La Parfumerie Tanu

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The semicentennial : Réminiscence, a French jewelry and perfume house

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The semicentennial : Réminiscence, a French jewelry and perfume house since 1970
 
1970年、ジュエリーデザイナーのゾーイ・コスト(1947-2007)とベルギー出身のイタリア人フォトグラファー、ニーノ・アマデオ(1946-)が、1970年南仏コートダジュールにオープンしたブティック、イランイランのオリジナルフレグランスからスタートした、レミニッセンス。ブティック開業と同時に誕生した3つの香りは、創業50周年となる2020年の現在も廃番になる事なくヨーロッパで広く愛され、特に香水ブランドとしては不朽の名作として語り継がれるパチュリは、フランスの香水評論サイトおよび出版社、AuParfumが2017年に発刊した「死ぬまでに嗅いでおきたい名香111選(原題:Les Cent Onze Parfums qu'il Faut Sentir avant de Mourir*)」が選ぶ、ジッキー(1889、ゲラン)からタバ・タブー(2015、パルファン・ダンピール)に至るまで、約125年間に登場した錚々たる名香の一つとしても収録されています。
 
レミニッセンスの魅力は、なんといっても
①商品の適正価格…代表作パチュリは定価50ml57€・100ml€83・200ml€114、高からず、安からずの全き中間価格帯。
②易入手性…自社サイトでは欧州32か国へ発送、フランス本国では全国チェーン展開しているセフォラの実店舗及びオンラインストアや、主要ECモール(Amazon.fr、Bol.comなど)ではディスカウント販売もされています。もちろんこれはフランスおよびヨーロッパ圏内の話で、レミニッセンスは国内未発売ブランドです。
③お値段以上のクオリティ…こういっては失礼ですが、フレグランス部門を持つジュエラーとしては決してラグジュアリーではないコスチューム・ジュエリーブランドの香水が、後世に影響を与え、かつ現行販売されているという事は、いかに「時代にミートする」以上のタイムレスな要素を従えて誕生したか、大いに評価すべき点だと思います。
こういう中間価格帯が身上の上質な香水を輩出している日本未上陸ブランド及び化粧品会社としては①イヴロシェ②レルボラリオ③レミニッセンス、この3つがすぐに思い浮かびますが、彼らは既に盤石な市場を十分獲得しており、仮に日本で代理店がついたとしてもせっかくの良心価格で販売することは難しいので、(値段ばかり)お高いニッチ系よりむしろ日本での入手性が低いのが残念ですが、かと言って全く販路がないわけではなく、例えばレミニッセンスなら独First in Fragranceで購入可能ですし、国内ECモールでもチラホラ散見します(ただし欧州価格の2-3倍)。私はeBayに出品している香水店から入手しましたが、国際送料も含め至って良心的な価格で購入できたので、今一番現実的な販路はeBayかもしれません。
 
レミニッセンス初出3作は、いずれも香りのコンセプトをゾーイ・コストが、ボトルデザインをニーノ・アマデオが手掛けており、調香は製造委託先である香料会社、ソジオ(1758年創業)のオーナー調香師(当時)、アンリ・ソジオが手掛けています。

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パチュリ EDT 200ml
Patchouli
レミニッセンス創業前のロンドン、1960年代後半-キングスロードのアンティークショップやポートベロロードの蚤の市から流れてくる、フラワーチルドレン、ボヘミアン、ヒッピーご用達の香り、パチュリ。パチュリの香りを「ヒッピー臭」と揶揄している海外レビューを少なからず見かけたことがあると思いますが、土と干し草とインセンスの黄金分割のようなレミニッセンスのパチュリは、立ち上がりがもろに「湿った土」。そのガツン加減はかなりの本気度を感じます。構成が殆どベースノート香料で出来ており、主軸はもちろんパチュリと、ベチバー、サンダルウッド、シダーウッドなどの材木系王道香料。肌になじむにつれて土臭さが抜けながら甘さが引き立ち、バニラやトンカビーンにバルサミックなコクがパチュリを包み込み、バニラパチュリ、または甘露なインセンス香となって持続します。

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ヒッピー文化がリアルタイムでないため、幸いこの香りでハッパでキメたラッパズボンみたいのが見えるか、というと決してそうではなく、むしろ上品で繊細な、大地の湿り気を帯びた薫香のように感じます。EDTですが、抜けやすいシトラスや花香料は殆ど使われていないので結構持ちがよく、このほど良い濃度が自他を圧倒せず飽きずに使える匙加減です。真夏でもベースの甘さが重すぎず、お盆に墓参りに行き、墓回りの草をブチブチ抜いて土もろともほっくり返した後、甘くていい香りの線香をガンガン焚いて合掌、な有難さも遠くのほうにあるので、品よくまとまる日常遣いのパチュリ、またはインセンス香をお探しの方には、なるほど50年も屋台骨になってきたわけだと納得の出来栄えですので、1本持っていて損はないと思います。ちなみに前出の著書「死ぬまでに嗅いでおきたい名香110選」では、その香りがどこから来て、どこへ行ったかという、何の影響下にあり、どう後世に影響したかを(著者なりに)検証していますが、レミニッセンスのパチュリの直系とされている香りはサーブル(1985、アニック・グタール)、エンジェル(1992、T・ミュグレー)が挙げられています。
閑話休題、香水の価格帯を無駄に釣り上げているニッチ系ブランドは、実はフランスやドイツ、イタリアなどメジャーどころの西欧各国ではあまり売れていない(ニッチ系ブランドのメイン市場は旧ソ圏・中東・追って中国本土)、という話を聞いたことがあります。また、著名人が臆面もなく「私の定番」と上げるのはレミニッセンスのクラシックだったりするわけで、だってこんな良くできた満足度の高い香りが、50年も前から手ごろな価格で全国どこでも手に入るのに、わざわざ海のものとも山のものともわからない上に1桁違うものにお金を使わなくても、中間価格帯が充実し、しかも廃番にならずロングセラーなものが多いフランスなど「うちは間に合ってます」状態なのは、結構合点の行く話だと思います。

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アンブル EDT 100ml
Ambre
ヨーロッパ人にとって、アンバーはどうしてもパウダリーバニラに誤変換しないとアンバーだと理解してもらえないらしく、このアンブルもまごうことなき粉物バニラ。レミニッセンス初出3作中最も粉物なのがこのアンブルで、この6年後に創業するラルチザン・パフュームが最初に作ったアンバー玉、そして初期の代表作、ローダンブル(1978、ジャン=フランソワ・ラポルト作)のデモ版ではないか?と錯覚するほど「ローダンブル・オーレジェール」っぽい。つまりヨーロッパ人が思い浮かべる「アンバー」に準拠しており、欧州的には間違っていないのですが、ウードが流行る手前でアンバーブームが起きた時、かなり濃い目に標準値がチューンナップされたので、今このアンブルを嗅ぐと「薄いなあ…」と物足りなさを感じます。さらに言うなら「これって本当にアンバーなのか?」という永遠の壁にもぶち当たる。それでも廃番にならないのは愛用者がいるから。カニカマ、カニ肉不使用、その先を知ったところでカニボコが最早食べられなくなる、というのは詭弁です。

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アンブルに投入されたパチュリは、前出のパチュリとは役割が違い、バニラとのハーモニーで粉物感を演出しており、ベンゾイン、ラブダナム、ムスクで甘さを強調しています。やっぱりアンバーは、こうでなくっちゃね!とリピートしているフランス人も多いのでは。こちらも花香料が殆ど投入されていませんが、パチュリと比べて持続が短く、朝つけたら昼には消失しているので、午後タッチアップするか、パウダリーベースを生かして他の香りをつけ直しても喧嘩しませんので、夜に香りを着替える予定のある時にも便利です。

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ムスク EDT 100ml 限定または旧パッケージ
Musc
ムスクもまた、真っ白でクリーンな石鹸香の事だと思っている方が多いのだと容易に想像がつく、ムスク。立ち上がりが何かの気の迷いのように獣臭いのですが、すぐに自らの心が求めた幻影だと気づきます。スプレーして一息ついた後の全身は、真っ白なシャツに腕を通したようで、脇下に風も抜けていくようなソーピーな清潔感に包まれます。レミニッセンス初出3作中最もフローラルな香りで、一番感じるのがイランイラン。発売の1年前に登場し、欧米を席巻した(駄洒落じゃないですよ)アリサアシュレイ・ムスク路線を行っていますが、ヘリオトロープとアーモンド、クマリンの甘さが穏やかで、アリサアシュレイよりは目も眩むほどの真っ白感はなく、布地で言ったら少し透け感のあるローンとかボイルの雰囲気です。

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このムスクもあまり持続は期待できず、すぐにスキンセントに落ち着きますが、アンブルと同じくシャワーを浴びずに違う香りへ着替えたい時も邪魔する要素がどこにもないし、仕事につけていっても通りすがりに知ってるいい香り、程度の認知度は香りに対し知覚過敏な日本のオフィスにも最適です。
 
 
ちなみにレミニッセンスは創業者ゾーイ・コストとニーノ・アマデオの娘、リラ・アマデオが、2007年にゾーイが亡くなる10年前から経営に参画、香水部門を継承し、ジュエリー部門はリラの兄弟、セバスティアン・アマデオが引き継ぎタイに製造拠点を移し継続していますが、売上の過半数は香水部門が占め、中でもパチュリは現在も香水部門の屋台骨としてブランドを牽引しています。謎なのは、ゾーイ・コスト逝去後10年以上経った2019年、伴侶であるニーノ・アマデオが本人名義の香水ブランドを立ち上げ、レミニッセンスの初期作品のリメイクを出している事で、オンラインストアの管理人もニーノ本人、しかも自社サイトではなくネットショップサービス・Shopifyで起業と、レミニッセンスに比べて一回りも二回りも小粒な香水ブランド、ニーノ・アマデオは、父ちゃんと娘の方針違いで骨肉の争い、なんてことになってなければ良いけれど…老婆心ながら早くも次の50年に薄雲がかかった心地でおります。
 
* = この本については、2018年2月にメゾン・ヴィオレのチームメンバー、アントニー・トゥールモンドさんへインタビューした際紹介されましたが、改めて読んだところ巻末に「協力してくれた香水マニアリスト」の最後にアントニーさんの名前を発見して、二度おいしい本となりました。フランス語版ですが、何がリストアップされているか、また冒頭でもお伝えした、その香りが「どこから来て、どこへ行くのか」という著者独自の解釈が面白く、そうそう!と頷くものから、え、それ?と珍解釈にビックリするものまであり、フランス語を理解しない私でも図鑑として楽しめました。初版(2017年版)は完売、現在は2019年改訂増補版が発刊されており、取り上げる期間も2015年までから2017年までと拡大していますが、その一方で何と何が入れ替わって111作にまとまっているのか、確認のため2019年版を取寄せ中です。
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