La Parfumerie Tanu

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- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Period C: Economic Boom (circa 1960)

Period C: Economic Boom (circa 1960)

 

Madame Rochas (1960), Madame Rochas intense (1986)

戦後ロシャスのまごうことなき代表作、マダム・ロシャスです。調香はカレーシュ(1961)、アムアージュ/ゴールド(1983)などを手がけた巨匠・ギィ・ロベール。品格の高いウッディなフローラル・アルデヒドで、オリジナル版は現行版よりフルーティでフレッシュ、対象年齢が若干若い感じがします。発売時より幅広く愛され、より落ち着いた香りになった1989年にジャック・フレッスらによるリニューアル後の今も尚、かつてのマドモワゼルが真のマダムになり、生涯の伴侶として手放さないわけは、マダム・ロシャスが持つ香りの普遍性(レテルネル・ファミナン)にあると思います。
リニューアル版も、発売当初はパルファムがあり、香り立ち・持ち・バランスどれをとっても素晴らしく、一度つけると毎日つけたくなるほど手放せなくなります。現行のEDTは若干香りが痩せていますので、現行品でも充分良い香りですがもし入手可能ならリニューアル後のパルファムをお奨めします。免税店でも手ごろな香りだったので、90年代にお土産として流通していた未使用品が数多くオークションなどで出回っていますので、ヴィンテージとしては国内でも割合入手が容易なほうだと思います。ここが、アムアージュのゴールド(レディス)の原点だと知る上でもマダム・ロシャスは通過できない重要な香りです。

ロベール師の代表作といえば、所論あるかと思いますが、個人的にはマダム・ロシャスではないかと思っています。後年、オマーンの富豪から「予算は問わない。好きな香りを作って下さい」と言われ、その依頼したアムアージュの創業者夫人がマダム・ロシャスの大ファンだったという事もあり、アムアージュ初出であるゴールド(1983)が、まるでプレミアム版・マダム・ロシャスともいうべき香調な事からも、ご本人の黄金律ここにあり、なのがこのマダム・ロシャスなのではないかと思います。マダム・ロシャスは1989年にジャンールイ・シューザック(オスカー・デラレンタ、オピウム、ファーレンハイト等の作者)とジャック・フレッスの共作でリニューアルされましたが、パルファム・ロシャス社は1987年、ドイツヘアケア大手のウエラに買収されており、買収を受けての購買層拡大をもくろんだリニューアルです(同タイミングでルドニツカ作のファムもリニューアルしています)。リニューアル後の香調も評価が高く、クラシック香水のリニューアルとしてはオリジナルへの真摯な敬意が感じられる秀作ですが、ここ最近、何故かアメリカのディスカウンターにて地味に流通しているのが、ウエラ買収直前のものと思われる、ロシャス代表作のアンタンス版EDPです。マダム・ロシャスの他にファムとルミエールがあり、其々EDP濃度となっており、ボトルケースの刻印に’1986’とあり、外箱にバーコードもないので、リニューアル前に出た最後の濃度展開だと思います。

これが、まさしくアムアージュ・ゴールドの世界を踏襲するような、香りのバランスを保ちつつ、濃厚かつ彩度の高い解釈に昇華した、非常によくできたバージョンで、アルデヒドの熱源反応的バーストとベルガモットやレモンなどの果皮の立ち上がりから、胸板の厚いジャスミンとローズにヒヤシンスやナルシスなどの球根系強香ホワイト・フローラルが折り重なり、アニマリックなベースがオークモスの深みと共にしっかり下支えして、まるでパルファム濃度のようにじわじわと香り続けます。オリジナルがヒットすると何匹目のドジョウまで出てくるのか判らない程、バージョン違い花盛りの昨今と違い、80年代半ばでオリジナルのまま「アンタンス」を出してきたのは、経営不振に陥った買収直前のロシャス社渾身の挑戦だったのかもしれませんが、これだけの完成度をみながら買収後あっさり廃盤、香調もリニューアルしてしまったのは残念至極です。デッドストック品としては値崩れもせず、70-80USドルと案外にいい値段がついての流通ですが、勿論ありきりで入手不可能になりますので、もしマダム・ロシャスが好きで、かつアムアージュ・ゴールドも欲しいけれど価格的に手が出ない、という場合、間違いなくこのアンタンス版マダム・ロシャスが適役ですので、入手可能なうちにお求めになるのをお奨めします。

ちなみにこのアンタンス版シリーズは、ボトルカバーとリフィラブルの本体となっていてリフィルのデッドストックも同様に出回っています。そして近年ではさっぱりみかけないエアゾールタイプのアトマイザーで、ガスが充填してありますので、プッシュすると押しただけ噴霧が続き、ナチュラルスプレィと違ってミストは細かいものの、いつまでも出ますので、つける時にはつけすぎに注意が必要です。しっかり封入されていて、発売後30年以上経過したヴィンテージとしても、非常に香りがフレッシュですので、そういう意味でも出会いがあれば即入手をお奨めしたい逸品です。

リニューアル後のパルファム(左)とオリジナルのPDT

 

Caleche (1961)

世界三大名香のひとつに輝く、エルメスのカレーシュです。エルメスは1837年に開業した馬具商でしたが、自動車の普及により馬具中心の商売では成立たないと早くから予見し、馬具から鞄や財布などの皮革製品にシフト、ついで服飾・宝飾品へ業務拡大するものの、香水への着手は以外に遅く、戦後10数年も経った1961年のカレーシュが初出となります。

この時代、老舗メゾンの名を最初に背負わせるにふさわしく、かつ親しみ易い香調といったら、どうしてもフローラル・アルデヒド系になったのでしょうか、カレーシュも直球フローラル・アルデヒド系で、しかも同じロベール師の傑作、マダム・ロシャス(1960)の近似値この上なく、前年発売されて爆発的ヒットを始めた香りとこんなに香りがかぶって大丈夫だったのかと心配になりますが、それは売り方だったのかな、とも思いますし、事実カレーシュは大ヒットして、発売後50余年、一度も廃番にはなっていません。むしろ親会社が転々とした結果、処方もやせ、値崩れもしてディスカウンターの常連になってしまった現行マダム・ロシャスの零落振りを見ると、販路は大事だな、と痛感します。勿論丁寧に嗅ぐと、マダム・ロシャスの、エレーヌ・ロシャスの化身ともいうべき、どこかあどけない可愛らしさと、真っ向人の目を正面から見据える自立しなければならない女性の強さが同居した雰囲気が、カレーシュでは何か大きな後ろ盾に守られた安心感が大前提にある様な奥ゆかしさの方が前面に感じます。マダム・ロシャスが頬に光を受けて笑っているとしたら、カレーシュは若干顎を下げて睫毛のひさしを頬に落して微笑んでいます。その位の差で、基本的骨格は同じです。
立ち上がりのオレンジ、レモン、ベルガモットの果皮3傑とアルデヒドのバーストがふっと和らぐと丸みのある王道フローラル・ブーケがオークモスとサンダルウッドの温冷兼ね備えたベースに支えられマダム・ロシャスより若干酸味が抑えられたトーンで持続します。発売当初はオードトワレとパルファム、パルファムドトワレの3種でしたが、1992年香調の違うソワ・ド・パルファム(ロベール師の作品ではない)が新たに加わった時点でPDTは廃番となりました。EDTは朝つけたら昼には殆ど香らない程度の柔らかさで拡散も弱く感じ、午後にはタッチアップが必要な濃度です。パルファムはこの時代のものにしてはどっしり感が少なく透明度が高く消え入り方が綺麗で、EDTを全身に、パルファムを点付けする事で完成するタイプだと思います。そういう意味で別途単品完結するPDTがあったのではないでしょうか。

パルファム

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