La Parfumerie Tanu

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- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Habanita (1921/2012)

2.厳選クラシック香水紹介

The Essential Guide to Classic Perfumes

 

Habanita (1921/2012)

南仏グラースにて1849年に創業し、現在も家族経営にて香水工房を運営している老舗、モリナールが1921年に発売し、値頃な価格も手伝って今なお本国フランスは勿論世界中で愛されている名香、アバニタです。モリナールはことのほかこのアバニタを大事に思っているようで、2009年にはフランス各地で「アバニタ祭り」なる一大キャンペーンを展開していました。過去の広告を見ると、バスラインやステーショナリー、ルームフレグランスが長い歴史の中に幾種類も販売されていたようです。個人的に、シャネル5番(1921)と奇しくも同年に発売されたこのアバニタを偏愛しており、ぜひともこの場を借りてアバニタの魅力を読者の皆様にも知っていただきたく、オリジナル版、リニューアル直前の限定版、そして現在のリニューアル版を総括してみたいと思います。

アバニタはもともと、1921年にグラースの薬剤師がタバコの香り付けに作った香料で、後に「世界一香りが長持ちする」女性用香水として発売されました。

薬剤師が作っただけあって(?)どこか香辛料や薬草を髣髴とさせる、大変どっしりとしてふくよかな、ベチバーとバニラがこってりと交わったオリエンタルよりのレザー・シプレです。タイガーバームの赤缶に通じる香りに、最初は驚いたものです。2012年に大々的なリニューアルが行われ、現在はリニューアル版オードパルファム1濃度のみとなっています。リニューアル前に長らく愛されたオードトワレは、現在もストック分が流通していますが、パルファムは殆ど見かけなくなりました。EDTでもかなりパワフル・ロングラスティングですので、日本では一般的に秋冬向けだと思います。現代の香調とはかなり違います。

Habanita (original version EDT & Parfum 1921-2011)

アバニタは、色でいったらこげ茶色。つけると、かなり肉感的で躍動感あふれる、胸の谷間に脂汗をためた豊満な女性を、否が応でも彷彿としてしまいます。一言でいうと「ボインの香り(失礼)」。甘味、辛味、苦味がドカンドカンはじけるレザー・シプレですが、その中にほんのりイノセントなパウダリー感を秘めているので、たちが悪いのです(笑)ただし、はみだし気味の胸がいつも揺れているような荒い扇情を感じるEDTに比べ、パルファムはさしずめ上等な下着をきちんと身に着けたまとまりを感じます。

モリナールというと、シングルフローラルなど明るくて軽い香調が有名ですが、一方でこんなどっしりとした香りを80年以上も作り続けているところに、老舗の懐の深さを垣間見ます。

Habanita Edition Privee (EDP, 2009)

モリナールを代表する(ものの、他の軽い香りとは明らかに一線を画す)アバニタが、モリナール創業160年を記念し「アバニタ祭り」にあわせて発売された限定のオードパルファム、エディシオン・プリヴェです。発売もモリナール直販サイトとごく限られた取扱店でしか入手できませんでした。クリスタルにマットなブラックの塗りを施し、ポワール(バルブ状のスプレィヘッド)が付属品としてついた125mlの巨大ラリックボトルで、このサイズしかないところをみても、いかにモリナールがアバニタに対し長く世代につなげたい思いがあるかを知る事ができます。完売後、まず見かけることはありません。

香りとしては、トップにかなりなベチバーと甘さのないベルガモットやフルーツが全面に出て、随分ライトでドライになったと思いきや、肌表面では乾いたベチバーやレザー、タバコが香る一方で、立ち上る香気はアバニタの真骨頂であるまろやかなアンバーバニラとオークモスをしっかり満喫、オリスやヘリオトロープなどのパウダリックな要素も変わりはありません。クラシック香水独特の香りの層がくっきりと体感でき、かつ今までのアバニタにはなかった透明感が現れ、全体的には重厚感と爽快感を上手く両立しています。どっしりとしたパルファムと荒削りなEDTの中間と言うよりは、EDTの解像度をぐっと高めて粒子が細かくなり、パルファムのまろやかな深みも持合わせ、よい意味でつけやすくなった感じです。確かに最初は若干今風に薄くてきつくも感じますが、一日を通してみてよくよく考えて作られた新濃度であるとわかります。

なおアバニタはこのエディシオン・プリヴェと通常品すべてに天然オークモスを使用しており、老舗の心意気を感じます。

Habanita (new, 2012)

1921年生まれのアバニタが91歳となる2012年初頭、モリナールはアバニタの大々的な規格変更を行い、これまで取扱いのあったパルファム・オードトワレ・ソープなどのバスラインをすべて廃番とした一方で、フレグランスは新処方のオードパルファム1種(75mlと30mlの2サイズ)に、バスラインはシャワージェルとボディミルク2種のみとなりました。

ヨーロッパでは確固たる人気を誇るアバニタ、この規格変更はモリナールとしても特設サイトを設置するなど満を持した勝負と見えて、フェイスブック上でもアバニタの歴史や過去の広告を載せ「不滅のアバニタ、新たなる発見」の意気込みでボトルや箱も一新。メーカー自らが胸を張る大胆な変更にアバニタファンの私も気になり、取扱店に問合せた所はっきりと「今までのアバニタとは違います。でもセンシュアルな魅力はそのままですよ」との事、ますます気になり発売すぐに取り寄せてみました。

第一印象としては、その透明度の高さに驚きました。あれ、アバニタ、向こうが透けて見えてるよ、どうしたの?といった具合の透明度です。不透明な重厚感で迫るアバニタ、ここまで透明度が上がってはさすがに最初は面食らいました。限定版、エディシオン・プリヴェ(2009)の際も随分透明感があると感じましたが、新生アバニタはエディシオン・プリヴェの比ではありません。ただ、鳴物入りで登場しただけあって、ただの薄口仕上げになっただけでは終わらず、取扱店の言うとおり、印象はアバニタそのもの。さすがに胸の谷間の脂汗や香りに交じる体臭のような迫力は感じられないものの、焦げ茶色と深い紫を幾重にも重ねたオーガンジーの様な香り立ちの中には、主軸のアンバーバニラやベチバー、オークモス、ソーピーなオリスやヘリオトローブも、ベースのレザーやタバコノートも健在。そしてこのオーガンジーの質感で、しっかり終日香るところも「世界で一番香りが長持ちする」のが自慢のアバニタ、期待を裏切りません。日本の真夏でも美しく香ります。旧品のEDTやパルファムをお使い付けの向きにとっては賛否両論有ろうかと思いますが、個人的にはこの処方変更は、1921年に生まれたアバニタが当時の女性を虜にしたのと同等のスタンスで、2012年の女性に受け入れられるのではないかと思います。

往年の香りを再処方し、功利の匂いがする変わり果てた姿になってしまうものが多い中、エディシオン・プリヴェもよくできていましたが、新生アバニタも決して過去のパロディに終わっていない所を評価したいと思います。海外香水サイトでも「処方変更とはかくあるべき、他の香水も範とすべし」の高評価が目につきます。

ただ、欲を言えば、パルファム濃度は残して欲しかった。このEDPに、ポイントでパルファムを点付けすれば、陰影と立体感が増し、美しいだけに終わらない21世紀のアバニタが登場する筈です。新生EDPの人気次第かもしれませんが、パルファムが復活する事を願います。

 

アバニタ パルファム

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