Carnal Flower (2005) and Bathclin saga
純粋に香りだけで勝負しているというよりは、お腹いっぱいな世界観で購買者の嗅覚と金銭感覚を多少麻痺させている部分もあるのではないかと、その巧妙な商業戦略に対し、評価はするが穿った視線を向けずにはいられないメゾンフレグランスの代表格、フレデリック・マルの香りを今更LPTで紹介する事もないのですが、手許にある分に関しては備忘録として綴っておこうと思います。何かの参考にして頂ければ幸いです。
情熱の花(カーナル・フラワー)は大御所ドミニク・ロピオン作の、マル品の中でも名香の誉れが高い一つです。その割にはここ日本では価格が災いしたか伊勢丹で一旦販売終了後(50ml24,150円。ラインナップから消失)、2014年3月現在、50ml27,300円(税込)にて再販中です。
賦香率25%、世界でもっとも高濃度にチュベローズ香料を使用した香水、情熱の花はロピオン師渾身の作で、香料のベストバランスを確定する事18カ月、最新のハイテク技術と最高の天然香料を融合させ、植物が外敵を威嚇するために保有するフェロモンの一種である天然サリチレートに天然チュベローズ香料、ココナッツとジャスミンてんこ盛りという、香料含有率世界最高濃度(当社比)的な売り口上だけでもうお腹いっぱいなのですが、香りとしてはつけた瞬間「あの」懐かしいバスクリン・ジャスミンの香りが太鼓の達人連打風船割り状態に炸裂します。しかも現行のバスクリン(2010年リニューアル)ではなく、香料も色もきつい円筒のスパイラル缶に入った昭和40年代以降のバスクリンです。もう、頭の中にはあの蛍光グリーンの湯色がカーッと拡がり、暫くはバスクリンのこと以外何も考えられません。これが「トップノート:ベルガモット、メロン、カンフル」と言われても理解できません。バスクリンといえば、子供の頃、我が家にとって入浴剤は贅沢品で、中々買って貰えませんでしたが、大学生になって漸く自分のお小遣いでバスクリンが買えるようになり、その人工的な匂いと湯色に「これがジャスミンだべ」と贅沢な気分になったものです。それがある日、お金持ちの友達宅に遊びに行った時の事、昼なのに家中バスクリン・ジャスミンの香りが充満していて、どうしたのかと思いきや、風呂場から湯上りの飼い犬(シェトランド・シープドッグ)が気持ちよさそうにワホっと出てきて「残り湯で洗ってあげたのよ」と当たり前の様にお母さんと彼女と犬が笑っている姿に「ああ、お金持ちは違うな」と暗然としたのを思い出します。
バスクリン臭はトップノートだけでなく、その後も後ろに下がるだけでなくなる事はない一方で、徐々にチュベローズとココナッツ、肌近くではジャスミンとイランイランがなまめかしく香ります。この辺がカーナルなんだと思います。さすがは賦香率25%とパルファム濃度で仕立てられた香りなので、肉色のチュベローズがいつまでも肌から揺らぎます。しかも結構拡散力が高いので、「いつまで風呂に入ってんの!バスクリン入れ過ぎよ!」とお母さんの怒声が聞こえてきそうです。賦香率と容量、破壊力を考えれば何プッシュもスプレィしない方が自他共に快適な香りで、50mlでも結構持ちそうですので、国内販売価格もそれ程法外ではなかったかもしれません。チュベローズとバスクリンのどちらも好きな方には、これ以上のお奨めはありません。パルファム濃度で、50mlで、公式オンラインショップ定価160ユーロ(送料26ユーロ)なら、お得感すらあります。なお食事時にはぶつかる香りなので、食事を中心としたお出かけの際には注意が必要です。
創業者F・マル氏のおばで、フランス・ヌーヴェルバーグの鬼才、ルイ・マルの妻であるキャンディス・バーゲンは、この香りのミューズとして出世作「愛の狩人」のスチルと合わせて紹介されている事が多いのですが、肉欲と虚無の果てを描いた70年代アメリカンニューシネマとこの香り、どうしても日本人である私には立ち上がりのバスクリン臭とその記憶が邪魔して、そんなエロな気分になれません。純粋にこの香りを楽しみ、評価するには、日本人の入浴の記憶を消去してからでなくてはいけないと思います。
バスクリンって、高度成長期に出てきたものだとばかり思っていたら、なんと1930年発売!!かのジョイと同期です。当時大人5銭だった銭湯に対し、バスクリンは1本50銭。フレデリック・マル並に高かったですね。
画像提供:HLグループ