La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Period F: Return of Powderists (2000~)

 

 

Period F: Return of Powderists (2000~)

 

Teint de Neige (2000)

フィレンツェの天を望むアトリエにて孤高のオルガン(調香台)と戯ぶ「天空のらりるれおじさん」ことイタリアの巨匠・ロレンツォ・ヴィロレーシの押しも押されぬ代表作、タンドネージュ(2000)です。ブランドとしても屋台骨であるこのタンドネージュは、3濃度のフレグランスは勿論、総勢24アイテムという両手足指だけでは足りない超絶的なラインナップを誇り、しかも売れ続けている大ヒット商品です。

「雪の色」の名を持つタンドネージュは、すっきりとしたローズやヘリオトロープの少しだけひんやりした甘酸っぱさが徐々に肌馴染の良いムスクへと移行する、徹頭徹尾美しく相当にパウダリーなフローラルノートです。粉物の金字塔、オンブルローズに若干感じる脂性のノートがタンドネージュにはなく、まさに純度の高い白い粉のようです。完成度は現存するパウダリー・フレグランス中最強。粉まみれの心地よさに耽溺してください。驚異の香りもち・香りの強さも特筆すべき点で、さしずめEDTは水白粉、EDPはぐっと粒子の細かい粉白粉、パルファムは練白粉のような重さも加わります。個人的にはトップからラストまできちんと展開があり、一番バランスの良いEDPをお奨めします。

 

タンドネージュ

 

Dia Woman (2002)

調香は現エルメス専属調香師、ジャン・クロード・エレナで、 エルメスでの現代的で薄口な作風とはうって変わって、フレンチクラシックなフローラル・アルデヒドです。ゴールドと面立ちは 似ていますが、ダイアはさらに透明度が高く、オマーン特産の シルバーフランキンセンスをベースに、アルデヒドの軽やかなリフトに甘酸っぱいローズやピーチにパウダリックなヘリオトロープなどが乗り、優しく気持ちを昂めます。公式HPでも、ゴールドがイブニングの極みなら、ダイアはデイタイムの華である、と位置づけています。他アムアージュの香りと同様、EDPとパルファムの2濃度展開ですが、EDPでもパルファム級の香りもち・香りの深さを楽しめます。香水石鹸もあります。

 

ダイア EDP

 

L'ame Soeur (2004/2011)

「ソウルメイト」の名を持つラムスールは、もう、これでもかというくらいのパウダリックなアルデヒドとジャスミン、ローズ、イランイランのハーモニーを存分に満喫できる逸品です。
調香は、ランファントと同じくコムデギャルソンやケイコ・メシェリ、ル・ラボの’アルデヒド44’等を手がけたヤン・ヴァスニエで、彼は「21世紀のアルデヒド・マスター」との異名を取るほど、現代の香りにアルデヒドを復活させた貢献者です。海外では必ずといっていいほどアルデヒドの名香にその名が挙がる香りなので、掛け値なしに試して頂きたいです。発売当初はEDP1濃度でしたが、2011年末にはディヴィーヌのパルファム第2弾としてラムスールのパルファム、ラムスール・エディシオン2011が発売されました。参りました、という程のアルデヒドを過積載した、ガツンとしたパウダリー・フローラルアルデヒドのラムスールEDPに比べ、このエディシオン2011の一番の違いは、トップノートに香るベルガモットの持続です。渋みのあるベルガモットがアルデヒドの金属質なリフト共にきりりと、かつ長めに香るので、EDPよりもドライなオープニングが楽しめます。ベルガモットの時代が終わると、いよいよラムスールの真骨頂であるジャスミン、ローズ、イランイランを主軸とし、アンバーグリスやリアトリクスといったオリエンタルベースを持つパウダリックなフローラルへと展開しますが、さすがはパルファム、肌馴染みがよく体温とうまく調和してEDPにはなかった温かみを感じながら染み出るように、湧くように香り、落ち着きのある拡散性に「自分の知らない過去が微笑む香り」というタイムレス・クラシックな印象のラムスールが、さらにきめ細やかに美しくなった姿を感じます。

持続性はEDP、パルファム共にあまり変わりませんので、天花粉でむせ返るようなパウダリーがお好みならEDPを、温かみと時間差の展開を楽しみたい時はパルファムと使い分けると良いでしょう。どちらも底力のある香りなので、濃度違いを重ね付けする必要はありません。

 ラムスールEDP

 

Aldehyde44 (2006)

ニューヨークはソーホーに本拠地を持つハンドメイド系ニッチ・フレグランスブランド、ル・ラボのダラス店限定フレグランス、アルデヒド44です。当然香りは黒板キキキー!を髣髴する化合物路線まっしぐらで、きしむような
積載量オーバーのアルデヒドがウリという以外、特筆すべき特徴はありません。調香はディヴィーヌのラムスールを手掛けたヤン・ヴァスニエ。因みに2004年から2006年という3年間は、ラムスール(2004)、リニューアル版バガリ(2006)、そしてこのアルデヒド44(2006)と、何故かメガトン級アルデヒド系の香りが相次いで発売された珍奇な時代でもあります。一応、この3つは海外の香水サイト等では21世紀のパウダリー・アルデヒド3傑または3姉妹と言われています。

系統としては、この3つの中では一番シャネル22番に近いのですが、若干刺す様な酸味を孕んでいるため、アルデヒドがパウダリーというよりは伸ばしたビニール風船っぽいというか、一番合成臭に感じ、かつ水っぽいのでモダンといえばモダンですが、クラシック粉物香水ファン的にいえば満足度は薄目。発売時はダラス限定で、手に入るチャンスも限られている上たいへん高価(50mlでUS145ドル)なので、アルデヒド好きには話の種に一発吹いてみたいという以外食指が動いて仕方ない、という程ではありません。上記3点の現代アルデヒド3傑の中では一番高額なくせに一番小物、という気がします。3傑中、最も造作が複雑で難易度が高いのはバガリ、最もパウダリーで主張が強いのはラムスール、最も化合物的かつ底力がないのがこのアルデヒド44と感じます。

あれこれ策を講じて大枚はたいてアルデヒド44を入手するなら、3傑の他の2点にするかいっそディスカウンターで100ミリ15ドルもせずに手に入る、旧ウビガン/現ダナ名義のルーテスあたりで手を打つほうが、コスパは勿論満足度も破壊力も高いと思いましたが、当方の雷が届いてしまったのか、2013年にあえなく廃番となりました。

Baghari (2006)

オリジナル:F・ファブロン調香、リニューアル:A・ギシャール調香

・ランテルディ、レール・デュタンなどを手がけたF・ファブロン作を、若手名士A・ギィシャールが2006年にリニューアル。海外香水サイトなどで「現代アルデヒドの名作」と評価が大変高く、ファブロンらしさはそのままに、
クラシックなだけで終わらない、キュートな甘酸っぱさが散りばめられた明るいパウダリック・フローラルです。

バガリは、オリジナルとリニューアルの違いが殆ど体感しないほど、本当に忠実に、誠実に復元されています。ピゲの一連の復刻物のなかで、「史実に忠実」という点では、バガリは突出して完成度が高く、多分
あまりに良くできていたからだと思いますが、その後オーレリアン・ギシャールは続々と往年の名香を復刻することになります。しかし、オリジナル版が完全な状態で残っていなかったり(Calypso)、ブランド自体が色気を出して今の香水ファンにも売れるよう、今っぽくアレンジさせたり(Azzaro Couture)で、結果としてリニューアルだか何だかわからないようなものに仕上がっているものもありますが、共通する彼のおはこは「パチュリピーチ系ベース」で、最近はようやく復刻王の冠を脱がせてもらえたのか、2013年にはイッセイ・ミヤケのプリーツ・プリーズの調香を勝ち得るまでのいきさつを、朝日新聞が日曜版で大々的に特集していました。

Putain des Palais (2006)

創業者エチエンヌ・ド・スワールが一流の調香師に腕を振るわせ、既成概念に縛られない自由なコンセプトの香りを生みだすべく設立したフランスのニッチ・ブランド、エタリーブルドランジュ(オレンジ自由州の意)が2006年に発売された「高級ホテルの売春婦」プタン・デ・パレです。調香はエルメスのメルヴェイユシリーズ、アムアージュのオナー・マン、過去には廃盤後結構なプレミアの付いているシェレルのニュイ・ド・インディエンヌ等を手掛ける重鎮、ナタリー・ファイストハウアーで、2006-7年に発売された他のエタ物(デリシャス・クローゼット・クイーン、ノンブリル・イメンス)の調香にも携わっています。

香りとしては、後続・トムオブフィンランド(2008)の姉貴分ともいうべき、一筋縄ではいかないパウダリックなフローラル・レザーノートで、トムオブフィンランドに何らかの影響は与えたのではないかと思われる程、佇まいが似ています。トムほどは展開も強烈ではなく、窒息しそうな粉まみれのパインニードルとレザーが迫ってくることもないのですが、ローズやバイオレットといった、どフランスなフローラルにレザーやアニマルノートが重なり、時折ちらっとスズランのような爽やかな煌めきすら放つ香りは、超マットな白粉で毛穴一つ見当らないすべすべの肌に擬態武装し、ずぶずぶと沈む黒革のソファに横たわり、次なる客をダウナーなスタンドライトの灯ひとつで手薬煉を引いて待っている姿を良く描いています。オンブルローズのパウダリックな部分だけをクローズアップして粉滑りするほどドライに仕上げた風でもあり、粉ものファンには納得の逸品でしょう。弟も弟なら姉も姉、エタリーブルらしいいい姉弟コンビです。
トムオブフィンランドが好きだけど、香りに振り回されるようでつけこなせない、という方には、香り立ちが柔らかく残り香が永遠に漂う事もないプタン・デ・パレが女性にも男性にもお奨めです。個人的には、この辺りがディタ・フォン・ティーズのイメージなのですが、ハマり過ぎなのもイメージが固定されてしまい「完全なる女性(ファム・トタル)」には却って不都合なのかもしれません。

Tom of Finland (2008)

知的エロの殿堂、エタリーブルドランジュから2008年に発売された、トムオブフィンランドです。最近ではセックスピストルズのコンセプト香水や女優ティルダ・スウィントン、ロジー・デ・パルマらのいわゆるセレブ香水とは一味もふた味も違う切り口でイメージ香水などを発売し、話題に事欠かないブランドです。

ブランドの中核調香師、アントワーヌ・リーの調香によるトムオブフィンランドは、ゲイ/エロティックアートの保護財団・トムオブフィンランドとのコラボレートによるもので、パッケージにもゲイ画家・トムオブフィンランド(1920-1991)の、ゲイの権化みたいな絵が使われています。一般的な香調は、メンズのアルデヒド・パウダリーレザーとなっていますが、その一言ではすまされない、最近の香りにしてはかなりストーリー性のある展開をします。

ほわっとしたアルデヒドのリフトで始まり、パウダリー・フローラル系かと思いきや、リフトがひと段落するとじわじわとパインニードルやヒノキなどのドライな消毒系ウッディノートとレザーノートが顔を出し、ハードゲイな革ジャンを顔にかぶって昼寝したら窒息、みたいな妄想が沸き立つ革ジャンノートとなって呼吸器系にのしかかってきます。かなり残香性が高く、全身につけたあと着たセーターが、何度他の香水をつけた後に着てもレザーノートになってしまう位の破壊力を持っています。
香りの流れとしては、ヒノキやヒバのサウナでじっとり汗をかいたあと、パイン系消毒薬でピカピカにしたシャワールームでキレイに石けんで洗って、その後ミニマムなアンダーウェアを身につけ、体にしっくり馴染んだずっしりと重い革ジャンを着て出かける、というビジュアルが浮かびます。しかし、レザーはあってもアニマル系ではないので、「体臭」と結びつくイメージが出ずに終始清潔感が漂うのは、モダンな作りの所以でしょうか。

ボトルを手にする勇気があるか否かは別として、コンセプト香水としては、上出来だと思います。ちなみに、トムオブフィンランドをつけてから、ビレッジ・ピープルのマッチョマンが聴きたくなり、ベスト盤まで買ってしまいました。集約して、あの世界から体臭を差し引いて清潔感を増強した香り、とお考え下さって結構です。
なお、トムオブフィンランドはフランスを含む欧米各国の成人年齢である21歳未満の方は購入できません。

追記:取扱いショップによっては、水夫・兄貴(屋外)・兄貴(屋内)など、パッケージのイラストを選べます。クリスマス仕様のも限定であったようです。

トムオブフィンランド。21歳未満はご遠慮下さい

1889 Moulin Rouge (2010)

本国ではレストランもやっている実業家、「ガハハおじさん」ことジェラール・ジスラン率いるイストワール・ドゥ・パルファムの近作で19世紀末のパリ・デカダンを代表するキャバレー、ムーランルージュへのオマージュである1889ムーランルージュです。イストワール・ドゥ・パルファムの製品は、公式オンラインショップで購入するのが一番手軽ですが、日本では、フレデリック・マルやエキセントリック・モレキュールなどを取り扱うアイビシトレーディングが輸入代理店で、トゥモローランド系列のセレクトショップ、エディション丸の内店でも入手可能です。オンラインショップでは60mlと120mlの2サイズあり、それぞれ約8,500円/14,000円(120mlサイズは送料無料)です。バスラインはありませんが、キャンドルがあります。

1889年創業、現在もパリを代表する観光スポットで「赤い風車」を意味するムーランルージュ。19世紀末、ヴェルレーヌやゴッホ、ロートレック等ベル・エポックを代表する文化人が通いつめ、名物フレンチカンカンを観ながら禁断の酒、アブサンに酔いしれ身を滅ぼす…といった鉄板のイメージが盛り沢山に織り込まれた1889ムーランルージュは、きしむようにパウダリックなアイリスと、アブサンが主軸になっており、そこにシナモンなどのスパイスにパチュリローズとムスクが濃厚に重なってふんふんと香る渋めのパウダリー・フローラルとなっていますが、アイリスとアブサンの基本軸から、次々にシロップ香や鮮やかなローズ、爽やかなタンジェリン、毛皮の様なレザー香など、表情の違うアクセントがぽんぽんと顔を出し、星屑の様に去来する喧噪と華やかな舞台の陰影が大変よく描かれています。
誰かが主役というイメージではなく、ひとりひとりの顔は見えず、沢山の思惑が蠢いている、そんな空間のざわめきを感じる部分は、これが特定のバーレスクダンサーにスポットライトを当てた、ディタ・フォン・ティーズ(第3章にて紹介)との大きな違いです。ラストはしっとりとしたムスクローズに落ち着きます。

EDP1濃度ですが、香り立ちが結構派手なのと、とにかく色々な香りが飛び出して騒がしい雑踏に放り込まれたような錯覚に陥る事が多いので、つけて寛げるような類のパウダリー・フローラルではないため、お好みが別れそうですが、アブサン効果なのか、物凄くいい香りという感じでもないのに今日も、また今日もつけたくなる所が、薬物の習慣性に通じるものがあります。

ちなみにアブサンは、幻覚作用などが問題となり、一時発禁となりましたが成分を見直して現在も製造販売されている薬草アブサン(ニガヨモギ)を使用したハーブ系リキュールで、アニスを使用したアブサンの代用酒も作られています。ペルノー社の正調アブサンは入手困難なので他のメーカーのアブサンを入手した所、アニスの香りしかせず、1889ムーランルージュに漂うアンニュイな薬臭さはありませんでした。たいへん強いお酒なので、基本的に水で割って飲みますが、薄緑色のアブサンが水を加えるとひゅっと白濁するのも妙にデカダンです。

Calypso (1956/2010)

1930年代から50年代初頭にかけて活躍し、ジバンシー、ディオール、バルマンなど錚々たるクチュリエを育てたデザイナー、ロベール・ピゲが1951年に廃業、1953年に逝去した後も、パフューマリーとして存続する中1956年に発売されたカリプソが、ピゲの復刻ではおなじみの調香師、オーレリアン・ギシャールの手により2010年に再発されました。EDPとパルファムの2濃度展開です。

智将オデュッセウスを7年間も愛の虜として閉じ込めた、地中海の洞窟に棲む美しき海の妖精、カリプソの名を持つこの香りは、オリジナル発売当時はソフト・フローラルの分類で紹介されていましたが、今回の復刻版EDPもまさにマシュマロのように柔らかなパウダリー・フローラルで、アルデヒドの様なリフト感も感じる一方で、パチュリやスエードなどの影がうっすらと下地としてあるため、若干突き放した感もあり、手放しに可愛らしい香りにはなっていません。同じくピゲのビザや、ボンドNo.9のチャイナタウンを髣髴する、A・ギシャール氏の調香らしい、フルーティなトップのゼラニウムやマンダリンがすぐに過ぎると、ふわふわとローズとアイリスが前面に出て、小声でささやき続けます。オリエンタル・フローラルと紹介されている時もありますが、オリエンタル感は全くありません。つける量によっては、凄く薄くてローファットなオンブルローズのように感じる時もあります。冬場厚着をしたら、殆ど分からない位軽いので、春夏向けかもしれません。
ピゲの復刻の中ではダントツに軽い香りで、EDPは持続も短いので、復刻版のパルファムがどのように違うか試してみたところ、EDPとは迫力が段違いで、ベースのパチュリやスエードがボンデージの様に身体を締め上げるような窒息感のある、クールなパウダリー・フローラルで、粉もの好きの私でも少々香り酔いを起こしました。猛烈な持続も特筆すべきで、脱いだ後の衣服や洗濯をした後の下着にも香りが残る所といい、粉&革のマッチングといい、エタリーブルドランジュのトムオブフィンランドを髣髴とします。EDPだとあんなに小声だったのに、あな恐ろしや。一体オリジナルはどんな香りだったのか、確実にこれはA・ギシャール氏が捧げたオマージュだと思います。他のピゲの作品と同様、EDPと比較するとパルファムの方が完成度も破壊力も増し、相対的な満足度は高いので、可能ならばパルファムをお試しになる事をお奨めします。

パルファムは要注意のカリプソ

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