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Cabaret LPT revisited | Shiseido 3 : 1970s

Chapter 3 | 1970年代 オイルショック(1973/1979)と豊かな文化 

記念品 Fragrance '78の挿入カタログに掲載の香調表 ©1978 資生堂

お手元の、Fragrance '78というコピーを見てください。このカタログは、店頭でたくさん買った人が店頭でもらえた、香水セットの付属品です。プレゼント品一つとっても今じゃ考えられないですね。70年代は、企業所属の調香師がグラースなどの海外研修に年単位で行かせてもらっていた、豊かな時代です。世情としては、あさま山荘事件や二度のオイルショック、ロッキード事件など、アクの強い事件が多発した混乱の多い時代ではあったが、日本人の視線は上向きでした。
そして1970年代の資生堂を語るうえで、絶対外せない人と言えば、山口小夜子。この方に尽きます。美人薄命で、2007年、57歳で亡くなりました。
山口小夜子(1949-2007):1973年から1986年まで、資生堂のモデルとして専属契約、錦(1973)で資生堂デビューしました。当時ヨーロッパでは空前の小夜子ブームで、単に資生堂のモデルを長く務めたと言うだけでなく、後ほど紹介する、資生堂とある人物との橋渡し役として、資生堂の運命を変えた人でもあります。香水で言うと「錦(1973)からSASO(1987)まで」が小夜子さんの時代です。

今年は錦発売50周年、山口小夜子資生堂デビュー50周年の佳節なので、錦のポスターを見ましょう。日本人女性というよりは、人外の迫力ですね。小夜子ブームがリアルタイムだったハン1さんも「二度とあんな人は出てこない。小夜子は『小夜子という生き物』だ」とギャランティしています。

左)錦 1981年(昭和56年)ポスター 右)錦 香水30ml、オードパルファム60mlリフィル

5.すずろ(1976) 香水

資生堂の現行商品で、資生堂名義のものとしては、最も高価な香水です。1976年発売ですが、当然ポスターは山口小夜子、上の錦と同じ時に出たもので、発売から5年後、1981年の広告です。着物を着替えて同じ時に撮ったんでしょうね。オーデコロンやバスラインは発売されず、香水一択のかなりシリアスな作品です。発売当時50,000円、現在が税抜47,000円と実質値下がりしているのが不思議です。すずろは、今回の為に新品を購入したので、ヴィンテージ品ではない分解像度もばっちり、濃密かつクリアに香りますね。コクのあるグリーンフローラルアルデヒドで、一言でいうと「オロナインシャマード」。すずろまで来て、ついに資生堂はジャポネスクを超越した境涯に達したと思います。苦みのある菊やガルバナムとヘディオンのスパークで始まり、強香な黄水仙(ジョンキル)やヒヤシンスといった球根系フローラルと、ミモザのマットな花粉調のブーケから、じわじわオロナイン香になります。純和風なパッケージほど、中身はわびさびではなく、もはや着物に合うイメージでもないんですよ。濃密ですが、ベースにヘヴィな香料を感じないので、重くはなく、色でいったら草色からまっ黄色へのグラデーションで、DNAを揺さぶられるのか、何度か使っていくうちにこの香りの世界から出られなくなりそうな程、完成度が高いと思います。

なんか、こういう作品と向き合うと、だんだん、新作香水に興味がなくなってきます。よくわからないぼったくりニッチブランドに有難がって何万も払う位なら、こういうものをきちんと廃番にならないうちに手にして欲しいと思いますね。海外ブランド品が円安でどんどん値上がりしているので、価格差が詰まってきて、昔はすずろの値段を聞いて、確かに飛び出していた目がもはや飛び出さなくなりました

先ほどホワイトローズナチュラルは、常連さんの為に結構在庫を持っている店があると話しましたが、すずろはまず在庫している店はなくて、100%取寄せで、販売員も「本物を見た事がない」という人も多い。日本で試せて買えるのは銀座のShiseido The Storeだけです。香りを知っているなら、ここ以外は取寄せになるので、資生堂の通販で買うのが賢明でしょう。ホワイトローズナチュラルより、今後愛用者がいなくなったら廃番になる可能性が高いと思います。資生堂が、すずろをよく販売を続けていると感心します。もちろん喜ばしい事ですが、その理由を経営者に聞いてみたいですね。

すずろ(1976) 香水 30ml 現行販売品

それでは、すずろの翌年に出た3つの香り、プレサージュ、スーリール、インウイを紹介します。


7. プレサージュ(1977) EDP

香水にある程度詳しくなると必ずたどり着く、元資生堂専属調香師で、現在はご存命なら 国際香りと文化の会会長の、中村祥二氏の著作で「調香師の手帖(ノオト)香りの世界をさぐる」をお読みになったことのある方いらっしゃいますか。資生堂は、平成以降、ナタリー・ローソン(第二世代ZEN)、ミシェル・アルメラック(第3世代ZEN)、エドワード・フルシェ(シャンデュクール)、ジャン=ルイ・シューザック(アンジェリーク)、オーレリアン・ギシャール(エバーブルームシリーズ)など、海外の著名な調香師に依頼して香水を作っていますが、昭和の時代は自社調香でも特定の調香師の名が挙がることはないものの、このプレサージュは、さきの「調香師のノオト」でも取り上げられているためか、本を読んでファンになった方がヴィンテージを今でも懸命に探している1本です。ウッディ寄りフルーティシプレで、60年代のイグレックのような湯上り系フローラル・シプレから、70年代後期のマジノワールのようなスタイリッシュうっふん系の間、汽水域にいる、日本人向けにハードルを下げた肌なじみの良い、かつしっとりした色香のある香りですね。大人の女性を念頭において作られたのがわかります。きちんとアニマリックなアクセントもあります。1984年、7年で廃番なので、当時の作品としては比較的短命でした。

プレサージュ(1977) オードパルファム、香水

8. スーリール(1977) EDP

価格帯がプレサージュよりも低く、終売時はオードパルファムで60ml2,625円(消費税5%)でした。スポーツフレグランスとして登場しましたが、スポーツというアクティブなアウトドアという雰囲気ではなく、かなり淡麗なグリーンフローラルシプレで、まず立ち上がりにヒヤシンスやガルバナムなど、青々としながらもシャマードにも通じる、どこかに花粉のような粉っぽさを残した生花や草の香りを感じます。そして徐々にさわやかでうっすらシトラスの残るパウダリックなフローラル・シプレへと落ち着きます。琴ほどのパウダリー感はなく、このスーリールで、ようやく香水に風通しの良い「透明感」が出てきます。また、高温多湿対策、汗をかいてもこもらない国産香水の匙加減が活きていますね。スーリール(1977)は、2009年の改廃で廃番となった香りの一つですが、32年続いたと思えば、人気作だったと思います。

スーリール(1977) 左:香水 15ml 右:オードパルファム 60ml この他にシャワーコロン、バスラインが発売された

次は、インウイとその時代にフォーカスします。

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