時にのみ顧客に販売した香水3種(Audace, Air Jeune, Avenue Matignon)のひとつで、調香もロシャス本人とされています。ロシャスの香水が本格的に世に出るのはファム(1944)からで、1940年代の作品はエドモンド・ルドニツカが調香を担当していますが、それ以前は創業者本人が細々と顧客感謝品の香水を作っていたようです。この顧客感謝品も、第二次世界大戦の本格化により1939年すべて廃番となった上、ファムの爆発的大ヒットにより、その存在は忘却の彼方となったと思いきや、33年後、突如各地で見開きカラーの広告を打って再登場したのがリニューアル版オーダスでした。
おそらく当時のロシャス専属調香師、ニコラ・マムーナスの手によるリニューアル版オーダスは、当時のトレンド、ドライなグリーン・シプレで、確かにシャネル 19番(1970)、ジバンシィトロワ(同)、アロマティクス・エリクシール(1971)を輩出した時代の産物と頷ける香調となっていますが、前出3種が それぞれ持つ際立った目力というものはなく、代わりに終始尖らないダスティなグリーンがやんわりと包み込む、それでいて過剰な温かみのない、端正で知的な一歩引いたシプレに仕上がっています。後に続く同じ作者のミステアドロシャス(1978)にも通じる風情がありますが、ミステアのアニマリックな押し、ひとの気持ちをかき乱すような無言のエロティシズムみたいなものはなく、もっと清廉で、名前ほど「大胆」ではありません。ビターな柑橘系とガルバナムの青さに加え、男性的なジュニパー・パインニードル系の爽快感から徐々にダスティなグリーンとオークモスが顔を出し、その合間にアイリスや酸味のあるローズなど冷涼系のフローラルが表情を重ね、一貫してしゅうしゅう、すうすうするドライな風情はベースのウッディノートがドライでムスクなどのアニマリックな要素がないからかもしれません。これでセクシャル・アピールも兼ね備えた演出が出来る人は、香水の力は無用だと思います。ちなみに、オリジナル版イヴォワール (1979)のパルファムが体感した中では最も印象が近かったですが、イヴォワールからアルデヒドの熱のこもったリフトや石鹸様の明るい感覚を差引き、若干焦点をぼやかしたらオーダスになる気もします。
そんなオーダスですが、せっかくのリニューアルにも関わらず、発売後たった7年で再度この世を去ることになります。前後して登場したミステアの迫力には霞むこと幾千万だったのでしょう、よく言えば清廉、悪く言えば腹に力の入っていないグリーン・シプレに生き残りの道を残さず、ミステアにバトンタッチしたのは企業としては正解と言えましょう。ちなみにミステアドロシャスの回で、以前「アメリカ専売品」と記載した事がありましたが、その後原文のソースが消失してしまったのと、発売当時の広告が英仏語双方で多数残っているため、米限定発売の確証が取れなくなりましたので、撤回させていただきます。また何分発売時期が短かったため、日本での発売があったかどうかが、手持ちの資料を見ても追えないのが残念です。香水関係者の方など、1970年代のロシャスに詳しい方、情報をお持ちの方は是非情報をお寄せ下さい。
オーダス パルファム 15ml