La Parfumerie Tanu

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- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Tenue de Soiree (2016) / Nuit et Confidences (2017)

Annick Goutal Oiseaux de Nuit Collection
 
通常のボトルとは違うデザインで2016年から登場したトニュドソワレとニュイエコンフィダンスは、宵の鳥、即ち「夜遊び人」を意味するオワゾー ド ニュイ(Oiseaux de Nuit)という「夜」をテーマにしたシリーズの作品で、調香は老舗香料会社ロベルテの若手パフューマー、マチュー・ナルダンが手がけています。グラースで調香師の家系に生まれたナルダン氏は、おじいさんはローズやジャスミン畑主、親は勿論お兄さんも全員調香師、大学で化学を勉強した後ISIPCAに学び、卒業後の2009年ロベルテに入社し現在のキャリアに至ります。日本ではまだ馴染のない調香師さんですが、有名どころで言えばウビガンのイリデシャンス(2014)を手掛けており、このアニックグタール2作品で日本でも名が知られるところとなりました。
 
Tenue de Soiree (2016)
 
「イブニングドレス」を意味するトニュドソワレは、ビザ(ロベール・ピゲ)、シラデザンド(ジャンパトゥ)の流れを汲んでいるグルマンなピーチュリ系シプレで、シプレ感をオークモスで出すのではなく、パチュリの大量投入で出す当世時流のシプレで、ミドル以降はじんわりと温かみがあり、これまた流行りの美味しそうなキャラメルムスクになります。イブニングドレスと言っても、胸元や背中が盛大に開いた裸同然のような露出の多いものではなく、身体の線を拾わずに動きやすい、あまり神経を尖らせずに会話に集中できる着心地の良さを感じます。デザインでいったら、1920年代のデザイン画に良く出てくるローウエスト膝丈のドレスを、今風のストレッチ素材で仕立て、見栄えの割には手洗いOKのヘビロテ系、その位汎用性が高いと思ってください。アニックグタール史上最高級のアイリスが使用されているのがウリですが、最高濃度という意味ではなく、最高級のものが少し入っているのか、グルマン要素の強いトニュドソワレではアイリス感は控えめ。グタール作品でアイリスといえばウール・エクスキースがありますが、ガルバナム-アイリス-オークモスのクラシックなグリーンフローラルシプレに登場するアイリスとは「アイリスの使い道が違う」のだと思います。晴れた日よりも湿度の高い曇りや雨の方がいい感じにアイリスの表情が上がり、美しく香ります。

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トニュドソワレ 非売品 EDP 10ml(手前) ニュイエコンフィダンス EDP 30ml(右)
Nuit et Confidences (2017)
 
「秘密がうごめく夜」と訳されているニュイドコンフィダンスは、立ち上がりにフランキンセンスがどっと溢れ、結構個性的なオープニングに驚きますが、程なくフランキンセンスの清浄な冷涼感はフェイドアウトし、親しみやすいバニラムスクにシフトした後は、遠赤外線の温かさのような心地よさがずっと持続する、非常に肌なじみの良いローファットなオリエンタルです。ヨーロッパ発オリエンタルの頂点といえばシャリマーが玉座を譲りませんが、シャリマーからスパイスのざらっと感を除いたというか、たぶんシャリマーに対し「ここが苦手」と思うであろう部分を丁寧に外し、ふだんアニックグタールといえばプチシェリーやオーダドリアンしか買わないようなファンにも、ヴィジュアルで興味を持った新しいファンにもアクセスしやすくしており、実際使いやすいので私も結構ボトルに手が伸びました。路線的にはシャリマースフルドゥパルファンと同じか、若干鼻先の出た立ち位置におり、オリジナルのシャリマーは敷居が高い(≒古臭い)けれど、シャリマーのドジョウでは物足りない、そういう汽水域に居る新鋭オリエンタルファンには非常にお奨めです。
いずれも最大公約数型の2010年代の主流ともいえるモダンなフルーティシプレとオリエンタルで、新しさというよりは、既に普及した香調の中でエッジィな部分を丸めて行ったような出来栄えです。それが決して出来が悪いわけではなく、どちらも尖ったところがなくスムーズにブレンドされた良作で、少なくとも親会社が変わってから数回続いた水っぽい作品に比べれば好感度は格段に上です。トニュドソワレはイブニングパーティ前、ニュイエコンフィダンスはパーティ後をイメージしているそうですが、夜の危険な香りと言う程身の危険を感じませんし、日の高いうちでも元気に使えます。ボディはしっかりしているので、日本では秋冬向けといえましょう。トニュドソワレは割合時流に乗った香調で、ニュイエコンフィダンスの方が時代・年齢を問わず使えるベーシックなバニラオリエンタルですので、個人的には飽きが来ず長く使えそうなのは後者に軍配が上がります。とはいえ日本ではトニュドソワレは定番ですが、ニュイドコンフィダンスは限定扱い(本年10月25日より限定販売)だそうで、在庫限りでニュイエコンフィダンスの方が終売し、オワゾー ド ニュイがシリーズものとして成立しなくなるのは寂しいです。また価格相応という点ではもう一歩というか、この価格で行くならユーザーはもう少し個性のあるものを期待するだろうし、この香りであれば、もう少しアフォーダブルな価格帯であって欲しい気がします。そもそも国内価格が高すぎるのではないか、現地価格では50mlでも100€しない上、これまでのローズポンポンまでのラインナップにはなかった30ml(65€)が規格としてあり、明らかに色々新しいものを試したい若い方向けに作られたはずで、一番売れるサイズは30mlというのが定説の日本で、しかも一番難しいシプレとオリエンタル系でこの30mlサイズを取り扱わないのは勿体ないと思われます。

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首のポンポンは取り外し可能、金のロゴチャームもついている。このシリーズはぐっと深みのある香りに仕上がっていながら、デザインがこれまでの金キャップボトルと比べ、かなり予算を絞った印象を受ける。いつもの共通ボトルで着色ガラスにすれば、もっと高級感が出て良かったのに
さて、香りとは直接関係ありませんが、今回気になった事をひとつ書き留めておきます。
ニュエコンフィダンスにしつらえた取り外し可能なネイビーブルーのポンポンは、夜の逢瀬を連想する天の川をイメージしているそうですが、天の川に逢瀬を髣髴するのはアジア特有の天の川伝説に由来するもので、決してフランス流ではありません。欧米で天の川といえばMilky Way, つまりギリシャ神話では、旦那(ゼウス)が浮気相手(アルクメネ)と作った子供(ヘラクレス)におっぱい飲ませるのを嫌がる本妻(ヘラ)に睡眠薬を飲ませ、寝込んだうちに授乳、赤ちゃんがあまりにすごい勢いでぢゅうぢゅう吸うもんだから本妻が痛さのあまり目を覚まし「何すんねんこのボケェ!!」と払いのけた際、どっひゃ~とあふれ出た母乳で出来た銀河が天の川ですから、織姫と牽牛が運命の定めにより引き裂かれ、年に一度しか会えない…というウエットなイメージは全くない上、もともとこの七夕伝説というのも案外すっとこどっこいな話で、織姫も牽牛も、独身時代は2人とも長時間労働を周囲が心配するほど仕事人間で、しかも非常に生産性の高い優秀な労働者だったんですが、生活環境の改善を考慮し見合い結婚を奨められた2人は、そこから恋愛が始まってしまい、大人になってからのはしかは重い、じゃないですが、仕事そっちのけで日がな一日いちゃいちゃしっぱなし、織姫は機を織らずにクライアントの依頼も放置、酪農家の牽牛に至っては農場の牛が餓死して全滅という、サイテーのバカップルと化したものだから天罰が下り「おまいら、働け~」と天の川で生き別れにされてしまったんですよ。ただし婚姻の継続は認め年に一度の面会は許可された、しかし雨天順延という厳しいオプション付。労働を美徳とする朝鮮儒教思想が色濃く反映した教訓話で、フランス語/英語の公式サイトには天の川に関する記述はないので、日本向けのプレスコンセプトにブランドの親会社である韓国のアモーレパシフィック社の意向が反映されているとしたら、ちょっと歴史の勉強をした方が良かったかな、と少々首をかしげました。 



 
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