ここ数年で国産メーカーはどこも一様に自社のクラシック香水を廃番や大幅縮小に拍車をかけており、例えば資生堂は、2009年にすずろとホワイトローズナチュラル以外の香水(パルファム濃度)を全て廃番、残る国内流通フレグランスも大幅に縮小し、観光客向けのご当地香水や単発の限定品にシフトしています。ポーラもあれだけ未だにカリスマ人気を誇るセレニオンをはじめとした戦後昭和から20世紀末の香水が2015年一斉廃番となり、フレグランスはサクラガーデンただ1種のみとなり、ボディケアの延長での香りに注力しています。この、ボディケアしか残していない状態が「日本の香水はどんどんダメになる」の動かぬ証拠でしょう。自分の国には、自分の国の人に対し誇りを持って売りつなぐ国産香水が、もう殆ど残っていないというのは、本当に、本当に寂しいです。そういう意味で、昭和の国産香水は、それが限りなく西欧の後追いであれ、よりどりみどりで楽しかった、と婆狸はぱっくり口を開けてオイオイ泣くのです。
それでも、数は少なくなりましたが、戦後昭和の国産クラシック香水は、あなたに気づいてもらえるのを待っています。わたしに後どれだけ時間が残されていて、いつ、消えてしまうかわからないけれど、同じ日本人同士、あなたとお話がしたい、会いに来て…微かな声に耳を傾けることに致しましょう。
メルファム 香水 30ml(2015年販売終了発表)
メルファムは、1979年の日本メナード創業20周年を記念し、マダムロシャスに始まりディオレッセンスで締めくくった1960年代、続く70年代をエキパージュで開け、発売当時53歳という調香師としては脂の乗って充実した時期にあったギィ・ロベール師(1926ー2012)に共同調香を依頼するという、全社あげて発売した記念碑的香水です。まずパルファムが、2年後の1981年にオーデトワレが発売となりましたが、パルファムのボトルは、限りなく広がる宇宙空間に存在する太陽、月、そしてそれらにかかる霞や雲を表現しており、この贅沢なガラスボトルが製造できなくなり、惜しくも2015年に販売終了発表となったそうです。それでもしばらくは顧客の要望に応じ、詰め替え用ボトルにて販売していたそうで(この詰め替え用ボトルでも充分素敵だと思うのですが)、いかにメナードがメルファムの源であるパルファムを大切にしていたかがわかります。現在のラインナップはオーデトワレとパフュームドパウダーという国産香水のミニマムスタイルになっています。
メルファム オーデトワレ60ml 9,700円(税抜) 以下、価格は2017年2月現在
香りとしては、非常にスケールの大きいフローラルブーケパウダリーで、映画のスクリーンサイズで言ったら70mm、カメラレンズなら20ー24mmの広大なスケール感に満ち溢れています。現代の主流である薄くて軽くてきつい香り立ちとは無縁の、朝霧のようにくぐもってはいるが、すみずみと広い風景を眺めているような、達観した美しさがあります。香調はグリーンフローラル・シプレとも解釈でき、シプレの基本、ベルガモット・ジャスミン・ガーデニア・ローズ・オークモス・パチュリといった王道の構成ですが、グリーンシプレ感が強く、ここが今の人が「古臭い」と一歩引くところかもしれません。近似値としては、フュテュール(ロベール・ピゲ、1967)や近作ではアントニア(ピュアディスタンス、2010)あたりの、多少経験値を要する香りとも言えましょう。絹織物の艶を持つ、淡萌黄と鳥の子色の羽衣が、幾重にも幾重にも重なって重厚な掛物になっているような、向こうが透けない透明感は、確かに昭和然としていて、タイムレスクラシックとは言いづらいものがありますが、ロベール師とメナードの調香チームが作り上げた架空の女性、メルファムには、言葉は少ないながら佇まいですべてを語れる、女性の根源的な包容力があり、モンプティルゥが肉体美なら、メルファムは精神の美だと思います。今メルファムをつけると、高揚感というよりは一歩、二歩…と自分の立居振舞いが穏やかになる錯覚に陥り、この落ち着きを日本女性の美しさとしてロベール師は表現したかったのだと受け止めます。パルファムはよりパチュリが豊かに、オーデトワレは若干フローラルが前面に出て、パウダーはローズを強調してより親しみやすい香りに感じますので、現行のEDTとパウダーを重ね付けしたら、パルファムのくぐもったグリーンシプレ感がフローラル寄りにシフトして、敷居が低くなると思います。ここまでのスケールを持つ香水が日本にあり、まだ手に入るという意味では、クラシック香水ファンであれば一度は試して欲しい作品です。
メルファム パヒュームドパウダー100g 6,790円(税抜)
メルファムについては6年前の2011年、EDTをもとにサロンでの試香のみでレビューを書きました(2013年12月、ブログリニューアルの際に再録)が、当時は自国のクラシック香水を正しく評価出来るほどの経験値が伴っておらず、一度きりの試香で一刀両断した苦い経験があり、もう一度、今度はきちんと肌に乗せ、何日も香りと会話をしながら魅力を体感し、再度ご紹介できたのは得難い幸せです。
左より オーデトワレ、香水、香水(リフィル)
取材協力:澤田章江様(日本メナードPR室長)