La Parfumerie Tanu

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Age of Neo-Powderist 2 : Elevator to the Dressing Tables

【パターン2:化粧台のエレベーター
口紅、白粉、化粧台 化粧の匂いで気分が上がる。自然体、断固反対の作り物礼賛
 
70年代から90年代にかけての過剰に押しの強い香りの流行の反動から、薄くて軽くて、その実いつまでも消えずに残る人工的にフレッシュな香りが世界的に大流行しました。今でもアジアではシアーでリニアな香りは根強い人気がありますが、主流への反動から次の主流が始まる事は日常茶飯事で、今となっては時代錯誤な、ずらりと化粧品や香水の並んだ化粧台の前で、真っ赤な口紅をきっちり引く、そういう化粧の匂いで気分が上がる、化粧台から立ちのぼる、化粧台のエレベーターとでも呼びたい「リップスティックノート」も、21世紀の粉物に登場してきます。先ほどのマルちゃんでもそのまんま「リップスティック・ローズ」という香りが2000年に出た位です。
 
ところで口紅って、何からできてるか知ってます?ざっくり言うと、ロウと脂と色素です。口紅って、唇に塗るでしょ?鼻の真下ですよね?昔は、原料の精製技術が低かったので、ロウと脂の原料臭が結構したんですよ。それで原料臭を隠すために、口紅にがっつり香料を入れていた。30年位前の海外ブランドの口紅って凄い匂いでしたよね?それそれ、そこがリップスティックノートの原点です。口紅だけじゃなくて、粉白粉も基礎化粧品も結構香料きつかった。あれはもちろん使い心地をよくするためではあったんですが、原料臭をマスキングするためでもあったんですね。よく口コミサイトでクラシックな香りは高確率で「おばあちゃんの化粧台の匂い」と十把一絡げにくくられていますが、日本ではネガティブコメントでも、欧米ではそこに戻りたいムーブメントもあるわけです。それがこの化粧台のエレベーター。どこまで遡るかというと、それは作り手のイマジネーションに寄るんですが…
 
3.Lipstick On / Maison Martin Margiela (2015)
まずムエット3番、メゾン・マルタンマルジェラのレプリカ・コレクションから、2015年に出たリップスティック・オンでは、1952年のシカゴに遡っています。

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マルタンマルジェラはベルギーのデザイナーで「アントワープの6人」の一人ですね、ドリスヴァンノッテンと同系統です。ブランド自体はパリのブランドで、ご本人は2008年に引退していて、フレグランスが登場したのは2010年、マルジェラ本人引退後です。レプリカコレクションは2012年からスタートした、何年何月のどこどこ、という場面を切り取った架空のシチュエーションをレプリカにした香りのシリーズで、日本でもマルジェラのブティックで購入可能ですが、日本で一番の取引先は仙台というちょっと不思議なブランドです。香りとしては、黒板、キキキー!系のかったいアイリスで、つけていて最初はキリッキリしますが、徐々に柔らかみが出てきます。オードトワレですが結構香り持ちがいいんですよ。
 
4.Bruise Violet / Sixteen92 (2016)
それではムエット4番、アメリカのインディ香水ブランド、シックスティーン・ナインティーンツーのブルーズ・バイオレットの復元ポイントは1990年代前半のシアトルに出てきたコワモテ女性バンドブーム、ライオット・ガール(Riot Grrrr)です。f:id:Tanu_LPT:20180529224738j:image世の中的にはナチュラル大流行でしたが、当時シアトルはごっつい化粧したこわい姉ちゃんバンドが沢山出てきました。香りの名前も「むらさきの青あざ」ですからかなりコワモテですが、香りはいたってノスタルジックで、白粉をバフバフにはたいた真っ白な顔に、口紅をスティックでぐりぐりの直塗り感がよく出ています。マルジェラの方は確信犯的なノスタルジアで、アーティスティックな造作がありますが、問題はSixteen92ですね。これはちょっとこのブランドとアメリカ自体の背景的なものを説明させていただきます。
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Sixteen92は、先週高校で銃乱射事件が起きたばかりの、ホットなテキサスのブランドで、オーナー調香師はクレア・バクスターさんという1980年代前半生まれ、現在30代半ばの女性です。
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で、このSixteen92というブランド名は、マサチューセッツ州セイラム、現在のダンバースで実際に起こった、世界最凶の魔女裁判、セイラム魔女裁判が行われた年、1692年に由来していて、クレアさん自体も自分を「魔女の生まれ変わり」だと明言しているんですよ。先日この人からもらったメールの署名が「Chief Executive Witch」ですからね、CEOじゃなくてCEW。最高経営責任魔女ですよ。作品名もセイラム魔女裁判に登場する実在の人物がバンバン出てきます。ゴスですね。完全ゴス、それも田舎の狂気的アメリカンゴスです。ちなみにセイラムから改名したダンバースは、その後世界で初めてロボトミー手術が行われたダンバース精神病院があった(現在は廃院)場所として有名になりました。どっちにしてもおっかない場所です。
 
アメリカのゴスってヨーロッパのゴスとは根っこが違うんですよね。ヨーロッパのゴスは1970年代半ばから出てきて、多分にキリスト教的要素が強いですが、アメリカはそこにホラーとかシリアルキラー的要素が加わって、独自の変化を遂げて別物として根付いています。ヤマ場は1990年代。ちょうどこのクレアさんが小学生の頃ですね。1692年のセイラム魔女裁判だって、魔女裁判は勿論ヨーロッパから始まったものですが、17世紀半ばにはほぼ衰退していたので、1692年、なんでまたここで魔女裁判?的なタイミングで、しかも裁判所もないようなド田舎で、とんでもない惨事が起きてしまいました。
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そんなとってもゴスなコンセプトのブランドですが、ゴスはアメリカの高校ヒエラルキー、スクールカーストでは「ナード」に属していて、カーストでいうとこの下から2段目辺りです。魔女はこの辺ね。でも、アートやカルチャーの世界で活躍しているのは、間違いなくこのナード出身なわけですよ。映画なんか最たるものですよね。だからナードがいいも悪いもないです。ついでにいうと、ここにいる人たちは間違いなく全員ナードです。お含みおきください。

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ただこのクレアさんは「将来起業する最も有望な仲間」として高校時代未来を嘱望されたゴス女子で、その結果、Sixteen92は2014年ごろからアメリカのインディ香水ブランド賞を幾つも受賞し、ついには昨年、独立系ブランドのフレグランスアワードとしてはもっとも影響力のある、第4回Art & Olfaction Awardでアルチザン賞を受賞し、世界的にもその名が知られる事になりました。
 
ちなみに日本でいったら、芥川賞、直木賞がFIFIアワードに該当するとしたら、このアート&オルファクション・アワードは、より作り手というか現場の評価が反映していて、香水版本屋大賞みたいなものですね。アルチザン賞というのは、ブランドオーナーと調香師が同一のブランドが受賞する賞で、この年同時受賞しているのがParfum Dusitaで、こちらはラグジュアリーな世界を追及する、よくある高級メゾンフレグランス路線です。そこと同格に評価する欧米のジャーナリズムは賞賛に値しますね。いいもの嗅ぎ過ぎてアンテナがぶれた可能性も否定はできませんが。
 
ところでアメリカンインディは、規模の大小を問わず中二病の学芸会的雰囲気が漂うブランドが散見されます(Imaginery Authersなど)。テーマが洗練されていない、そこが持ち味でマーケティングとは無縁の世界が一部で愛されています。クオリティとしては井戸の中の蛙に思えますが、その中で、コンセプトを抜きにしても良質な作品が出てきているのも確かで、Sixteen92も匂いの帝王、ルカ・トゥリンが絶賛して今回の受賞につながりました。
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