Quelque Fleur (1912)
2009年から販売元となったモナコのロフト・ファッション&ビューティーディフージョン社は、零落したウビガンのステイタスを取り戻すべく、経営戦略をRDPRグループに委託し、2011年にフゼア系の語源となり、最初に合成香料クマリンを使用した歴史的名香、フジェール・ロワイヤル(1882)をロジャ・ダヴ氏監修の元復刻、そして翌年ケルク・フルール・ロワイヤル(2004)以降8年振りの「正調」ウビガン名義での新作、オランジェ・エンフルール(2012)を上市し、ロフト社のオーナーも精力的に香水ブログなどのインタビューに応える等、クラシック香水ファンの話題を呼んでいます。
ロフト社は数点しかない現行商品を、基本的には高級デパートや香水専門店など、定価販売をきちんと行う高級店にしかおかないよう(では今ディスカウンターに流れているケルク・フルール等は、ロフト社がオーナーとなる以前のデッドストックなのか否かは不明)注力しているようでロンドンでもロジャ・ダヴ・オートパフューマリーやレサントゥールなど、ハイエンドなショップでスペースを取ってディスプレィされています(ロンドンの同2軒では、さすがRDPRのテコ入れで再生しただけあって、アメリカのディスカウンターではいつでも絶賛投売りされているオンブルローズも、ウビガン品同様大々的にスペースを確保していました)。
ケルク・フルールは、当時ウビガンの専属調香師だったロベール・ビエナーメの調香で、こちらは微量ながら世界で初めてアルデヒドを使用した香りとして香水史に名を残していますが、実際のところアルデヒドは「効いていない」ので、敢えてアルデヒド系香水王政復古の章では紹介しませんでした。発売後戦争をはさみ数十年して廃番、その後1985年に処方変更を施して再発されますが、ウビガン倒産により処方だけは売り渡さなかったとされるものの、その後の憂き目はアペルスュの回でご紹介の通りです。2012年はケルク・フルール生誕100周年にあたり、クラシック香水ファンとしては一応ご祝儀のつもりで入手してみました。現行品としてはEDPの他にパルファムや限定ボトル、豊富なバスラインが揃っています。
率直な印象としては「あくどい重さのしつこいフローラル・ブーケ」で、EDPですが非常に香りが強く、粘性の粉質なパウダリーブーケが息苦しく、空腹時など香り酔いを起こしそうです。ウビガンの香りは伝統的に押しが強く、その押しがゲラン、キャロン、コティ、リュバンなど同時代のグラン・パルファムの中でも図抜けており、20世紀ウビガンのまごう事なき代表作であるケルク・フルールも非常にクラシックな、色々な強香の花々が渾然一体となった重さのあるブーケで、この重さのどこにアルデヒドが使われているのか甚だ疑問ですが、下半身だけにつけても胸に迫りくるので、上がってきている所がアルデヒドのリフトなのでしょうか。油性のクレヨンでぐりぐりに塗りこまれた画用紙の花に埋もれているようです。
思うに、この辺りが私の様な中高年が髣髴とする「おばあちゃんの鏡台」の基準点となります。昔の化粧品は今と違って、いい界面活性剤もない時代ですからクリームだって脂が強く、粉だってべったりマットで粉っぽかったので、粉と脂がまじりあって匂いがこもると、こういう香りになるから、おばあちゃんの鏡台は粉脂くさいのです。よく口コミサイトでクラシック香水またはそれに準ずる香りが何でもかんでも「おばあちゃんの鏡台くさい」とお若い方に一刀両断されていますが、お若い方にとっての「おばあちゃん」は、世代的に我々の母親よりお若いので、鏡台の臭いが違うのです。もうちょっと爽やかで、オロナイン香かニベア香が基準点となります。
…確かに、これは苦しい。息苦しい。ただ、嗅いですぐにケルク・フルールとわかる個性と、食事時や空腹時に香りのピークがこないよう、また下半身にだけつけて嗅覚を直撃しなければ、最近では中々お目にかかれない濃厚なパウダリー・フローラルとして楽しめますので、往時に思いを馳せ、タイムレスなステージに到達できなかったクラシック香水の見本として体感するのも面白いと思います。
追記
上記投稿は2012年、現在の親会社になる前の製品と思われるEDPで書かせていただきました。後日最新のパルファム(写真の物と同一)を入手して試香した所、全体的な印象は相変わらずおばあちゃんの鏡台ですが、前バージョンのEDPより「灰汁が抜けた」及び「滓を濾した」感のある、スムーズな感触とブーケらしい香調に、確かに製品の質が上がった気がします。体感的につけやすく、完成度が高いのは現行品だと思いますが、いやそれはつまらん処方変更だ、あえてあくどい方がクラシック香水道場破り的で満足感が高いと言う兵は、好き好きですのでディスカウンターに出回っている旧品を入手して下さい。
写真提供:RDPR