La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Story #1 / Je Reviens

8.香水は素敵な出会いを呼ぶ

Some Memories, Some Aromas

 

 香水を通じて巡りあう一期一会の出会い、稀有な友情の始まり、そして別れ…LPT店主の思い出を綴ります。

「再会」 Story #1 / Je Reviens

 2008年の春先から2010年秋までの2年半、国内では入手困難なクラシック香水を中心にネットオークションへ出品していました。結構な需要があるもので、出品物以外の希少香水に関する問合せや海外から取寄せの依頼まで来るようになりました。まだ出品を始めてまもないある日、いつもの様に落札された香水を発送した矢先、落札者さんから別件で連絡がありました。

 「『白水仙』を探しています。取寄せてはもらえませんか?」

「白水仙」とはフランスのグラン・パルファン、キャロンから1922年に発売された、名前の如く「黒水仙」ことナルシス・ノアールの姉妹分、ナルシス・ブランの日本名で、黒水仙の妖艶な雰囲気をていねいにいなした、スイートフローラルノートの香りで、日本でも発売され黒水仙に負けるとも劣らない人気を博していましたが、今は僅かにパリにあるキャロンのモンテーニュ本店など、パルファン・フォンテーヌを取り扱う限定店舗で、量り売りでしか手に入らない、幻の香りです。当時は私も名前は知ってはいましたが、試香は勿論実物は見たこともありません。落札者さんには、取寄せ請負の話はしていない上、直接買った事もないメゾン専売品の問合せに、私は相当驚きました。幾らなのかも判りません。きっと高額だろうし、冷やかしだったら嫌だな…と曖昧な回答をしたら、程なく返事が来ました。

 「『白水仙』だけ長らく空の儘になって居ます。60年代に日本橋高島屋で購入したのが最後、手に入りません。亡き妻の願いを叶えてやって下さい。費用はお任せします」

 どうも落札者さんは年配の男性で、亡くなった奥様の仏前にご愛用の香水を買い直してお供えしている様なのです。この人は本気だ…そう感じた私は、まずはメールでキャロンのモンテーニュ本店に確認を取ると、ご注文内容でフォンテーヌから量り売りを承りますのでお電話下さい、と返事が来ました。通販で海外に出してくれる事にまず驚いたが、でもなぜ電話?もう一度メールをしたら、やはりご注文は電話でお願いします、との返事だった。メールでクレジットカード番号を伝えると、セキュリティ上問題だし、万が一決済トラブルが発生した際、受注側にカード番号が残っていると、情報漏えいの主犯とみなされかねないからでしょうか。電話の向こうは当然、フランス人。メール同様英語で大丈夫?香水名はフランス語。名前を発音できないぞ。何とか他の方法はないか考えていたら、キャロンの方からメールが来た。「私からお電話差し上げたんですが、つながらなくて。お電話下さい」ああ、お店の人も本気だ。勇気を出して、パリに電話をしました。メールをくれた女性がすぐ出てくれて、根気よくカード番号、有効期限などを聞き取って、その場で端末機に打ち込んで決済してくれました。私にはサンプルを下さるとの事。注文できた嬉しさで、男性に円換算した商品代金と送料を連絡すると、翌日、「差額はご笑納下さい」と一言、法外な金額が振込まれていました。

 注文して丁度10日後、白水仙は白地に金の水玉の、美しい小箱に入ってやってきました。すぐに転送したら、「お蔭様で、香水ケースの所定位置に納まりました。有難う御座います」との返事が来ました。短い文章から、男性の、奥様への愛情が感じ取れ、懐かしい香りを通し、奥様と再会している姿が彷彿としました。オークションという顔の見えない世界で、こんな形で見知らぬ人に喜んでもらえるとは、実に出品者冥利な出来事でした。ちなみに、オークションで男性が落札したのは、1932年に発売された「再会」の名を持つ世界的名香、ジュルビアンでした。

白水仙

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